第19話 モデルのレイナ②

「あ、今日は翔くんにプレゼントを持ってきたんだった」

「プレゼント……?」

「はいこれ、どーぞ」

翔が玲奈と会話し続け、数十分が過ぎた頃。

いかにも高そうな革黒のカバンを開けた玲奈は、とある物を翔に差し出した。


「これは……雑誌?」

「表面、見てみて」

「表面……」

翔がその雑誌を受け取った後、頬杖をつきながら白い歯を見せて微笑む玲奈は、そんな指示を出す。

そして、翔は雑誌を裏面から表面に変えーー

「ッ!?」

動きが固まる。


翔が目に入れたもの。それは、目の前にいる人物がその雑誌のトップに堂々と載っていたからだ。


「れ、玲奈さんが表紙だ……。って、もしかしてこっちは……」

さらに翔が気付いたこと。それは、その表紙の右下に黒ペンで書かれた可愛らしい文字。

「うん、私のサイン入り雑誌。これは翔くんにしかしてないことなんだから大事にしてよね?」

「い、良いの? こんな物をもらって……」

「もちろん。お礼は翔くんからのキスだから」

「えっ!?」

玲奈は自身の白い頬にネイルの施した人差し指を当て、ニヤリと悪戯な笑みを見せる。


「そ、そんなこと出来ないよ!?」

「もー、そこまで過剰な反応をしなくても冗談だってばー」

「じ、冗談……か。タチ悪いなぁ、全く……」

「いや、翔くんの方がタチ悪いからね? 今まで何人の女性を無意識、、、に落としてきたのか」


「む、無意識?」

「……私、大変だったんだから」

翔に聞こえないように考慮した声を発し、瞳に影が宿る玲奈。だが、それも一瞬。


「翔くん、いい加減にしないと誰かに刺されるよー?」

普段通りの玲奈に戻り、冗談めかした口調で翔をイジりにかかる。


「ぶ、物騒なこと言わないでよ……」

「ごめごめん」

「舌を出して言わない」

「あははっ、注意されると思ったよ。もう数えきれないくらい注意されてるからね」

「じゃあ、なんでするのさ……」

「そんな気分だった」


翔に玲奈の気持ちは分からない。

玲奈は好きな人に注意してもらいたかった。結果、目を向けてもらいたかったのだ。

それは『好きな人をいじめてしまう』心理と似ていることでもある。


「あの……玲奈さん。今更言うのもなんだけど、『お礼はキス』とかそんな発言には気を付けてよ? 中にはその言葉を本気にする人も出てくるだろうから」

翔はこの時、穏やかな口調と表情を険しく変えて玲奈に身の危険を訴えた。


「玲奈さんも知ってると思うけど、男性は女性と比べてかなり力が強い。強引にされでもしたらなかなか抵抗出来ないんだよ」

「分かってる。でも、翔くんはそんなことしないでしょ?」

「無い。とは言い切れないよ。僕だって男だし。……だからこそ、今言ったようなところをしっかりと分別してほしいな」

「……ありがと。でも大丈夫だよ」


玲奈は注文していたレモンティーに口を付けた後、サングラスを付けた状態で瞳を閉じる。


(本当は無いって言い切れるくせに……。私に注意するためにそんな嘘を付くなんてね……)

翔の友達であり、今までに何度も口説き文句を言われている玲奈だからこそ、翔にその気がないことは分かる。

だが、そのことが分かっているからこそ、嬉しいこともある。


『翔くんが本気で心配してくれているんだ』……と。


「ほ、本当かなぁ……。同級生が襲われたなんてことを聞くのはイヤだからね? 」

「ん、なら翔くんが私を貰ってくれれば良いんじゃない? そして、私を守ってよ」

「ほら、そういうトコを僕は言ってるの」

「それは私のセリフ。私はそういうトコをしっかり判断して、翔くんに言ってるんだから」

「……」

「私の方が一枚上手だったね」

やってやったり、と言うように満足げに口角をあげる玲奈。


「僕をそこまで信用してくれてるんだ?」

「……まぁね。正直、ここまで信用してるのは翔くんだけだから」

「そ、それは嬉しいよ」

「うん。だから…………誰にも渡さないよ。今までしてきたように」


積年の想いが詰まった重く低い声音。……翔はまた聞き取ることが出来なかった。


「い、今何か言った……?」

「ううん、なんでもないなんでもない。……それよりさ、写真撮ろうよ。ツーショットで」

「ツ、ツーショット? そ、それは恥ずかしいっていうか……」

「ほら、男なんだから恥ずかしがらないの。久しぶりに会ったんだし良いよね? 良いよね?」

「……わ、分かったよ」

「ありがとっ! それじゃ、翔くんは正面を向いてくれる?」

「り、了解……」


無事に許可を得た玲奈は、雑誌を出した黒革のカバンから画面の大きいスマホを取り出し、内カメラに切り替える。


「ごめん、ちょっと寄るね」

「う、うん……。寄らないと画面に入らないしね」

翔の意識はもうスマホのカメラに向いている。玲奈はそのまま……翔の肩に自らの肩をくっ付ける。そのくらいに二人は密着している距離になっていた。


「そ、それじゃあ……ハイチーズ」

「チーズ」

そうしてーー玲奈がシャッターを切る寸前だった。


『ちゅ』

翔の頬っぺたになにか柔らかい感触が伝い……カメラ音が鳴った。

今の一瞬で何が起こったのか分からない翔は、目をパチパチさせて呆然とするまま。

逆に玲奈は、顔を赤らめながら自らの唇を赤い舌で舐め取り……揚々させる。


「い、今……なにを……」

「えへへ、翔くんのほっぺいただきーっと。それじゃ、午後から仕事が入ってるから私は失礼するね」

「えっ……ちょっ……」


撮り終わった写真を数秒間だけ翔に見せた玲奈。

……そこには、玲奈が翔にキスをしている写真が撮られていた。

この瞬間、翔は何をされたのか理解する。


あの時に感じた柔らかい感触は、玲奈の唇だったのだと……。玲奈からキスをされたのだと……。


「それじゃ、お代はそこに置いてるから。お釣りは翔くんにあげる。キスのお礼だと思って受け取ってね」

「ちょっと……えっ……え」


今までにない動揺を見せる翔を他所に、ご機嫌そうにステップを踏む玲奈は、そのままカフェを去っていったのである……。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る