第13話 Side雛 アタックをかけますっ②

「えっ、ひなちゃんは小学校からずっと女子校に通ってるの!?」

 時は進み……わたしは翔おにいちゃんと学校の話題に移りました。

 わたしがずっと女子校に通っていた話をすると、翔おにいちゃんは目を大きくしながら、反応を示してくれています。


「……は、はい。だから共学の学校がどんなところか分からないんです……。わたし、ずっと女子校通いだったので、い、異性の方とのお付き合いもなくて……」

「ん!? い、今、お付き合いしたことないって言った……? ひなちゃんが!?」

「異性と関わる機会も無いですから、男友達というものもいなかったです……。わ、わたしが中学生の時、学校で付き合ってた女子は二人だけなんですよ?」

「二人だけ!?」


「はい……。でも、その二人はとても幸せそうに彼氏さんとのお話をしてくれて……。羨ましいって思う部分がたくさんあって……」


 わたしは、中学校の時のことをよく覚えています……。


『今日、彼氏に大好きって言ってもらえたんだよ!』

『今日、彼氏と恋人繋ぎが出来たよ!』

『明日、彼氏とデートすることになったの!』


 そんな報告を嬉しそうにしてくれる友達がいました。

『ウザいっ!』なんて思うことはありません、ただ単に羨ましさでいっぱいになっていました。

 だって……その話を聞く度に、わたしは翔おにいちゃんの事のように重ねてしまうから……。


 もし、そんなことを翔おにいちゃんと出来たら幸せなんだろうなぁ……って。


「あぁ、それは分かるよ。僕のところもそんな友達がいたからね。……でも、ひなちゃんに彼氏が出来ないのは女子校だからであって、共学の学校に行ったらすぐに出来ると思うけど」

「そ、そんなことはないですよっ……!」

「いやいや、ひなちゃんのような女の子をほったらかしにするような男はいないって。ひなちゃんはとっても優しい子だし、人当たりも良いし、可愛いから」

「ほぁっ!?」


 思わず驚きの声を上げたわたしは、翔おにいちゃんを二度見してしまいます。


(い、今……翔おにいちゃんがわたしのこと、優しいって……。可愛いって……。き、聞き間違いじゃないですよねっ!? し、しかも、物凄く褒められましたよねっ!?)


 やばいですっ、今の状況に全く追いつけません……。

 ど、どうしてどうして不意打ちで言ってくるんですかっ! こ、これは完全に狙ってます……。絶対に狙ってますよ……。


「僕が言うんだから間違いないよ。だからもう少し自分に自信を持って」

「は、はいっ!」

「それから、僕の言うこと一つだけ守ってほしいんだ」

「ま、守ってほしいことですか……?」


 ここで、翔おにいちゃんの表情がとっても真剣なものに変わりました。……こ、こんな翔おにいちゃんを見るのは初めてです……。

 わたしは無意識に身構えて、発される言葉を待ちます。


「この先、ひなちゃんはいろんな男性から声を掛けられるようになると思うんだけど、絶対について行ったりしちゃダメだからね。これはひなちゃんの安全に関わることだから」

「……」


 わたしの自己評価が低いことを知ったからか、わたしが異性に慣れていないことを知ったからか、こんな注意をしてくれます。

 余計なお世話だってことは、翔おにいちゃんだって分かってるはずです。でも、あえて言ってくれました。

 わたしにとって、その心配はとても嬉しかった……。


「……もぅ、翔おにいちゃんは心配しすぎです」

(わたしには、大好きな翔おにいちゃんがいるんです。他の男性に付いていくわけないじゃないですか……)


