第16話 兄妹の企み

 ーーガチャ。玄関ドアの開閉音。

 自宅に戻ったある人物は、リビングでスマホをいじっている者に呆れ混じりに声をかけた。


「ったく。家の明かりが付いてると思ったら、なんでこんな時間まで起きてんだよ……桃華。もう23時過ぎてんじゃねぇか」

「別に良いでしょー? ウチはもう高校生なんだし、兄やんだってウチと同じような生活してたし」

「はぁ、その返しは卑怯だろ……。とにかく、明日に支障が出ない程度にしろよ」


 金髪の頭を掻きながら妹の桃華の体調を気遣う兄、龍二は上着を脱いで首を大きく回す。


「それは兄やんにも言えてることじゃん。こんなに遅くまで友達と遊んで」

「オレは大人だから良いんだよ。んじゃ、ちょっくら着替えてくる」

「音立てないようにね。お母さんたち寝てるから」

「分かってるって」


 そうして一旦自室に戻った龍二は、私服から寝服に着替えてリビングに戻る。


「あぁ、そうそう。桃華に一つ聞いときたいことがあるんだ」

「ん、それは?」

「桃華と同じ学校に通ってるらしいんだが、ひなちゃんって子知ってるか?」

「うん、知ってるよ。親友だし……。でも、なんで兄やんが雛っちのことを知ってるの? ……あ、もしかして狙ってる!?」

「なんでそうなんだよ……」


 スマホとにらめっこしながら話していた桃華だが、この話題になった途端に視線を龍二に方に向けてくる。そして、検討違いな発言まで。

 だが、いきなりそんな話題を出されたのならそう勘ぐってもおかしくはない。


「あのね兄やん。雛っちにはずっと想い続けてる人がいるから絶対落とせないよ? ホントに」

「別に狙ってるわけでもねぇし。その想い続けてる人ってのはショウのことだろ?」

「えっ!? なんで知ってるの!?」

「今日会ったダチってのがショウだし、そん時にいろいろ話聞いたんだよ」

「お、おかしい……。普段から鈍感な兄やんがソレに気付はずがないのに……」


 世界の終わりを見たとでもいうのか、恐怖の表情を浮かべる桃華。妹だからこそ、兄の鈍感さは一番に分かっている。それなのに、何故かこの時だけ人の好意に気付いているのだ。


「はぁ? オレ鈍感じゃねぇーし。そんぐらい気付くっての」

「その返しがもう鈍感なんだよ……」

「どう言う意味だよ、それ」

「まぁいいや、その話は置いとく。話が進まなくなるし……」


 この手の話を何度もしてきた桃華は、コップに注がれた麦茶を飲んで愚痴っぽいことを零し、上手く話を変えた。


「翔さんってお花屋カフェの翔さんだよね? 兄やんが翔さんと友達だったの知らなかったんだけど……」

「そうだが……。オマエ、もしかしてショウに会ったことあんのか?」

「雛っちと一緒にお買い物してた時に偶然会ってね。……えっと、それで翔さんは雛っちのことなんて言ってたの? ウチ、そこがどうしても知りたいんだけど」


「知ってどうするんだよ」

「そりゃ、雛っちは翔さんのことが大好きだから伝えるつもりだよ? 翔さんのことだから雛っちの悪口とかは言ってないでしょ」

「随分とショウのことを買ってんだな?」


 雛のことについてどんなことを話していたのか分かるはずもない桃華が、『悪口は言っていない』と断言している。

 それは、その台詞通りに桃華が翔の人柄や人格を買っている証拠。


「当然買ってるよ。あの雛っちが好きになる人でもあるしね」

「ほぉ、桃華がそこまで言うのも珍しいな」

「それくらいウチは雛っちを応援してるってこと。で、何を話してたのか教えてよ! ね、ね!」


 椅子から立ちあがり、キラキラとした瞳で龍二に追求する桃華。このスイッチが入れば、桃華がその話を聞くまで折れることはない。

 妹のことをよく知っている龍二は、面倒くさい状況にならないためにも簡単に口を割った。


「彼女にするならひなちゃんみたいな女の子がいいって言ってたな。結構マジな感じで」

「……兄やん、それ翔さんに許可取ってないと絶対にバラしちゃいけないことでしょ」

「なにが?」

「出たよ、鈍感……」

「は?」


 両想いの相手に、第三者がその気持ちを教える。又は好き同士であることを教える。それはタブーとされているもの。

 龍二はそれに近いことを簡単に喋ったのだ。


「まぁまぁ、ウチは別に良いことを聞けたから良いけどネー! それじゃ、早速雛っちに連絡しよーっと」

「おいおいちょっと待て! 許可取らねぇといけねぇなら、それ連絡したらダメだろ!?」

「元々、伝えるって言ってたし、この話は雛っちが絶対喜ぶから教える以外にないよ」

「ん、喜ぶのか? その子」

「そりゃそうだよ! 好きな人にそんなことを言われてたんだから」

「んなら、まーいっか! もう言ったことは取り消せねぇし」

「そうだよそうだよ!」

 ハハハ、と笑いながらコトの重大さに気付いていない龍二。そして、桃華も桃華で便乗する結果になる。


「これでお互いの距離が縮まればウチも嬉しいし、雛っちをからかえる話題も出来たことだしねぇ……」

「た、確かにそうだな……。オレもショウを弄れるぜ……」


 この先が待ち遠しいと言わんばかりに、片側の口角を上げて不気味に微笑む二人。このようなタイプが似ているのは、流石は兄妹というものだ。


「じゃあウチらで同盟組もうか? 情報を教えあって、からかう話題を作るっていう同盟! もちろん、雛っちと翔さんに支障のない程度で」

「だな。んなら、手始めに良いことを教えてやるよ」

「なになに!?」

「今日、翔がひなちゃんを学生寮まで送っていった時のことだがーー」


 そして、龍二は翔が話したことを全部全部……桃華に流すことにした。

 結果、桃華が雛に連絡する頃には、からかえる話題だらけになっていたのである……。

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