第12話 Side雛 アタックをかけますっ①
「し、翔おにいちゃんっ。こんにちはっ!」
「こんにちは、雛ちゃん。約束通りに来てくれたね」
「き、昨日はいきなりのメールを……ごめんなさい」
「あはは、そんなに畏まらなくて大丈夫だって。僕にとって嬉しいことだからさ」
「う、うん……っ」
わたしは昨日の21時頃、翔おにいちゃんにこんな連絡を入れました。
『明日、もし良かったら翔おにいちゃんのお店に足を運んで良いですか?』ーーと。
そして、20分後に翔おにいちゃんからの返信がありました。
『もちろん大歓迎だよ。僕の休憩が18時30分に入るから、その時間帯に来られるかな?』
『はいっ! 大丈夫です!』
休憩に入れば、翔おにいちゃんと一緒にお話が出来ます。翔おにいちゃんはそれを分かってて、休憩時間を教えてくれたんだと思います。
翔おにいちゃんは凄いです……。わたしがして欲しい返信をしてくれるんですから……。
それなのに、なんでわたしの想いには気付いてくれません……。桃華ちゃんの言う通りタチの悪い鈍感さんだと思います。
(もし狙ってしているのなら、懲役20年くらいの罰を与えたいと思います……)
そんなことを考えてるとも知らず、翔おにいちゃんはわたしを気遣ってくれました。
「雛ちゃんは先にカフェの方で待っててくれるかな? あと数分で僕も休憩に入れると思うから」
「……う、うんっ」
(ほ、本当は翔おにいちゃんのお仕事を見たいけど、迷惑をかけるから我慢しないとダメだよね……)
今現在、翔おにいちゃんはカフェではなく、お花屋さんの方でお仕事をしています。
翔おにいちゃんは今の今まで、真剣な顔でペチュニアのお手入れをしていました。
お花のお手入れはとても繊細です。一つ何かを間違ってしまえば、お花はすぐに元気を無くしてしまいます。
売り物がそんな状態になったのなら、購買意欲がそそられることはありません……。
これ以上邪魔しないためにも、大事な作業を続けさせるためにも、わがままを言うわけにはいかないのです……。
「お、お仕事頑張ってくださいね! ゆっくりで大丈夫ですから!」
「ありがとう。出来るだけ早く終わらせるようにするからね」
翔おにいちゃんはそこで、わたしに笑顔を見せてくれます……。
(……そ、その笑顔、ずるいよぅ……)
だ、だってそれだけで胸がぽかぽかと温まってくるんです……。も、もう……。目が離せなくなるじゃないですかぁ……。
「ひ、雛ちゃん? どうかした……?」
「い、いえっ! な、なんでも無いですっ!! そ、それではわたしはカフェに入ってますからーっ!」
その声をかけられた時には、わたしの頭は真っ白になってました……。
わたしは翔おにいちゃんから逃げるようにして、カフェに足を運びます。
「あら、いらっしゃいヒナちゃん。数日ぶりね?」
「お、おおおお邪魔しますっ!」
カフェに入り、わたしに一番に気付いてくれたのは翔おにいちゃんのお母さんでした。
「いつも通り、アイスココアで大丈夫?」
「は、はいっ!」
今はお客さんの少ない時間帯なのでしょう、店内は少しだけガランとしています。
わたしはこの前座ったカウンター席に腰を下ろして、注文した商品が到着することを待ちました。
そうして、5分ほど経ち……注文した商品が到着します。
「おまたせヒナちゃん。あとこれも一緒に食べてね。アタシからのサービスってことで」
「い、良いんですか……? こ、こんなに美味しそうなケーキを……」
「もちろん。ケーキの甘さは控えめにしてあるから、アイスココアと合うんじゃないかしら」
「あ、ありがとうございますっ!」
アイスココアと一緒に出されたのは、一人分のまあるいショートケーキです。
ホイップクリームがたくさん乗って、イチゴも大きくて、とても美味しそうです……。
「それでそれで、一つ聞きたいんだけど、翔との進展具合はどう? 少しは上手く行ってるのかしら?」
「し、しししし進展ですかっ!?」
「そう。ある程度は把握しておきたいって思ってね。無理に聞くことはないけど、アタシに教えておいて損はないわよ? ヒナちゃんの力にもなれることも多いと思うから」
翔おにいちゃんのお母さんは、カウンターの奥から微笑みながらそう聞いてきました。
この言葉を聞いて、わたしに拒否の文字は浮かび上がりません……。翔おにいちゃんのお母さんはわたしを応援してくれています。……翔おにいちゃんに対する想いもバレていますから……。
「……お、お友達に協力してもらって、連絡先を交換したくらいです……。まだ、それだけです……」
「連絡先の交換……。ははぁ、なるほど。それで翔はあんなだったのね。ヒナちゃんに良い報告があるわ」
「良い……報告ですか?」
うんうん。と一人で納得した様子を浮かべる翔おにいちゃんのお母さんは、『良い報告』をわたしに教えてくれます。
ただ、お母さんの口から出た言葉は、わたしの鼓動を大きく早めるものでした……。
「翔ったら、スマホを見てニヤニヤしてたからアタシのパパにも突っ込まれてたのよ。もうこれで分かるわよね、ヒナちゃん?」
「ウ、ウソ……ですよね?」
「本当よ」
ーーその瞬間、わたしは耐えられませんでした……。
『……ぼっ』
(えっ、えっ……!? そ、そそそそそれって……わたしと連絡先を交換して嬉しかったってことだよねっ!? そ、そう捉えていいんだよねっ!?)