 わたしは、その言葉の中にこんな本音を交えました……。翔さんには伝わらないけど、今はまだこれで良いんです。


 確かに、わたしに好きな人がいなかった場合、付いていくなんて選択肢も出るかもしれません……。羨ましくあった彼氏を作るために。彼氏のような体験をしたいために。

 でも、それは違います。わたしはずっと想ってきた人がいるんです……。その人としか、そんな体験はしたくなんてありません。


「あ、あの……。翔おにいちゃんこそ……、え、えっちなお姉さんに声をかけられても付いていっちゃダメなんですからね……」

「あはは、それこそ大丈夫だよ。僕に声をかけてくる人なんていないだろうから」

「……かけられるんですっ! 翔おにいちゃんに褒められたわたしが言うんですから間違いないんです……!」

「そ、そうかな……」

「そうなんですっ!」


 わたしは必死になって、翔おにいちゃんに注意を促します。


(なんで翔さんはこんなにも自己評価が低いのでしょうか……。わたしは知ってるんです……。翔おにいちゃんが仕事中、いろんな女性から連絡先をもらってることを……)


 わたしはもう高校生です。声をかけてきた人に付いていけばどんなことをされるかくらい分かってます……。

 翔おにいちゃんは今まで彼女が居たことがないらしいです。つまり、まだシたことはないといっても過言ではありません……。


 翔おにいちゃんには、誰彼構わずそんなことをしてほしくないんです……。わ、わたしが翔おにいちゃんの初めてを貰いたいんです……。

(こ、こんなこと……、翔おにいちゃんには言えないことだもん……)


「僕の心配してくれてありがとう、分かったよ。その注意、ちゃんと受け止めておくから」

「ほ、本当について行っちゃダメですから……。や、約束ですよ……」

「あっ……」

 この時、わたしは気付きませんでした……。翔おにいちゃんがそんな声を漏らした理由を……。


「わ、分かりましたか……?」

「う、うん……。分かったよ」

「そ、それなら良いんです……」

 翔おにいちゃんが知らない女の人に付いていくかもしれない。そんな不安に駆られて、わたしは無自覚に行動をしてしまってたんです……。


「……」

「……」

「ひ、ひなちゃん……。手……」

「手……?」

 わたしは翔おにいちゃんの視線が下に向いていることに気付きます。

 その視線を辿って、顔を動かした直ぐのことでした……。


「ッ!?」

 なぜかわたしが、翔おにいちゃんの左手を両手で掴んでいる……。そんな光景が目に入ったのです……。


「ご、ごごごごごめんなさいっ! ほんとにごめんなさいっ!」

 すぐさまその手を離したわたしは、翔おにいちゃんに謝り倒します……。


「あ、あはは……。びっくりしたなぁ……」

「こ、これっ、お手拭き使ってくださいっ!!」

「手が触れただけだから、お手拭きは必要ないよ?」

「で、でも……っ!」

「そこまでしなくて良いのに……。あ、それならこうするのはどう?」

 

 わたしがお手拭きをどうにかして渡そうとした矢先でした……。

 翔おにいちゃんはわたしに笑みを浮かべてこう言ったんです……。まるで、この機会を有効に使うように。


「ひなちゃんが砕けた口調に戻してくれたら、この件は水に流すって条件で。ほら、お友達の桃華さんにしてた口調を使うってことで」

「……なっ!?」

「これは僕のわがままでもあるんだけど、ダメかな?」

「ず、ずるいですよぅ……。そうやって言うの……」


(こんな風に言われたら、戻すしかないじゃないですか……)

 でも、元の口調に戻すことは全然嫌じゃありません……。ただ恥ずかしいだけなんです……。


「それを言ったらひなちゃんの方がずるいと思うけどなぁ。僕は昔と同じ口調で話してるのに、ひなちゃんは硬い口調を使ってるでしょ?」

「……じ、じゃあ、戻します……」

「ありがとう、ひなちゃん。今日も寮まで送って帰るからね」


「あ、ありがと……です」

「です?」

「あ、あ……、ありが、とう……」

「うん、どういたしまして」

 翔おにいちゃんはにっこりと微笑んで、お母さんに頼んだカフェオレに口を付けました。


 砕けた口調……。慣れるまで苦労しそうです……。でも、このように話せてとても嬉しいです……。

 昔に戻ったような……そんな懐かしさがありました。


(で、出だしは順調です……。あ、後は帰り……。帰りが勝負です……)

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