第20話 レイナの電話

 街が闇に溶け込み、悠然と月が浮かび上がる。車通りの音も無く、静寂が辺りを包み込む時間帯。


『うっわー、結構攻めたねレイナ。これならあの翔だって気付いたんじゃない?』

『……それが、そうでもないんだよ。いつものようにね』


 そこで玲奈は親友であるかおると電話をしながら、お花屋カフェで撮ったキス写真を送信していた。


『はははっ、なにそれ。相変わらずの翔って感じ? レイナがほっぺにキスしてるのに?』

『キスまでしたのに気付かないって、流石は翔くんだよね』

 そう、玲奈とこの親友……薫は同年代。つまり、翔と同い年でもあり同じ学校に通っていたのだ。翔のことを知っている者同士、玲奈と共通の話題になる。


『いつものようにって鈍感ってことでしょ? でもそれはレイナが原因でもあるんじゃないの?』

『私?』

『うん。だって、鈍感って自分の評価みたいなのが低いからって理由もあるみたいだし。レイナ、今までに翔がされるはずだった、、、、、、、、告白を何度も無しにしてるじゃん? もし、翔が告白されてれば、今のようにはならなかったんじゃないかって』


 告白された経験がないから自然と自己評価が低くなる。なんて結論付ける薫だが、その答えはなきにしもあらずだ。

 何度も告白されている人間ならば、翔のように自己評価が低く陥ることもない。

 鈍感は生まれつき持ったもの。だが、今までの過程が関係してくることは違いはないだろう。


『確かにそれはあるかもしれないけど、翔くんが取られる可能性もあったから仕方ないよ。翔くん、モテてたし』

『あーあ、それでレイナに脅された女子は可哀想だったなぁ。ものすごく怯えてたじゃん」

『そうだっけ? 私、そんな人達のことなんか忘れたよ。私に脅されただけで、好きになった人を諦めるくらいに想いが小さいんだから』


 あの時のことーー高校時代のことは思い出したくない。と、言わんばかりに玲奈はそのセリフを吐き捨てる。


『いやいや、流石にあの脅し方は怖いでしょー。脅迫罪で訴えられてもおかしく無いって』

『私としてはいつも通りだったよ。訴えられることはなかったし、それは昔の話。私も相手も根に持ったりはしてないよ』

『どうだかねぇー。相手はともかくレイナのことだから、その人達の卒業アルバムの顔写真とかになにかしてるんじゃない?』

『してるかもね』

 ーー間を開けること無い返事。


『ひゃー。怖い怖い』

 即答をする玲奈に薫は本当にソレ、、に近い何かをしていることを察する。こんな裏の顔を持つ玲奈を知りながらも、ここまで付き合えるのは薫が付き合い上手である面が大きいだろう。


『でもさ、高校時代のことに戻るんだけど……』

 なんて前置きを作った薫は、こう言葉を続けた。


『学校一の人気があったレイナが翔くんに振られたのはホント驚いたなぁ。今まで百発百中だったレイナだったからなおさらね』

『正直……自信あったんだよ。モデルにスカウトされてることも学校のみんなには知られてたから』


 モデルとは、容姿や所作など主に外見的特徴を主体とする人物。その企業の商品の広告塔として活躍する職業でもある。

 そして広告塔になる分、やはり求められるのはスタイルや容姿など、個々の突出したアピールポイント。


 聞けば聞くだけ険しい道だが、玲奈はスカウトマンの目に留まり、高校生にも関わらずスカウトを受け、今ではここまで有名になれているのだ。


『だけど翔に振られたから、メンツを保つために嘘告白、、、なんてウソを付いたんだよね?』

『そう……。振られた理由はお店が忙しいから。決して、私を嫌いじゃないのは間違いないの。だからこそ……絶対に好きにさせるよ。私のこと』


 声音に真剣味を帯びさせる玲奈には、『冗談』の文字はない。


「ほぉー。好きにされちゃった人の言葉は硬いねぇ。でもまぁ、訳あって告白はされなかったけど、翔は普通にレベル高いし、優しい性格してるし良い人なのは間違いないよね」


 真剣に話す玲奈だからこそ、薫も自身の印象がどうなのかを声に出して教える。


『そんなわけで、早めに手綱を握ってた方が良いかも? いつ翔を取られるか分からないし、モテるのは間違いないと思うし』

『私が他のオンナに負けると思う?』

『それはどうかねぇ。レイナのを知られたら、流石の翔でも優しい顔はしないでしょー』


 玲奈の裏の顔がこんな感じだと知る者は、薫を含めて玲奈に脅しをかけられた複数人の女子だけ。

 男子は誰もこの顔を知る者はいない。それだけ取り繕うのが上手く……翔に対しての想いが強いのだ。


『それをバレないようにするのが私よ? モデルの仕事も順調だし、こんなところでボロを出すわけにはいかないよ。色恋沙汰となれば特にね』

『その言葉を聞く限り、脈アリって感じたんだ?』

『ええ、もちろん』


 翔と違い、玲奈は鈍くも何ともない。寧ろ勘が鋭い方である。

 あのキスのおかげで、翔が意識してくれてると確信めいたものがあったのだ。


『もう少し有名になって、お金を稼ぎさえすれば翔くんだって私をモノにしたくなるはずよね』

『それはそうだねぇ。彼女がモデルとかなら、彼氏側は鼻が高いだろうから』

『もう少し……もう少しのところまで来ているのよ。……私の翔くんに手を出す人がいれば……絶対に容赦しないから、、、、、、、、、、


 電話越しに聞こえる底冷えした玲奈の声。それは言葉通り、『絶対』のことであった。




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