第7話 いじられるのは当然
「雛ちゃん可愛くなってたわね、翔? アンタ、あの子貰っちゃいなさいよ。雛ちゃんはまだ高校生なんだし、これからもっと可愛くなるのは間違いないわよ」
「い、いきなり何言ってるのっ!?」
雛を学生寮まで送って早々、仕事服を着る翔に母が爆弾発言をしてくる。
「あら、不満なの? あんなに成長した雛ちゃんでも?」
「そ、そう言うわけじゃないけど……」
「じゃあ、今のうちにツバ付けときなさいって。強引にでもいいから」
「は、犯罪だよそれ!? 親が言うセリフじゃないよね!?」
「翔。アンタが雛ちゃんにする分には犯罪じゃないのよ」
「支離滅裂なこと言ってるからね、それ!?」
「いいえ、そんなことないわ。きっと雛ちゃんは嬉しがるはずよ。同時に恥ずかしがるだろうけど」
「嫌がるって言葉が無いんだけどっ!?」
「翔がしっかりと、ちゃんと責任を取るのならどんどん行っちゃいなさい」
「もう意味が分からないよ!!」
翔はその言葉通り、その意味を理解していない。それは当然のこと。雛の気持ちを察せられていないのだから。
だがしかし、翔の母は違う。雛と一対一で話し、その想いを確認している。
ーー翔が
だからこそ強引にでも二人をくっ付けようとしているのだ。これは、翔の母は雛を応援しているからこそ……。
「第一に雛ちゃんには彼氏がいるだろうからそんなことは出来ないの。まず、そんなことが出来る関係でもないし」
「あら、雛ちゃんにカレシはいないと思うわよ?」
「な、なんで……?」
「オンナの勘よ。これに関しては99.9%合ってるわ」
「それはもう勘のレベルを超えてると思うんだけど……」
「それくらい自信があるってことよ」
翔の母は『雛から聞いた』とは答えなかった。それは、実際にそのような話はしていないから……。ただ、母は雛の気持ちを確認しただけ。
もしかしたら彼氏がいるかもしれない……と、それを踏まえての99.9%なのだ。
雛の性格……純粋で一途なことを考えたら、その差し引きは0.1の単位で十分である。
「翔……? もしかしてなんだけど……」
「な、なに……?」
「雛ちゃんのあの分かっりやすい態度を見てもなにも気付かない?」
「ん、気付かないって……?」
「はぁ……。なるほど、だからこうなのね……。母さんは呆れたわ……」
「え、何か僕悪いことした……?」
「なんでもないわ。それより翔、アンタは早く仕事に戻りなさい。そろそろ店閉めだから」
「あ、ああ……。うん」
要点がなにも掴めず、店に送り出される翔は……頭上にクエスチョンマークを浮かべながら仕事に向かう。
(苦労しそうね……コレばかりは。大胆に攻めないと気付いてくれないわよ、雛ちゃん……)
翔の背後を見送る母は、そんなメッセージを胸中で伝えるのであった……。
====
その翌日。
「……聞いたゾォ、雛っち。昨日のこと! ……もう学園で噂されてるからねぇ」
「き、昨日のこと……?」
「そう、昨日のこと。もちろん教えてくれるよね?」
艶のある黒髮を左右に揺らしながら、ニンマリとした笑みで雛に歩み寄る桃華は、顔を急接近させて……言う。
「昨日、オトコに学生寮まで送ってもらったんだって? ……手を繋ぎながらぁ! これは一体どう言うことかねぇ……?」
「……っ!」
この瞬間、雛が持つ危険センサーが反応する。『隠さないとからかわれる』……と。
「そっ、そそそそれは、わたしじゃないもん……っ!」
「ほほう。しらばっくれるのかぁ……。それなら、自白させなきゃねぇ……」
「わ、わたしはなにも知らないもんっ! 本当にっ!!」
ぷいっと窓側に顔を向ける雛は、桃華と視線を合わせないようにする。これでバレる可能性は低くなる……。そう思った雛だが、桃華の方が一枚……いや、二枚上だった。
「じゃあその彼、ウチが取っちゃおっかなぁー」
「ダ、ダメっ!」
「え……」
「あっ……」
その一言で全てが終了する。
たった一言で白状したことに唖然とする桃華と、『やってしまった!』というように口を押させて、じわじわと視線を斜め下にする雛。
「…………」
「…………」
そして訪れる謎の静寂。
「い、いくらなんでもその自白は早いでしょ。楽しむ暇もなかったじゃん……」
「うぅ……」
雛の脳裏には、昨日学生寮まで送ってくれたあの時のことが駆け巡っていた。
手を繋いでもらったこと。翔の手の感触。そして、あの暖かさ……。
途端、ボワっと顔を真っ赤にさせる雛。
「って、その反応……! もしかして、昨日話してくれた好きな人だったりする!? ずっと会いたかった人って言ってた……」
「……も、桃華ちゃんが翔おにいちゃんのこと、取らないなら……教える……」
耳まで赤くなった雛は、桃華にチラッと視線を寄越してそんな条件を出す。……口が滑ったことになど、今はまだ気付かず……。
翔のことを教えること。翔を取られること。この二つを天秤にかけたのなら、重い方はもちろん後者だ。
「今の発言だけでもう十分に分かったんだけど……な、なんかごめんね!? 取らないから安心して、ね?」
「ほ、ほんと……? 翔おにいちゃん、カッコよくて優しいんだよ……? それでも、取らない……?」
「うんうん、絶対取らないから!」
「身長も高くて、気遣いも出来て、ほんとにカッコいいんだよ……?」
「あー、そこまで雛っちが褒めるなら分からないなぁー!」
「じゃあ言わないっ!!」
「あははっ、そんなに拗ねないでよ。冗談だってばー!」
頰を膨らませて顔を背ける雛だが、怒ったようには全然見えない。逆に構ってほしいオーラを出しているように感じることだろう。
そのくらいに雛は怒ることが下手くそだった。
「でぇー、雛っちが大好きな彼は翔おにいちゃんって言うんだぁ……?」
「……お、大声で言わないでっ!」
そう、雛が怒っても踏み込めるところと踏み込めないところをしっかりと見極めているのが、ここにいる桃華なのだ。
「翔お兄ちゃんって人を二回も『カッコいい』って言っちゃうくらい格好いいんだぁ……?」
「うぅ……」
「身長も高くて、優しくて、気遣いも出来るんだぁ……? その翔お兄ちゃんは!」
「うぅぅぅ……」
「あーあ、会ってみたいなぁー! 翔お兄ちゃんに! ウチ、翔お兄ちゃんに投げキッスしちゃうかもー!!」
「桃華ちゃんのいじわるっ! ばかぁ!!」
「あはははっ。もー、お顔を真っ赤にしちゃってー。雛っちってば可愛いー!!」
「もう知らないっ……!」
やられてばかりの雛は、身体を震え上がらせて椅子を90度回転させる。そうすることによって、桃華に背を向けることが出来る。それは、『もうからかうなー!』との体勢。
雛はこうして『怒っています!』とアピールしたのだ。
「……雛っち」
それが通じたのか、桃華は神妙な声で雛を呼ぶ。
「な、なに……?」
雛が目を合わせれば、反省した様子の桃華が目に映った……。
その様子に思わず、『ごめん……』と謝ろうとした雛だったがーー
「翔お兄ちゃんのコト、好き?」
「もぉおおおおっ!!!」
「あはははっ、こりゃあ良いネタを発見したねぇ」
「ネタじゃないっ!!!」
こうして、今日一日中、ニヤリと微笑み続ける桃華にいじられる雛であった……。
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