第14話 Side雛 アタックをかけますっ③

「今日は顔を出してくれてありがとうね、ひなちゃん」

「そ、そんなお礼を言われることじゃ……。わ、わたしが好きで来たんですから」

「ははっ、そう言ってくれると嬉しいな」


 わたしはカフェで時間を過ごした後、学生寮まで翔おにいちゃんに送ってもらっていました。

 翔おにいちゃんは23歳。車で送ってもらうことを提案されたけど、断りました……。

 だって、それだと学生寮に早く着いちゃうから……。翔おにいちゃんと早く別れることになるから……。


 翔おにいちゃんのお仕事を遅らせてしまう、お店に迷惑がかかる。そうと分かっていても、お母さんの『大丈夫だから、翔に送ってもらいなさい』との言葉に甘えてしまう自分がいました……。


 だからーー

「いつも送ってくれてありがとう……」

 わたしは全てのことを含めたお礼を言いました……。


「うん。でも、お礼を言うのはこれが最後だからね?」

「さ、最後……?」

「そう。これは前にも言ったかもしれないんだけど、僕が好きでしてることだから」

「……っ」

(ほんと、なんでこんなにズルいんですか……。翔おにいちゃんは……)


 わたしには分かっています。翔おにいちゃんは何も嘘を付いていない。本心でそう言ってくれていることに……。

 だから、こんなにも……こんなにもずるいって思っちゃう……。嬉しくて胸がぽかぽか温まってくる……。


「あ、ちょっと生意気だったね」

「翔おにいちゃんはそのくらいの方がいいです……」

「そ、そうかな?」

 わたしはどうにか頑張って平常心を保とうとしてるのに、翔おにいちゃんはただコテっと首を傾げてハテナマークを浮かべるだけです。


(いつになったらわたしのような想いを、翔おにいちゃんにさせることが出来るんだろう……)

 そんな思いが湧きつつ、わたしはボソリと声を漏らします。


「敵わないな……いつになっても」

「ん?」

「ううん、なんでもないですっ!」

 いつか負かしてやるっ! そんな意を込めてわたしは首を横に振りました。

 そうして、わたしはどうしても言いたかったことを翔おにいちゃんに伝えます。


「翔おにいちゃんって、やっぱり人気だね……」

「に、人気……?」

「うん。だって、今日女性のお客さんに声をかけられてたから」


 わたしが翔おにいちゃんと一緒の席に座っている時、女性のお客さんが3人も声をかけてきたんです。

 とても仲良さそうに、親しそうに。

 そんな光景を見て、モヤモヤしたものが生まれました……。わたしは翔おにいちゃんに嫉妬していたんです……。


「あれは常連の方で、僕と良く話すお客さんだから」

「そ、そうなんだ……」

「な、なにか気になることでもあった……?」


「あっ、やっ……。なんでもない、です」

(嫉妬してるんです。わたしは翔おにいちゃんが大好きだから……)

 もし、こんなことを言ったなら翔おにいちゃんはどんな顔をしてくれるんでしょうか……。

 いいえ、分かってます。翔おにいちゃんが困惑するだけだって……。


「……あ」

 そこで、翔おにいちゃんは一言こう発しーー、

「この前、夜道が怖いってひなちゃん言ってたよね? ごめんね、気付くの遅れて」

 な、何故か手を差し出してきました……。


「……」

(って、な、なんで話がこう飛ぶのっ!? さ、さっきまで常連さんのお話だったじゃん! も、もぅ意味が分からないよ……!)


「も、もしかして今日は怖くない……?」

「やっ、こ、怖いよ!?」

「じゃあ、どうぞ」

「う、うん……」


 本当は怖くありません……。でも、怖いって言わないと翔おにいちゃんと手を繋げないからウソを付いちゃいます……。

 差し出された手をゆっくりと握るわたし……。

 大好きな人の大きな手。温かい手……。もっと感じたくなった……。


「翔、おにいちゃん……。今日はとても怖いです……」

「大丈夫だよ、ひなちゃん。もしもの時に僕がいるんだから」

「う、腕を……」

「腕? 腕がどうしたの?」

「つ、掴んでも……いい、ですか?」

「え゛?」


「き、今日は……とても怖いから……。い、いきなりでごめんなさい……」

 翔おにいちゃんに聞こえそうなほど、心臓の音が激しく響きながらも、わたしはこんなお願いをしていました……。


 こ、こんなことを言うのは初めてです。……でも、わたしは覚悟してたんです。

 翔おにいちゃんに少しでもアタックをかけるって……。

 これが、桃華ちゃんがくれたアドバイスでもあるから……。


「そ、そんなに怖い……かな?」

「……こわい……」

(おかしいってバレないで……。お願いだからバレないで……)

