第11話 お電話と、翔の家で
『あれが雛っちの好きな人かぁ。どんな人か気になってたけど、あれは大当たりだね、うん』
『えへへ……。あ、ありがとう……』
その夜。雛は学生寮で、友達である桃華は自宅で電話をしていた。もちろん、そこでの会話は雛の想い人である翔のことばかりである。
今日、桃華が翔と出会ったことで雛と共通の話題にすることが出来たのだ。
『あんな人がまだ新品状態だなんて、翔さんの同級生達はなにをしてたのかな? 告白も一回しか受けてなくて、それは罰ゲームだって言うし』
『そ、それは……思う』
『なーんか話を聞く限り引っかかるんだよねぇ。詳しいことはなにも分からないんだけどさ』
『……そう?』
『まぁ良いや。それで話を戻すけどーー』
これは予想以外の何ものでもない。確証がない限り、話が前に進むことはなかった。
ただ……桃華の『引っかかる』との言葉は、いずれ確信に変わることになる。
『初対面のウチにも話を振ってくれて、気まずくならないようにしてくれた事とか、荷物を先に下ろさせるためにレジを譲ってくれた事は、流石は雛っちが選んだオトコだよ』
『翔おにいちゃんは誰にでも優しいから……』
『わたしに
『う、うん。それはそう…………って、なにを言ってるのっ!?』
『まぁ、当然そう思うよねぇ。特別扱いしてほしいのは女の
大好きな人が
翔が別の相手に優しくすればするだけ、好きという感情が芽生えるかもしれない。それは雛にとってライバルが増えることと同義でもある。
『も、桃華ちゃんがそこまで褒めるなんて珍しいね……?』
『失礼覚悟で言うけど、あそこまで良い人だとは思わなかったからさー。全然気まずくならないように立ち回ってくれたし、引っ張り気質の翔さんのあれは年上好きには堪らないと思うよ。まぁ、ウチは年上好きじゃないけど』
『や、やっぱり……好かれるよね、翔おにいちゃんは……』
『そりゃそうでしょ。あのレベルが放置されてるって方がおかしいんだから。一つだけ言えるのは、翔さんが鈍感なだけ。それが自身のガードを硬くしてるんじゃないかな』
翔と関わって数時間で鈍感だと察した桃華。勘が鋭いように思うが、雛が翔に見せていた態度を見ていれば誰にだって分かることであった。
『桃華ちゃんの目から見ても分かるんだ……。翔おにいちゃんが鈍感なこと……』
『当然。そして翔さんは一番タチの悪い鈍感だね。鈍感なのに物凄く気が利くし……』
『えっ、一番タチが悪いって……?』
『いっぱい気遣えるくせに、人の想いには気付かないでそもそも自分の自己評価が低いから、好きになられるだなんて予想もしないんだよ』
『そ、そんなことってあるのっ!?』
『ウチの兄にソックリだし、翔さんにも当てはまってる。特に鈍感度においては翔さんの方が断然上だと思うね』
『うぅ……。そ、そんなに……』
桃華からそんな話を聞けば聴くだけ、どんどんと距離が遠くなることを感じる。
鈍感な相手に立ち向かうには、アタックという名の行動しかない……が、雛にとってそれは難しいことであることに違いない。
異性との関わりが少ないというのは、とても大きな欠点となっているのだから。
『でも、雛っちは心配することはなにもないと思うよ。一応のアタックは出来てると思うから。後は翔さんが気付くだけだって』
『わ、わたしが……出来てるの? そ、そんなことはないと思うよ……?』
『いやいや。だって雛っちは翔おにいちゃん好き好きオーラ全開だったじゃん。普通は気付くよ、あれだけ出してたら』
『なっ、ななななな……』
『すぐ顔を赤くしたり、カタコトの口調になったり、翔さんを見てる時の顔はものっすごく蕩けてるし……』
これが翔が鈍感だと判断した理由。これだけの好意を目一杯出している雛になにも気付かない。気付く素振りも見せない。鈍感である以外に理由が見つからないのだ。
『今度動画撮って見せようか? すぐに分かると思うよ』
『い、いいです……』
『な、なんで?』
『……も、桃華ちゃんの言う通りだもん……』
『自覚あったんかい!』
『だ、だって、翔おにいちゃんと話すとすぐに顔が熱くなって、言いたいことは全然話せなくて……、でも……翔おにいちゃんの顔をじっと見ちゃって……』
『雛っちらしいねぇ、ホント』
翔のことが好きだからこそ、大好きだからこそ普段の自分が出せない。改善するなどなかなかに出来ることではない。改善するよりも、どうにかして突き進む方が圧倒的近道だ。
『それじゃウチからアドバイスあげよっか? 相手が意識してくれる技を。当然、雛っちには勇気のいることだけど』
『そ、そんなことがあるのっ!? お、教えてほしいっ!!』
「ふふふ、それはねーー」
そうして、二人は長電話を続け桃華からアドバイスを貰うのである。……ただ、このアドバイスは雛にとって少々過激なことでもあった。
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(まさか8年後の雛ちゃんと連絡先を交換するなんて思いもしなかったな……)
スマホから雛の連絡先に目を通す翔は、そんな心の呟きをしつつ小さな笑みを作っていた。
「なーにスマホ見てニヤニヤしてんだよ。エロいもんでも調べてんのか?」
「ち、違うからね!?」
「翔。前々から言ってることだが、そろそろ彼女の一人くらい連れてきたらどうなんだ? 孫の顔も見れずに逝くのは嫌だぜ、オレ」
そこで話してきたのは、翔の父親。リビングでお酒を煽りつつ少し豪快な喋り方で翔に欲望をぶつけてくる。
「そ、そのことなんだけど、それもあり得るかな……って。ごめんね?」
「はぁ!? おいおいそれだけは本当にやめてくれよ。……正直に言わせてもらうと、オマエはただガードが
「ガ、ガードって?」
「簡単に言えば、お客さんから貰う連絡先を素直に受け取りゃ良いんだよ。断らずにな。相手はその気があるからオマエに連絡先を渡すんだ」
「そ、そうかな……?」
「どうでもいい相手に連絡先を渡したりはしねぇんだからよ。後は予定を立てて1日デートに行って、一夜を過ごせば次の日には彼女ってわけだ。連絡先を渡してきた相手に美人な子とか居たろ? どうせまたあるだから、次はちゃんと仕留めればいい。分かったな?」
ーードヤ顔の父がそう言い終えた瞬間だった。
『ドンッ!』
リビングのドアが勢い良く開き、ドスの効いた母の声が辺りを包み込んだ。その背後にはメラメラとした黒のオーラが滲み出ていた。
「パパ、焦る気持ちも分かるけど今はまだそっとしておきなさい。人の恋路に突っ込むのは野暮ってものよ」
「はい。……すみません。調子乗りました」
「父さん……!?」
さっきまでの勢いはどこへ行ったのか、完全に母の尻に敷かれている状況を目撃した翔は、そんな驚き声を上げるのであった。
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