第9話 お買い物とある者と

「洗濯用洗剤に漂白剤……。うん、間違いない」

「本当に偉いなぁ、雛っちは。洗濯は全部一人でやってるんでしょ?」

「う、うん。でも、わたし以外の寮生さんもみんな一人でやってるよ……?」


 学園が終わりの放課後、桃華は雛のお買い物に付き合っていた。

 雛が持つ買い物カゴに入っている商品は洗濯関係の物だ。


 雛は昨日……初めて自慰というものをしたのだ……。翔を思って、ユイにもらった女性誌に書いてある通りに……。


 当然、そんな行為をすれば服や下着は汚れ……洗濯しなければならない。

 その下着や服に付いてしまったモノは人様に見せられるはずもなく、隠蔽するしかない……。雛は一度でなく何度も洗濯をしたのだ。


 結果、こうして買い物をすることになったのだ。


 ……ただ、雛は一つだけ知らないことがある。

 雛と同室に住んでいるユイが渡した女性誌は、ただの女性誌ではなく……女性用のえっちな雑誌だということに。


「それでも一人で洗濯するのは凄いと思うけどなー。ウチは全部お母さんに任せっきりだから、あはは……。やっぱりお手伝いはしないとだね」

「わたしも最初は出来なかったけど、少しずつ出来るようになったから大丈夫だよ」

「も、もしかしてだけど……雛っちは家事全般出来る人?」

「う、うんっ! 大抵のことは、なんだけどね……」


「ま、まじなのか……。普通、高校一年生からそんなこと出来ないでしょ……。特に料理とかは」

「わたし、毎日お母さんに教えてもらってたの。それで出来るようになったんだ。もちろんミスはいっぱいしちゃったけどね……。いろいろ焦がしたり、調味料間違えたり……」


 特に自慢するわけでもなく、懐かしそうにその時のことを話す雛は、えへへとした笑みを浮かべていた。


「ほぅ、なるほどねぇ。翔お兄ちゃんに手料理を食べさせるために……か。その理由はちょっと妬けるなぁ……ウチ」

「……っっ!? ち、違うもんっ! た、ただ自分磨きをするためっ!!」

「それにしても、さっきのおどおどした反応は怪しいなぁ」

「お、おかしくなんてないもん……。た、ただ本心を言っただけ」


 この手の話題になれば、鋭い勘と鋭い言葉で攻めてくる桃華。その二の舞に何度も合っている雛は、表情を表に出さないよう意識して返事をする。


「ふむ。だったら核心を突いちゃおうかねぇ」

「か、核心……!?」

「『翔おにいちゃんの胃袋を掴めば、わたしを意識してくれるかも!』なんて理由だってことに」

「……ッッ! ちぁ、ちゃがう!」

 と、次の瞬間ーー動揺した様子と噛んだ事実を晒す雛。それだけでさっきの発言が確信を突いたものだとの証拠。


「……へぇ、ちゃがう、、、、のかぁ」

(もうこれ、からかわれに行ってるようなもんだよねぇ……雛っち)

 なんて心の中でツッコミを入れる桃華を他所に、雛は恨めしい視線をこちらに向けていた。


「……うぅ」

「どうしたの、唸っちゃってぇ」

「……そ、そう思って……わ、悪いかぁ……」

「ひ、開き直った!? そ、それは今までにない傾向じゃん」

「わ、わたしだっていつまでもからかわれてばかりじゃないんだからねっ! もう高校生なんだから!」


 買い物カゴが重いのだろう、両手で持つ雛はふんっと胸を張って『もうオトナなんだから!』とアピールをする。

 しかし、開き直るということは……桃華の発言を認めたということにもなる。


 料理を覚えようとしたキッカケ。

『翔おにいちゃんの胃袋を掴めば、わたしを意識してくれるかも!』……ということを。


「流石高校生だねぇ。開き直ってるのに、顔真っ赤にしてぇー」

「……も、もうっ!」

 皮肉げに言う桃華だが、そこに嫌悪はない。仲良しだからこそ言えることでもある。


「しっかし、本当に想いが強いんだねぇ……。その彼のために家事全般を覚えるなんて。もう結婚する気満々じゃん」

「け、けけけけけ結婚っ!?」

「だって、家事全般が出来れば専業主婦にだってなれるし、完全に旦那さんをサポートする立ち回りが出来るじゃん? その人の胃袋を掴みたいなら、料理だけ頑張れば良いし」

「はっ……」


 桃華の言うことは間違っていない。それは誰でも分かる正論。……だからこそ雛は息を飲んだ。


「雛っちは無意識に、翔お兄ちゃんのお嫁さんになれるように頑張ろうとしたって証拠なんだよね」

『……ボッ』

 不意に出された『お嫁さん』の言葉に、かぁぁと顔を赤らめてしまう雛。下に顔を向けて面を隠した。


「雛っちにそこまで想われてホントに幸せものだねぇ、翔お兄ちゃんって人は」

「……そ、そう……だと、いい……な」

「……付き合えるように頑張らなきゃね? 雛っち」

「う、うん……」


 珍しくからかい無しに、応援の言葉をかける桃華は優しげな瞳を雛に向けていた。

 それはまるで、自分にもそんな想いがあったかのように……。


「さて! これで雛ちゃんの買い物は終わりかな?」

「……あ、あとお菓子が切れてるんだった! ちょっとだけ待っ…………ッ!!」

 そんな言葉を桃華にかけた雛が、買い物カゴを持ってお菓子コーナーに歩き出そうとした瞬間だった。


 ーーその視界にある者が偶然映り過ぎていった……。


 それは、さっき会話に出てきた人物……。

『噂をすれば影が差す』そんなことわざが当たったのだ。


「え? ど、どうしたの? いきなり固まって……」

「翔、おにいちゃんだ……」

「えっ!? どれどれ!?」

「あ、あれ……あれだよ」

 雛はぴょこっと顔を出して翔の後ろ姿を指でさす。


「あ、あの買い物カゴにいっぱい商品入れてる人……?」

「う、うん……!」

「な、なんだろ……。ちょっぴり格好良さそう」

「カ、カッコいいのっ!」

 二人はジッと翔の背後に目を向けながらそんな会話を続ける。桃華はこの時、初めて翔を見るのであった。

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