 わたしはそう祈るばかりです……。もし、ウソだってバレたら今の関係は終わってしまうかもしれないから……。


「……そ、そっか。それなら、ひなちゃんの言う通りにして良いよ。ひなちゃんを怖がらせるわけにはいかないから」

「……ご、ごめんなさい」

「謝らないで大丈夫だよ」

「……」


 翔おにいちゃんは気付いてないでしょう……。この『ごめんなさい』はウソを付いたからだということに……。

 わたしは悪い子です。翔おにいちゃんが優しいことを知ってて、こう言えばこうしてくれることを分かってて、動いたんですから……。


(でも、でも……翔おにいちゃんも悪いんです……。わたしをここまで好きにさせちゃうから……)

『ギュッ』

 わたしは翔おにいちゃんと手を繋ぎながら、左手で翔おにいちゃんの右腕を掴みました……。

 女の子とは違う、ガッシリとした筋肉質で硬い腕……。

 翔おにいちゃんに体重をかけて、わたしは今の時間を大切にします……。

 もう、これだけで幸せです……。翔おにいちゃんの彼女になったら、もっと幸せなんでしょうか……。


「ど、どう? こ、怖くないかな……?」

「うん……。ありがとう……」

 この時、わたしは気付きませんでした。翔おにいちゃんの声がどもっていたことに……。それは、わたしと同じ、緊張しているからだということに……。



 そして……しばらく歩いた後に何十種類もある自動販売機が目に入りました。



「し、翔おにいちゃん。なにか飲み物はいりませんか……? わ、わたし……のどが渇いて……」

 翔おにいちゃんの手の感触。腕の感触。ずっと、ずっと感じてるから緊張が凄いんです……。ドキドキでのどが渇いてしまったんです……。


「あっ、実は僕もなんだ……。ひなちゃんは何か飲みたいものがある?」

「あああっ、こ、ここはわたしが払いますっ! 翔おにいちゃんにはさっきも奢ってもらったから……」

 翔おにいちゃんが財布を出そうとしたところを、わたしは必死に引き止めます……。翔おにいちゃんには奢ってもらってばっかりです……。これ以上は流石に奢られるわけにはいきません。


「も、もしかしてだけど、僕に奢りたいのが目的だった……?」

「そ、それはどうでしょうねっ。……さ、さて、翔おにいちゃんはどれにしますか?」

 翔おにいちゃんは勘違いしてます……。確かに、奢りたい気持ちがなかったことはありません。

 でも、緊張でのどが渇いている。これが一番の理由なんです。


「それじゃあ、お言葉に甘えてこれをお願いするね」

「う、うんっ!」

 わたしはここで初めて翔おにいちゃんに奢ることが出来ました。翔おにいちゃんが買った飲み物は、ブラックの缶コーヒーでした。



 =====



 そして、とうとうわたしが住んでいる学生寮にまで着いてしまいました……。


「それじゃあひなちゃん。今日はありがとう」

「わたしこそ……」

「また、いつでも連絡をしてくれて大丈夫だから。じゃ、またね」

 翔おにいちゃんは、缶コーヒーを持っていない方の手を振ってわたしの前から去ろうとします……。もう用事が終わったから、その行動は当然のこと……。


「ま、待ってっ……!」

「どうしたの?」

 でも、わたしは翔おにいちゃんを引き止めました。……そう、言い忘れたことがあったから……。


「そ、それ……わたしが捨てておきますよ……? 寮の前にゴミ箱、あるから……」

 わたしが指をさしたのは、翔おにいちゃんが飲み干した缶コーヒーです。わたしはちゃんと

 見てました。翔おにいちゃんが飲み干したところを……。


「ありがとう、ひなちゃん。それならお任せしていいかな……?」

「う、うん……」

「なんか、雑用を任せたみたいでごめんね」

「だ、大丈夫ですっ!」


 そうして、わたしは翔おにいちゃんの缶コーヒーを受け取りました。


「それじゃ、今度こそ……。バイバイ、ひなちゃん」

「また、お店に行くね……っ!」

「ははっ、かしこまりました」

 翔おにいちゃんはニッコリと口角を上げて、嬉しそうにお店口調を使いました。


 わたしは、翔おにいちゃんの背中が見えなくなるまで見送って……見せなくなったところで、手にある缶コーヒーに目を向けます……。


(し、翔おにいちゃんが飲んだ缶コーヒー……)

 わ、わたしはどうしてもしたかった……。この昂ぶった気持ちを落ち着かせるために……。


 わたしの身体に翔おにいちゃんの温もりがある今……。もう止められません……。

 缶コーヒーを両手で持ったわたしは……空だと分かってて、その飲み口に口を近づけます……。


(ダメだよ、翔おにいちゃん……。そんな簡単にコレを渡したら………。わたしみたいな悪い子がこんなこと、するかもしれないんだから……)



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