自営業である【お花屋カフェ】を手伝う彼を、幼き頃から想い続けていた彼女は “男性に免疫のない” 女子高校生になってしまいました……。

第21話 遠慮しない！

「おはよう雛っち。最近の調子はどうだい？」

　翌朝のこと。普段通り登校した桃華は、ニンマリとした笑みを浮かべながら既に女子校に着いていた雛に声をかける。

「おはよう桃華ちゃん。そ、それより調子って？」

「何をとぼけてんのよー。翔さんのことに決まってるでしょ？ 翔さんから彼女にするなら雛っちみたいな人が良いって言われてるんだから、何か進展あったでしょ？」

「な、無いよ……全然……」

「ぜ、全然って何も行動してないの！？ 普通ここが攻め時じゃん！」

　ダメだよね……。なんて薄ら笑いを作る雛だが、その表情にはやりきれない後悔が浮かんでいる。

　桃華の言う通り、普通はここが攻め時なのだ。翔の気持ちが……想い人の気持ちが傾いているうちに。

　今の雛はそのボーナスチャンスを逃しているといっても過言ではない。

「そ、それは分かってるけど……アタックの仕方がなにも分からなくて……。そ、それで翔おにいちゃんに迷惑をかけるのはヤだ……」

「雛っち、それは考えすぎだって。アタックなんて考えるまでもなく簡単に出来ることなんだから」

「か、簡単……？」

　考え方は人それぞれ。雛がずっと思案する問題だが、桃華にとっては考えるまでもない。人からの意見を聞くことによって前に進むことが出来ることもある。

「そうそう。それじゃあまずは、雛っちは翔さんに何をされたい？ もしくは何をしたい？ ここから考えてみよう」

　そうして、桃華は雛が答えやすいように簡単な題を出す。

「そ、それは……翔おにいちゃんと二人で遊びに行ったりして……」

「うんうん。それで？」

「た、たくさんお話しして、もっと仲良くなって……」

「そう！ そこで何をしたい！？」

「……わ、わたしの恋人さんになってほしい……です」

「……な、なるほど」

　照れを見せながらも欲望を口にする雛だが、その表情は真剣そのもの。大事なところが抜けているにも関わらず……だ。

「雛っちの気持ちも分かるけど、流石にそれは段階を飛ばしすぎでしょ……。じゃあほら、翔さんと恋人になったらなにをしてほしい？」

　桃華は知らない。この発言をしたことによって雛のスイッチが入ったことを。

「そ、それは……なんでも良いの……？」

「もちろん」

「な、なら……翔おにいちゃんに、息が出来ないくらいに強く抱きしめてもらいたいな……」

　両手の人差し指を重ね合わせながら言う雛。

「え、えっと……」

「わたしのこと……『一番だよ』って言ってくれて……」

「……お、おーい？ 雛っちー？」

　そして、桃華の言葉に耳を傾けることなく真っ赤になった顔を両手で覆う雛。

「そ、それで……いっぱいいっぱいキスしてもらっーー」

「ちょっと、ストップストップ！」

　強すぎる欲望をどんどんと暴露していく雛に、完全に自分の世界に完全に入り込んでしまった雛に、即ストップをかける桃華。

『なんでもいい』と回答の幅を広げた結果、雛の想いがブワッと溢れ出たのだ。

「それ、欲望以外に雛っちのMっ気が全開じゃん……。もう攻める以前の問題だって」

「なっ！？ わ、わたしMじゃないよっ！ Sだもんっ！」

「いやいや、どう見ても今の発言は翔さんにいじめられたいって言ってるようなもんじゃん。息ができないくらい強く抱きしめてほしいとか……。まぁ、雛っちがド（、）Mだってことは分かってたからウチがこんなに驚くのも変だけど……」

「へ、変じゃないよっ！」

　両手を振りながら大声で否定する雛だが、この時点で桃華のペースに呑まれている。

　そんな様子を見るクラスメイトだが、特に気にしているわけではない。

『桃華が雛を弄っている』と、皆がそう捉えている事実。いつも通りの出来事なのだ。

「じゃあ、Sが入ってるとして……雛っちは翔さんに何をするの？」

「え、えっと……。翔おにいちゃんはお仕事とかで疲れてるだろうから、マ、マッサージ……とか……」

「マッサージ？ それは絶対にSっ気はないと思うんだけど……。どうせ雛っちのことだから、雛っちが翔さんにマッサージされたいだけでしょ」

「……ぅ。そ、そう……です」

　なにもかも完全に見破っている桃華に、二の句を継げない雛。無言からじわじわと焦った表情に変える雛は、間を開けた後に本心を口に出した。

「結局のところ雛っちは翔さんにリードされたいんだね？ アタックをするよりもアタックされたいって感じで」

「うん……」

「それなら、翔さんにいじめてくださいって言えば良いじゃん。それで解決。結構インパクトあるから翔さんも気にしてくれると思うよぉ？」

「い、言えるはずないよっ！ そ、それじゃあわたしが変態さんみたいだよっ！」

「雛っちってむっつりスケベでしょ？」

「むっつりじゃないよっ！」

「あれ、スケベって否定しないんだ？」

「……っっ！ スケベでもないよぉっ！！」

「あはは、そんなに必死になって雛っちはやっぱり可愛いなぁ。冗談だよ、冗談」

「もうっ！」

　肩を上下に動かしながら笑いを上げる桃華は、雛の小さな肩をベシベシと叩いて『冗談』だと強調する。

　だが、雛のことをずっとからかう桃華ではない。

　元はと言えば、こんな話になったのは桃華が雛の相談に乗ったから。その分の責任はキチンと果たす。それはもちろんのこと。

「雛っち。ここからは真面目に話すんだけどさ」

「……う、うん？」

「ウチが言うのもなんだけど、翔さんには遠慮しなくていいよ。そりゃあ常識を外れたのはダメだけど、そこら辺は雛っちも分かってると思うし、翔さん自身も雛ちゃんには遠慮して欲しくないって思ってるから」

「そ、そうだと良いんだけど……」

　曇りのない瞳で仮定を結びつけることなく真剣に訴える桃華。

　何故、こんなことを断言出来るのか。それは翔の性格を知っているからであり、翔はこう言っている。

　ーー『彼女にするならひなちゃんのような人がいい』と。

　そこまで言うほど好意を持った相手、雛には遠慮をさせたくない。遠慮をされたくない。そう思うのはごく自然なことだ。

「それに、雛っちが遠慮しなければ自然とアタックがかけられるよ」

「えっ……。それはどう言う意味……？」

「やってみれば分かるよ。……だって雛っちは絶対に欲望を抑えられないだろうし」

　後者の方を誰にも聞こえないような声で発す桃華は、雛を目掛けて意味深に微笑む。

「……だから約束。雛っちは遠慮をしないように！ いい？ 分かったなら今日翔さんのところに行く！」

「ええぇっ！？」

「良いから返事！」

「は、はいっ！？」

　そうして、『遠慮しないこと』を前提に翔に会いに行くことになったのだった。