第3話 再会
「確かに気になってたけど、そんなに良いところなの?」
「うんうんっ! ほんとーに良いところなんだって! あそこにある
「……っ!」
雛がその声を耳に入れたのは放課後のことだった。
一人で下校中している時、前にいる二人の女子生徒が偶然そんな話をしていたのだ。
雛にとってそれはどうしても聞き逃せない話。
そのお花屋カフェには想い人がいるところなのだから……。
「珍しいお花も綺麗なお花も揃ってるし、なんたって手入れがすっごく行き届いてるの! あれはなかなか出来るものじゃないよ。うんうんっ!」
「ふぅん……。アイナがそんなに褒めるって珍しいこともあるのね?」
「だって気に入ったんだもーん! それにねそれにね、店内も清潔感があるし、カフェの飲み物も美味しいし、流石は長年続いているお店だと思ったよっ!」
アイナと呼ばれる女子は興奮を抑えきれないように、お花屋カフェのことを褒めちぎっていた。
「(う、嬉しい……な)」
自分とは何にも関係ない話だと分かっていても、その嬉しさから頰が緩んでしまう。
想い人が働いているお店が評価されるというのは、好きな人を褒められることと同義でやっぱり嬉しいこと。
雛にとって一番嬉しいことといっても過言ではなかった。
「アイナがそこまで褒めるなら足を運ぶしかないわね」
「本当行って損はないよ! ……それにぃー」
その女子高生は声音を変え、ニヤリとした笑みを作りこう言った。
「そのお花屋カフェになんだけど、すっごいカッコいいお兄さんがいたんだぁー!」
「ほぅ……。それは詳しくお願いしてもいい?」
「うんうん! そうでなくっちゃ!」
「(か、かっこいいお兄さん……。それって……)」
ーー何故かその時、雛の心に不安が立ち込めた。
「そのお兄さんね、カッコいいだけじゃなくて一人一人のお客さんに笑顔で対応してて、私のことも気にかけてくれたの! 『分からないことがあったらなんでも聞いて下さいね』って、気持ちのいい笑顔を見せながら!」
「ふぅん。アイナが初めてその店に来客したってことを、そのお兄さんは分かってたってことね」
一昨日の興奮を抑えきれないのか、手をブンブンさせながら必死に伝えるアイナと呼ばれる女子はどんどんと思ったことを述べていく。
「じゃないとそんな言葉かけられないもんねっ! いきなりそんなこと言うもんだからビックリしちゃったけど、ものっすごく嬉しかったよ。ちゃんと気に掛けてくれてるんだーってね」
「ちゃんと気遣ってくれるって、それは嬉しいことよね」
「あーあー、もし付き合うならあんな男性が良いなぁ〜! ってこれは欲張りかー!」
アハハーと声を笑い上げながら、満更ではない様子を浮かべるアイナを見て……雛は不安でいっぱいだった。
『それが翔おにいちゃんのことを言っているのであったら……』と。
「その店員さんのお名前は……?」
「(……ッッ!)」
そして……とうとうそのワードは飛び出した。
「おっ、いよいよ気になりだしたかい? しょうがないなぁ!」
「そこまで言われたら……ね」
「胸のネームプレートには『Shou』って書いてたよっ! だから翔さんだね!」
「翔さん……ね。了解」
「(うぅ……。や、やっぱり……翔おにいちゃんのことだったんだ……。そ、そうだよね……。翔おにいちゃんがそう評価されないはずがないもん……)」
あり得ないことではない。そう分かっていた雛だがこれであの言葉が現実味のあるとなった。
友達である桃華の言葉。
『雛っちが好きになるってことは絶対良い人なんだろうし、モテそうだし……。もしかしたらもう誰かと付き合……あっ! べ、別に雛っちを不安にさせたいわけじゃなくってね!?』
この発言が当てはまった瞬間だったのだから……。
「しかも翔さんね、そのお花屋カフェの息子さんだって! 常連さんらしい人との会話を聞いたから間違いない!」
「すごい上玉ね……それは」
「でも狙うのは絶対無理だね。断言出来る」
「そ、そんなに翔さんはレベル高いの……? アイナなら美人だし行けそうな気もするけど?」
「無理だって無理! さっきも言ったけど彼女さん絶対いるだろうし、もしいなくても狙う方が無謀だって。狙ってる女子、たくさんいると思うよ。いや……いる!」
「アイナが言うなら本当のことね……。それならワタシも諦めて……お店だけを楽しむことにするわ」
「うわー、興味なさそうな顔して狙ってたんじゃんっ! こんのぉ〜!」
「ふふっ、ごめんなさいね。ここは女子校だからそんな出会いに飢えてるのよ」
そうして、二人は仲良く話しながら曲がり角で別れて行った。
現在の時間は18時。茜色に染まる雲と夕焼けの空が綺麗に浮かび上がっている。
雛が住んでいる学生寮には、20時30分までには戻らないといけないという規則がある。それを除いても逢える時間はたくさんある……。
「(ぐ、ぐずぐずなんかしてられないよね……。こ、後悔したくないもん……。翔おにいちゃんに逢うんだ……)」
逢わなければなにも始まらない。逢っていろいろ聞けばいいだけの話なのだ……。
雛だってもう高校生。彼氏彼女という関係に憧れを持っており、翔をどうにかして振り向かせたい……。と、そんな思いがあったのだ。
雛からすれば、8年間も忘れることなくずっと想い続けた相手……。当然の感情でもある。
その覚悟は『動』を宿し、足は自然と花屋カフェの方に向かっていた。
そうして、考えを張り巡らせている雛を他所に、気付けばソレは目の前にあった……。
「(……つ、着いた……。着いた……けど)」
覚悟して来たはずなのに、雛の足はそこから一歩も動くことが出来なかった。
時間が時間なのだろう、お客さんの入りは多くもなく少なくもなく、店員さんと小言を話せるくらいにはあるがーー
(い、今になって翔おにいちゃんとなにを話せばいいの……)
そんな危機に晒される雛。しかし、そのキッカケは唐突に訪れた……。
「……宜しければ一緒に入られませんか? ご案内致しますよ」
「ふぇっ!?」
背後からいきなり声をかけられた雛は、ビクンッと両肩をはね上がらせながら琥珀色の瞳を大きくして振り返る。
「あっ、ごめんなさい。いきなりお声をかけて」
「ぁ……あ……」
そこで雛は見た……。見てしまった。……大きく成長したあの人の姿を。
それだけで胸は高鳴り、心臓が飛び出しそうなほど鼓動が大きくなる……。
(翔……おにいちゃん……)
雛はその人物、翔に目を合わせただけで首元まで赤の紅葉を頰に散らすのであった……。
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