第10話 お買い物とある者と②
「良し……。これで全部っと」
母からのお使いで買ってくる物が書かれた紙と、買い物カゴに入れた商品に抜けがないことを確認した翔は財布を持って会計に向かう。
そんな時だった。翔の耳にこんな声が届いてくる。
「ほら、早く行かないとダメじゃん! 折角の機会なんだよ!」
「ちょ、ちょちょちょちょっと待ってっ! ま、まだ心の準備が……」
「ぐずぐずしない! 行くっ!」
「うゎわわわっ!?」
二人の女性の声。その片方はもう一人に何かされたのだろうか、驚きの声を出しながらドタドタと足音を響かせてる。
そんな状況に翔が無意識に背後に首を向ける。そこにいたのは、当然お互いが知る人物……。
「え、あっ……ひなちゃん!?」
「ど、どどどどうもですっ!」
「こんなところで奇遇だね。ひなちゃんもお買い物に?」
「は、はいっ! そ、そうです! 偶然ですよねっ!?」
車の運転をさせたら一瞬で事故が起こってしまいそうなほど、あわあわと落ち着きがない様子の雛に……翔の死角から別の声が飛ぶ。
「雛っち、いくらなんでもその反応は硬すぎるって。ほら、ウチと話すような感じで楽に楽に」
「も、桃華ちゃんが心の準備をさせないからだよっ!」
「ありゃあ……。それはごめん。つい勢いのままに押しちゃって……、あはは」
「もうっ!」
親しげに口喧嘩を始める雛ともう一人の黒髮の女の子。雛よりも身長が高く、どこか落ち着きのあるその子は翔と初対面であった。
「こちらは……ひなちゃんのお友達だよね?」
「初めまして!
「こちらこそ。初めまして桃華さん。って、どうして僕の名前を?」
「それはぁー、雛っちからいろいろと聞いてますからねぇー!」
「ひ、ひなちゃんから?」
ニヤリと片方の口角をあげる桃華に、眉を上げて翔は聞き返す。
雛が友達に自分のことをどう話しているのか、気にならないわけがない。他人から見ての評価というものは無意識に敏感になっているものだ。
「だっ、ダメだよっ! そ、それだけは言っちゃダメだからねっ!?」
「どうしよっかなぁ、どうしよっかなぁ」
「どうもこうもないのっ!」
そう、雛は絶対にこの話題を阻止しなければならない。からかいだと分かっていても……。
雛は桃華に大半のことを教えてしまっているのだ。。
雛が翔のことをどう評価しているのか。どれだけ褒めていたのだ。ずっと抱いてきた想い。その強さに。だからこそ、全力で抑えようとする。
しかし、雛が動こうとした瞬間にもう一人動く人物が居た。
「本当は言うつもりないんだろうけどね、桃華さんは?」
「んっ!?」
そんな前置きをする翔は、桃華にニッコリとした笑みを浮かべてこう言った。
「……そこの見極めがしっかり出来てるから。人付き合いが上手い証拠でもあるね」
「な、なんのことかなぁー!?」
翔は気付いていた。雛が『言われて嫌なこと』と、『言われても嫌じゃないこと』の判断を桃華がちゃんと出来ていることを。
初対面にも関わらず翔がそのことに理解したのは、桃華が見せた所作にあった。
「ひなちゃんの様子を伺いながら話してたから、僕じゃなくても分かると思うよ?」
「き、気のせいですよ!」
「……本当?」
「そ、そうですっ! そうなんです!」
「ははは、それじゃあそう言うことにしとこうかな」
「クゥッ……」
いつもは口達者な桃華だが、翔の前で後手に回ってしまう。
それは、翔が長年接客業に付いているからであり、人を見る目や、相手の仕草を追う癖が自然と身についた結果から来ているものでもある。
「良い友達を持ったね、ひなちゃん」
「う、うん……っ!」
「クゥゥゥ……」
雛が
「それじゃ、キリの良いところだし僕は先に会計を済ませてくるね」
「わ、わたしもお会計行きます……!」
「ウ、ウチも行く!」
翔は雛と桃華を先に行かせて、重い荷物を先に下ろさせようとする。それは当たり前のことなのかもしれないが、初対面の桃華にとってはとても印象に残るものであった。
そうして、翔たちは無事に会計を済ませるのであった。
=====
その帰り道。
「なんか慣れてますよねぇ、翔さん。女の扱いに」
雛の友達である桃華は、何故かため息を吐きながらジト目を向けてくる。
「そ、そんなことはないよ……? ほ、本当に」
「えっと、生々しいお話になるんですけど、今まで彼女何人作ればそのくらい上手になれるんですか??」
「あ、扱いが上手いかどうかは分からないんけど、それはなんて言うか……」
「わ、わたしも……聞きたいな……」
翔の過去。異性とのお付き合いをどれだけしてきたのか、雛は知らない。知っているのは翔が今現在フリーでいること。
桃華がいるから聞けるであろう話題に、雛も同意を示して視線を合わせる。
「大体7人とかですかね?」
「ち、違うよ」
「じゃあ10人とか……?」
「そ、そんな数じゃないよ」
「も、もしかして20人とか……?」
からかい無しに本気でそう思っているのだろう。桃華はどんどんと数を
上げてくる。
そして、その数を無言で聞く雛は顔色を真っ青に染めていく。
「……し、正直に言うと今まで誰ともお付き合いしたことはないんだ。こ、こんなこと言うのは恥ずかしいけど……」
「え゛!? ぜ、絶対ウソですよね!?」
「……ほ、本当だって」
「冗談は良してくださいよー!」
「……」
口を閉じ、真顔で視線を合わせてくる翔に桃華は察する。ーー全て本当のことなんだと。
「そ、それじゃあ告白されたことは!?」
「い、一回だけあるんだけど罰ゲームだったから」
「一回だけ!? そ、それは有り得ないでしょ……!!」
驚きを隠せない桃華は、瞠目させながら素の口調になって反応を示している。
「き、聞いたよね雛っち! 翔さん今まで誰とも付き合ったことがないんだって! 良かったじゃん!!」
「ど、どどどどどうしてそこでわたしに話を振るのっ!?」
「あ、あはは……なんとなく?」
「な、なんとなくじゃないよっ!!」
「……?」
見極めが出来ている桃華は、そこに関して雛へのからかいを交えたりはしない。
今の会話の流れ、雛が顔を真っ赤にして慌てる姿。それを見れば大体のことが分かるであろうが……翔は頭にハテナマークを浮かべるだけだった。
「あっ、翔さん。もし良ければ連絡先の交換してくれませんか?」
「もちろん良いよ」
「雛っちは翔さんの連絡先持ってる? それなら、雛っちから送ってもらえば済むんだけど」
「う、ううん……。持ってないよ」
「そ、そう言えばひなちゃんの連絡先、持ってなかったね……」
「わ、わたしも、こ、交換……していいですか?」
「もちろん、それじゃあーー」
そうして、翔はQRコードを提示して連絡先の交換を終わらせる。
翔の連絡先をもらうことが出来た雛は、本人がいる目の前に関わらずほわわぁと笑顔を浮かべ、その様子を見た桃華は、『良かったね』と言いたげな表情を見せたのであった。
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