第23話 翔と雛その②雛side

 わたしがお店の鍵を開けた後のこと……。


「それじゃ少しだけ待っててね。すぐに補充を終わらせてくるから」

「う、うん……っ」

 翔おにいちゃんはわたしにそんな声をかけて、カフェの裏に入って行きました。

 翔おにいちゃんの両手には、パンパンに詰まった買い物袋が二つ。……とても重そうです。


 本当は翔おにいちゃんを手伝いたい。何かの力になりたい。でも、容量が何も分かっていないわたしだから、それを言っても翔おにいちゃんに迷惑をかけるだけ……。足手まといになるだけ……。


 そして、分かっています。

 わたしが『手伝う』って言っても、きっと、翔おにいちゃんは手伝わせてくれないことに。

 翔おにいちゃんは優しくて、わたしを気遣ってくれるから……。あの荷物は重たいから、わたしに運ばせることもしないって……。


(わたしに勇気があれば言えるのにな……)

 翔おにいちゃんは、わたしを手伝わせないことが正解だと思ってます。でも、わたしの場合は違うんです……。

『わたしは翔おにいちゃんのことが好きだから、翔おにいちゃんのことを手伝いたい……』って……。


 考えれば考えるほど、もやもやとした気持ちが生まれます。

 そんな中で、わたしはあるモノに何度も視線を向けていました……。この気持ちが生まれたから、見てしまっているんです。

 それはーー、

(翔おにいちゃんが脱いだロングコート……)


 わたしの座っている椅子の隣に腰掛けには、さっきまで翔おにいちゃんが着ていたロングコートが置かれています。


 翔おにいちゃんはカフェの裏に居て、今わたしは一人の状況……。それでいて、こんなモノがポツンと置いてあったなら、悪いことだと分かっていてもあること、、、、をしたくなります……。


「き、着てみたい……な」

 わたしはこの瞬間、自分の世界に入ってしまっていました。


「き、着ても大丈夫……かな」

「雛ちゃん?」

 ーー翔おにいちゃんに声をかけられていることに気付かずに……。


「う、うん……。少しだけ、少しだけ……なら」

「雛ちゃーん?」

「よ、よし……。き、着るから……ね」

「雛ちゃん」

「……は、はいッ!?」


 突然と聞こえた翔おにいちゃんの少し大きな声。このおかげでわたしは我に帰ることが出来ました。


(も、もう少し遅かったら着ようとしてるところバレてた……。あ、危なかった……)

 安堵の息を吐くわたしは、不自然に捉えられないように椅子に座り直します。

 そして、数秒が経った後に翔おにいちゃんがお店の裏から顔を出してきました。


「返事が無いからどこか行ったのかと思ったよ、雛ちゃん」

「ご、ごめんなさいっ! す、少しぼーっとしてて……」

「ううん、僕の方こそいきなり呼んでごめんね。何か欲しい飲み物とかがあれば用意するけど大丈夫?」

「だ、大丈夫ですっ!」

「喉が渇いたらいつでも言って良いからね」

「う、うんっ!」

「それじゃあ、あと半分で終わるからもう少しだけ待っててね」


 お仕事中にも関わらず、わたしを気遣う翔おにいちゃんは再び作業に戻っていきました。

 気遣ってくれた嬉しさ……。その気持ちの昂りから、わたしはもう抑えきれませんでしした……。


(い、今なら大丈夫だよね……)

 わたしの中にはもう、翔おにいちゃんのロングコートを着るっ! という選択肢しかありません……。

 好きな人が着てた服を着たくないはずはないのです……。も、持って帰りたいくらいあります……。

 でも、それが出来ないからこのチャンスをものにするしかありません……。


(ば、バレないように……バレないように……。そっと、そっと……)

 わたしがこれからしようとしていることは犯罪じゃないです……。でも、翔おにいちゃんが少し不快な思いをするかもしれません。バレるわけにはいかないのです……。


 わたしはもう、『着る』という衝動を我慢出来ませんでした。翔おにいちゃんにいバレないように、ソッとロングコートを取って腕を通します。

 そして、翔おにいちゃんのロングコートを羽織ることが出来ました……。


(……ま、まだ温かい……。し、翔おにいちゃんの匂いも……)

 羽織った瞬間に感じる翔おにいちゃんの体温。そして匂い。

 たったそれだけで心臓が苦しくなるほど動悸が早くなる……。


『ガチャガチャ』

 そんな矢先でした。お店の裏から物音が聞こえてきたんです……。これは翔おにいちゃんがお店の補充を終わらせた合図のようなものでもあります……。


(は、早く脱がないと……っ!)

 これは当然の判断……。わたしは一刻も早く翔おにいちゃんのロングコートを脱ごうとしました……。


 ーーでも、わたしの判断とは裏腹に行動は止まっていたんです。


(うぅ、ぬ、脱ぎたくないよ……)

 バレちゃダメだって分かってるのに、早く脱がないといけないと分かってるのに、『脱ぎたくない』この気持ちがどうしても先行してしまう。


(も、もうちょっと……。もうちょっとだけ……)

 この時点で、わたしは欲に負けてしまったんです……。身体を丸めるようにして、今の貴重な時間を堪能します……。


(うぅ、翔おにいちゃんに抱きしめられてるみたい……だもん……)

 わたしを覆っている翔おにいちゃんの大きなロングコート。未だコートに残る体温と、その匂いで、翔おにいちゃんに抱きしめられているような体験でした……。


 でも、そんな幸せな時間は一瞬にして崩れ落ちました……。


「ひ、雛ちゃん……。え、えっと……何をしてるの?」

「……ッ!? し、翔おにいちゃん……」

 バレてしまったんです……。わたしが、翔おにいちゃんのロングコートを着ているところを……。

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