第15話 ーーその後

 時刻は22時10分。

 お花屋カフェの後片付けを終えた翔は、昔馴染みの友達に誘われファミリーレストラン、通称ファミレスに足を運んでいた。


「おいおい。流石にダチを待たせすぎやしないか、ショウ。ファミレスで一人待つのって結構ツライんだぜ?」

「本当ごめん。仕事の後片付けが長引いて……」

「まぁ、つっても仕事ならしゃーねぇよな。お疲れさん」

 机の上に肘を置き、つまらなさそうな顔で労いのことばをかける龍二りゅうじ


 短髪の髪を金に染め、左腕には大きな腕時計をしている。翔と同じ高身長で、つり目が特徴な龍二は、ヤンキーと勘違いされるほど容姿は怖めである。しかし、根は優しく女性からの人気はかなりある方だった。


「ははっ、いつも通りの龍二だね。優しい」

「うっせーの。ほら、ショウも飯食ってねぇんだろ? 早く注文しようぜ、オレもう腹減ってさ」

「ははは、分かったよ」

 翔に褒められ恥ずかしかったのか、龍二は頭を掻きながらファミレスのメニュー表を開いて注文するものを決めようとしている。


「ショウは何にするか決まったか? オレはカツカレーにするけど」

「それじゃあ、僕は親子丼で」

「お互いにいつも通りの注文だな」

「確かに」


 翔と龍二は、一ヶ月に二、三回はこのファミレスに来店している。その時に頼む物は毎度同じなのだ。

 呼び鈴を鳴らし、注文を終えた二人はお冷を注いで席に戻る。


「それで、なんか嬉しいことでもあったのかよ?」

 グイッとお冷を一気に飲み干した龍二は、唐突にそんな声をかけてくる。


「ど、どうしてそう思うの?」

「10年来の友達なんだから、そんぐらい直感で分かるって。……で、どんな嬉しいことがあったんだ?」

「え、えっと……。8年ぶりに再会した女の子とまた仲良くなることが出来てね……。もう会えないって思ってたから嬉しくて……」

「はぁん、女か、女」

 その途端に変な抑揚を付けて、しかめっ面になる龍二。


「な、なにか言いたそうだね……?」

「オレよりも早く春が来たんだなぁって思ってな」

「あはは……。その女の子、ひなちゃんって言うんだけど、そういうのじゃないよ」

「今の話を聞いてると、なーんかそう思うんだよなぁ……。んで、今日はその子と何をしたんだ?」

 グイッと身を乗り出して、興味ありげに聞いてくる龍二に翔は話を掻い摘んで教える。そう、特にこれといって面白い話があるわけではないのだ。


「至って普通だよ。お店に来てくれて、僕と一緒に喋って学生寮まで送っていったくらいで」

「が、学生寮……? おい、その子何歳だよ」

「高校一年生だから……15歳くらいかな」

「ショウ、オマエ……犯罪には手染めんなよ? オレ達の歳でそんな子に手を出せば一発だぜ?」

「流石にそんなことしないって。付き合ってるわけでもないんだから」


 未成年にそんなことをすれば、どんな制裁が待っているのくらいは分かること。一度でも罪を犯せば、お店の評判等も関わってくる。

 翔はそこの判断が出来ているからこそ、なにかのトラブルを起こさないためにも、お客さんと連絡先を交換したりしないのだ。


「まぁ、ショウのことだし相手から誘ってこない限りはそうだろうけどさ……。って、高校一年ってことはオレの妹と同い年だな」

「えっ、龍二の妹さんってもうそんなに大きくなるんだっけ?」

「ああ、今はそこの女子校に通ってるぞ」

「そこの女子校って……桜蓮おうれん?」

「そうそう。……って、まさか翔の言ってた子も桜蓮女子校に通ってんのか?」

 ハッとした翔の表情を見て瞬時に察した龍二は、眉を上げながら問う。


「うん。同い年なら妹さんはひなちゃんのこと知ってるかもだね」

「おっけ、一応妹に伝えとく」

 そして、一区切りついた良いタイミングで注文した食べ物が運ばれてくる。

 湯気立つカツカレーに、親子丼。このファミレスの人気商品だ。


「んで、ここからが興味あることなんだが、送る途中でイチャイチャとかしなかったのか?」

「……イチャイチャ?」

 アツアツのカレーにスプーンをさし、一口入れたところで龍二はそんなことを聞いてくる。そして、翔も親子丼を咀嚼し終えた後に疑問符を浮かべる。


「なんかこう……良い雰囲気になったとかあんだろ? 8年ぶりに会って仲良くなったんだからよ」

「んー。特にそれといったことはないよ。ひなちゃんが夜道を怖がってたから、腕を組みながら送ったくらいで」

「はぁッ!? オマッ、それはおかしいだろ!?」

「な、何が……?」

「常識的に考えてみろって! いくら怖いと言え、普通手ぇ握るぐらいだろ。それをなんだ……? 腕を掴むって。それ、ぜってぇ翔に気があるぜ」


 確信したような口調を見せる龍二だが、今の話を聞いたなら誰だってそう思うだろう。

 実際、雛は翔以外にこんなことしないのだから……。


「ないない。本当にそれだけは。……僕が言うのもなんだけど、ひなちゃんものすごく可愛いから」

「いや、だからなんなんだ……?」

「だ、だから……、僕なんか相手にしないってことで……」

 相手のレベルが高く、自分のレベルが低いと感じれば、翔のような考えになるのも無理はない。しかし、それは他人からの目で判断したわけでなく、ただ単に翔の自己評価が低いだけなのだ。


「はぁ、オマエってやつはなんでそんなに自分を低く見てんだよ……。ショウはまじレベル高ぇぞ?」

「そ、そう言われるとなんか照れるね……」

「大体な、オマエはレベルが高ぇからあのモデルのレーナにアタックされてんだよ」

「あれは僕をからかってるだけだって。玲奈れいなさんもそう言ってたし」

「はぁ……」

「え、なにそのため息……」


 呆れ100%のため息を吐きながら鋭いジト目を向けてくる龍二は、『ホント、バカだろオマエ』みたいなことを言いたげである。だが、翔だってふざけたことはなにもしていない。本心からそう言ってるのだ。


「なんでオマエは人のこと気遣えるのに、言葉の裏は読み取れねぇんだよ……。最近、アイツ人気出てきてるし、彼女するなら今のうちだぜ? この前は、なんかの雑誌で表紙飾ってたし」

「……ま、まぁ」

 と、複雑な表情を無意識に見せる翔。

 そんな顔をする理由は、10年来の友達である龍二には簡単に伝わることとなる。


「ははぁん。オマエ、ひなちゃんって子に気があるな?」

 ニヤリとさせながら、人差し指でツンツンと身体を突いてくる龍二。


「なっ、そ、そんなことはないよ……。か、彼女にするならひなちゃんみたいな子がいいなって思ったりもする……けど」

「そんなことなくねぇじゃねぇかよ、おいおい!」

「か、からかわないでよ!」

「からかってるつもりねーよ。事実だろ!!」

「う、うるさいなぁー!」


 こんな翔の気持ちを雛が察するのは……もう少し先の出来事である。

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