翔おにいちゃんの家族しか知らない情報を教えてもらい、わたしの身体中に大量の熱が溢れ出てしまいます……。
「もー、たったそれだけでそんなに顔を赤くしちゃ、翔にアタックをかけられないわよ?」
『ビクッ!』
「ふふっ。恐らくだけど、連絡先の交換に協力してくれたお友達になにかアドバイスを貰ったってところかしら?」
「ど、どどどどうしてそのことをっ!?」
そ、そうです……。今日翔おにいちゃんに会いに来た理由は、桃華ちゃんから教えてもらったアタックを実行するためなんです……。
まだ誰にも言ってないことなのに、心に秘めていたことなのに、お母さんは簡単に見破られてしまいました……。
「ヒナちゃんはとっても分かりやすいもの。そのくらいのことなら簡単に分かるわ。……さてさて、ヒナちゃんはどんなアタックをかけるのかしらね?」
「こ、これだけは、お母さんでも教えられませんからっ!」
「あらあら、アタシのことをもう『お母さん』って呼んでるのね。ふふっ、翔との結婚はいつになりそうかしら?」
「あっ、やっ……。そ、それは違くてっ! え、え……とっ! か、からかわないでくださいよっ!」
「ふふっ、ヒナちゃんが面白い反応をするから悪いのよ?」
「だ、だって……恥ずかしいんですよぅ……」
「もー、可愛いんだからー」
「……ぅ」
「ほぅ。……なるほどなるほど。今、アタシじゃなくて翔に言われたなら……とか思ったでしょ?」
「っ……そ、そそそそれはっ!?」
(も、もうダメです……。わたしの考えは全てお母さんに見通されてます……。もう、恥ずかしさで死にそうです……)
その羞恥から逃げるように、わたしが両手で顔を隠した時でした……。
「はぁ、母さん。雛ちゃんが来てくれて嬉しいのは分かるけど、イジワルだけはしないでよ?」
「あらら、とうとう横槍が入ったわね……」
「当たり前だよ……。母さんが虐めてたせいで雛ちゃん顔を隠してるじゃん……」
翔おにいちゃんは、何事もなくわたしの隣に座ってお母さんに注意しています……。
(な、なんでこんな時に……。タ、タイミングが悪いよ……っ!)
わたしは決してイジメられたわけじゃなんです……。ただ、翔おにいちゃんのことを妄想してたことがお母さんにバレて、恥ずかしいだけなんです……。
チラッと隣に目を向ければ、端正な横顔が近い距離にあります……。
(こ、このお顔で……わたしのこと可愛いって言ってくれたら……、うぅぅぅ……っ!!)
さ、さっきの会話のせいで妄想が止まりません……。どんどんと恥ずかしさが襲ってきます……。それと同時に高揚感も……。
(もぅ、わたしのバカぁ……)
心を落ち着かせないといけないのに、自爆して……。 お、落ち着かないと、翔おにいちゃんに変な子だって思われちゃうよ……。
「ごめんなさい。それじゃ反省をしまして……翔は何か飲む? 今ならアタシが作るけど」
「それじゃあ、お言葉に甘えてカフェオレをお願いしてもいいかな……? 雛ちゃんもほしい?」
「だ、大丈夫です……」
「それじゃあ、カフェオレが一つね。わたしはこれを作ったら仕事に戻るから、後はヒナちゃんのこと任せるわよ?」
「うん、大丈夫」
お母さんはそのまま会話を終わらせた後に、わたしに一言だけ声をかけてきました……。
「ヒナちゃんも頑張ってね。アタシもお仕事頑張るから」
「……は、はい」
「よろしい!」
そうして、お母さんは厨房の中に帰っていきました……。
(うぅ……。そ、そうです……。わたしは恥ずかしさになんか負けられないんです……)
お母さんの言う通り、わたしは頑張らないといけません……。桃華ちゃんからもアドバイスをもらいました……。この機会を無駄にするわけにはいかないんです……。
ずっと奥手のままじゃ、翔おにいちゃんを取られちゃう……。それだけは絶対に嫌だから……。
(が、頑張って……頑張って、翔おにいちゃんを振り向かせるんだもん……)
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