第4話 気付かせる為に

「全く、あのバカ息子は……。ごめんね、ヒナちゃん。せっかく来てくれたのに」

「い、いえっ! き、気にしないでください……! ひ、久しぶりに翔おにいちゃんに会えて嬉しかったですから……」


「もぅ、そんな健気けなげなセリフを言っちゃって……。全く、うちの子はどうしてこうもこうも鈍いかしらねぇ……。ヒナちゃんと一緒に入ってきたと思えば、店を案内しただけですぐシフトに戻るし……全然ヒナちゃんに気付いてないんだから」


 これが、翔が雛に声をかけた後の経緯だった。

 翔は声をかけたお客さんが雛だということに気付くことなく、簡単に店を案内した後にそのまま花屋のバイトに入ったのだ。

 8年後の雛に気付いた母からすれば、鈍感な息子に対してそんな文句も言いたくなるものだ。


「あ、あの……っ。翔おにいちゃんは、今もこのお店のお手伝いをしているんですか……?」

「ええ、ヒナちゃんが引っ越ししてからもずっと、、、してくれてるわよ」

「……ずっと、ですか……」


 雛はこの『ずっと』という言葉に、確かな引っかかりを覚えた。


『僕はここでずっと、、、待ってるから、いつでも遊びに来てねーー約束だから』


 8年前の別れ際、翔はそのような約束を交わしてくれた。

(この約束を守ってくれたのかな……)と。


「ところで、ヒナちゃんが着てるその制服……桜蓮女子高校のよね? 今はそこに通ってるの?」

「は、はい……っ。お母さんとお父さんとは離れて一人で来ました。今は学生寮の方で生活してます」

「はぁー、それまた大変ね……。困ったこととかがあればいつでもココに寄ってね? 勝手だけど、第二の家族だって思ってくれて大丈夫だから」

「あ、ありがとうございます……」


 カフェには複数の従業員がいて、お店が回るには十分なのだろう。カウンターに座る雛に付きっきりの翔の母は、そんな気遣いの言葉をかけてくれる。


 そうして……しばらく翔の母と話す雛は、話が終わったところでカフェ内からある場所に視線を向けていた。

 その焦点に合っているのは、花屋とカフェの境界線でもある透けないガラス窓。

 鮮明に見えるわけではないが、そこには一生懸命働いている翔が写っている……。


 懐かしいな……なんて思いながら、雛がぼーっと眺めていた矢先だった。


「翔のこと、今も、、好き?」

「はい……………………ハッ!?」

 翔の母から発された意味に気付いたのは、返事をして5秒後のこと。

 頭の中が空っぽだったからこそ、なんのためらいもなく……本心のままの返事をしてしまった。


「そう。今も好きなんだ。翔のこと」

「や、やややややっ、い、今のはっ、今のはそのっ……! あ、あのっ! い、今のは違くて……っ!」

 雛は顔を真っ赤にして首を思いっきりブンブンと左右に振っている。昔から変わらない雪のように白いショートボブの髪はサラサラと揺れ、雛が持つ甘い匂いが散布する。


「違うの? 本当に?」

「そ、その……。今のは……っ。だ、だから……その……っ」

「今のは? その?」

「うぅぅ……」


 誤魔化せば誤魔化すだけ、自らの首を絞めるだけ……。もう逃げ道などないことを悟る雛は、両手を顔に広げて火照った顔を隠しーー

『……コク』

 と、小さく頷いた。


 高校生ではなかなかにありえない光景だが、雛はこの手に限ってはなんの免疫もない。高校生らしいところなど見せられるはずがないのだ。


「あのねヒナちゃん。ヒナちゃんになら、うちの子あげるわよ?」

「なっ……!?」

「ヒナちゃん可愛いし、偉い子だし、翔とはお似合いだと思うんだよねぇ」

「お、お似合い……っっ!?」


「あー。でも無理なことは言わないよ? 翔はもう23だし、ヒナちゃんとは年の差が結構……」

「そ、そんなの、関係ないですっ! ぜ、全然っ!!」

「あらあら、必死になっちゃって……。本当可愛いんだから」

「うぅ……。だ、だって……」


 まるで娘を見るような眼差しで雛を見る翔の母。しかし、言っている言葉に嘘はない。雛には頑張って欲しい気持ちでいっぱいだったのだ。


 翔の母には分かっていた。ーーここに戻って来たのは、桜蓮女子高校を選んだのは、翔に会うためなんだと。


「……ふふっ。でもこれで親公認ってことだから、遠慮なくぶつかって行くといいわよ? アタシのパパにも言っておくから。多分大喜びすると思うわ」

「あ、ありがとうございます……」

「ただ、アタシが言うのもなんだけど、うちの息子は手強いから気を付けてね」

「ぅ……」


「アタシが見た限りじゃ、翔を狙って来店してくるお客さんも少なくないから。今までに何回か連絡先の交換を要求されたこともあったし……。確か、とあるモデルさんも翔を狙って来てたかしら……」

「モ、モデルって……ファッションモデルの方ですか!?」

「そうそう。なにやら同級生らしくって、よく足を運んでくれるのよ」


 翔の母から次々と聞かされる事実。それだけで険しい道のりにさらに荊棘いばらが生えてくる。


「……あ、あの……。し、翔おにいちゃんに……か、彼女さんって、い、いるんですか……?」

「それは分からないわねぇ。多分いないとは思うけど、翔に聞いてみた方が確かね」

「……そ、そうですか」


「翔、呼んでこようか? 8年後のヒナちゃんだって気づかせたいでしょ?」

「あっ、そ、それは……そうですけど……大丈夫です」

「な、なんで……?」

 誰がどう見ても遠慮した笑顔を見せる雛に、翔の母は追求する。


「翔おにいちゃんを呼んだら、お花屋さんの方が大変になりますから……」

「もー。そんなこと気にしなくて大丈夫よ。今入ってる従業員さんの時給を3倍にすれば労働力は二倍になるから。今までに何回かやったことあるけど、従業員さんは物凄く喜んで働いてくれたわ」


「ほ、本当……ですか?」

「もちろん。だから遠慮なんかしなくていいの。寧ろ、アタシからすればそうさせて欲しいわ。ヒナちゃんを応援してる身だから」

 と、二ッコリと雛を安心させる表情を作る翔の母。


「じ、じゃあ……お、お願い……します……」

「ええ、任せといて。ヒナちゃんのことは伏せながら話した方が良いわよね?」

「はい……!」

「それじゃあ、少しだけ待っててね」

 そうして、エプロンをつけたままカウンターを出た翔の母は、隣接した花屋に向かって言ったのである。



 =========



「……と、ナンパされるかもしれないから早くあの子のところに行って彼氏ヅラしてきなさい。面倒ごとを起こすわけにはいかないのよ。店の評判に関わってくるんだから」

「そ、それはそうだけどいきなりすぎない!? 知り合いでもないんだから無理だって!」


 翔の言い分は最もだ……が、8年後の雛だということに気付いていないだけである。


「いきなりだけど、おかしいことは言ってないでしょ? 元はと言えば翔があの子を店に入れたんだし、他の従業員さんにはこんなことさせられないじゃない。(翔と違って他の人は知り合いじゃないんだから)」

「そ、それはそうだけど……」


「あの子に嫌な思いをさせたいの? お店を悪くしたいの?」

「わ、分かったよ……」

「分かったなら早く着替えて行く。母さんも仕事があるんだから、もたもたしないの」

「ご、強引だよ本当……」


 そして、母に引き連れられた翔は雛の隣に座ることになる……。

 これがキッカケとなり、話が大きく進むことになるなど今はまだ知らず……。

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