第2話 8年後の彼女
皆さんは恋をしたことをありますか……?
幼い頃から想い続けた恋を……。
わたしにはあります……。7歳の頃からずっと好きだった翔おにいちゃんのことが……。そして、今もまだ……。
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「うわぁ……。今日の一時限目、数学かぁ……。教科も苦手だけど担当のセンセも苦手なんだよねぇ……。胸とか脚見てくるし。ここは女子校なんだから女性教師を雇って欲しいよ。ね、雛っち?」
「む、胸とか……あ、脚?」
もちろん、これは話題を作っただけで雛がどうこう出来るわけでもない。
「え、気づいてないの? ガン見してるのに?」
「な、なにか考え事をしてるんじゃないかな……。そ、そんな時ってぼーってしちゃうから……」
桃華と違い、雛はそんな視線に疎い。……その純粋さから擁護に回る。
「まさかの擁護派……!?」
「だ、だって……」
「あのねぇ……まずだけど」
腰まで届いた艶のある黒髪をポニーテールに結ぶ桃華は、擁護しようとする雛におかしな点をバシッと言う。
「ぼーっとしながら胸とか脚とか見る……!? もうそれこそ変態じゃん」
「ぅ。そ、そうかも……」
「ま、まぁ男だし仕方がない部分もあるだろうけど」
なんて気持ちを悟ったように言えるのは、中学まで共学のところに通っていた桃華だからであろう。
「う、うん……。見られるのは、は、恥ずかしいけど……異性の人がいないと男性に慣れないと思うから、わたしは良いと思う」
「へぇー。雛っちがそれを言う? 異性と目を合わせられないくせにぃー。話しかけられてもあわあわするくせにぃー」
「そ、そんなことないもん……っ!」
からかいの眼差し、そして口調を変える桃華に雛は反抗する。
高等学校に通う雛はもう15歳。つまり、高校生なのだ。この歳になって『男性が苦手』という事実は恥ずかしいものがあったのだ。
「ふぅーん。へぇー。そうねぇ……」
しかし、反抗した雛に桃華は自信たっぷりと言った様子。机に肘を当て、頬杖をつきながらニヤリとした笑みを浮かべる。
「ぅ……」
「じぃ……」
その視線には『分かってんだよぉ、雛っち。素直に白状しろー』との意味がヒシヒシと伝わってくる。
ーーそうなれば雛に勝ち目はない。
「……ごめんなさい」
「……じぃ」
嘘を付いたことに謝る雛だが、桃華は口で『じぃー』と言い、謝罪についてなにも述べることはなかった。
「ぅ、な、なにかお弁当のおかず……あげるからぁ……」
「……じー」
「……じ、じゃあこれも、あげるからぁ……」
雛は指定カバンの中に入れた、ペットボトルのお茶を両手で桃華にあげようとする。まだその容器に入ったお茶は減っておらず、蓋の開けられていない新品。
「……」
「……」
そうして、どのくらいか無言の時間が続き……、
『ぷるぷるぷる……』
雛の腕が子鹿の脚のように震えてくる。たった、ペットボトルに入ったお茶一つで……。
それを目撃した桃華はもう耐えられなかった。
「あははっ、どんどんグレードアップしていくじゃん。ってか、腕がプルプルして……ははっ! そのくらいじゃウチは怒らないから安心してって!」
「もうっ、いじわるだよっ!」
「まぁまぁ、それは仕方がないことだと思うよ。だって雛っち、小学校からずっと女子校に通ってるんでしょ?」
「う、うん……。な、情けないことだけど共学が怖くて……」
「ウチは高校から女子校のココに来たからその気持ちは分からないんだけど、一つだけ言えることがあるよ」
人差し指を天井に向け、ドヤリとした表情をする桃華は眉尻をあげる。黒の髪に澄み渡った茶の瞳を持つ桃華のその表情はよく似合っている。
「それは……?」
「雛っちが女子校を選んでなかったら死んでた。間違いなく」
「えっ、死んでた……って?」
「雛っちが共学の学校に行ったら毎日のように告白されるよ。これは確信して言える」
「わ、わたしが……?」
「ずっと女子校に通えばそんな感覚にもなるんだろうけど、ウチなんかが告白されたくらいだからねぇ。雛っち子グマみたいに可愛いし間違いないって」
「コ、コグマ……。コグマ……」
比べるものが少し特殊な桃華だが、言っていることは間違いではない。もし雛が共学の学校に行ってたのなら、告白は当たり前……そんなほどに可愛いのだ。
背が低く、少し童顔の容姿。それに加えて純粋で男性が苦手というタイプの持ち主。男が放っておくわけがない。
「あー! そう言えば雛っち。前から聞きたかったことがあるんだけど、いい?」
「ど、どうしたの……?」
そうして、唐突に桃華はこう切り出した。
「どうして雛っちはココの女子校を選んだの? 雛っちが前住んでた場所にも女子校ってあっただよね? やっぱり前のトコとは環境が違うし、寮生活だし、それなのにどうしてここを選んだのかなって」
季節は5月。新学期から一ヶ月過ぎ、仲良くなれたからこそこうした話題に踏み込むことが出来る。
「そ、そのことなんだけど、わたし、小さい頃はこの近くに住んでたの」
「えっ!? そうなの!? じゃあ、ふるさとが懐かしくて戻ってきた……みたいな?」
「ううん……。どうしても、逢いたい人がいて……」
「ふぅん、さては昔の友達だなぁ?」
この時、桃華はまだ知らなかった。雛が昔から想い続けた異性の人物がいることなど……。
『ふるふる』
雛は声を発する事なく火が出そうなほど真っ赤にして首を左右に振る。
……間違いなく照れた様子を浮かべる雛に桃華は察す。
「え……。もしかして、好きな人……とか?」
『……こくり』
雛は間を置いて頷く。
「うっわ〜! めっちゃロマンチックじゃん!」
「あ、あのね……! わたし、その人と別れる時に貰ったんだ。その人が最初から育ててくれた赤い薔薇を……」
「へっ!? 赤い薔薇って……えっと、花言葉は確か……」
「い、いろいろな花言葉はあるけど、い、一番は……あ、あなたを愛して……います。です……」
恥ずかしさがピークに達した雛は、友達である桃華に対して、です・ますの口調になる。
雛は赤薔薇の花言葉を調べ……未だに覚えている。それが想い人からの宿題なのだから……。
たくさんの紫外線を収集しそうな真っ白な肌は、真っ赤っかに変化している。それだけで、どれほど相手のことを想っているのかは明白だった。
「くぅー! アッツいねー!! その告白は心に刺さるねぇ……。それでその相手はどこ高校に通ってるの?」
「ど、同級生じゃないんだ……。わたしが7歳の時に中学生だったから、今はもう成人してるかな……」
「なるほどねぇ……。つまり結構な年の差があるってことか」
「お、驚かないの……?」
「だってウチの両親は10も年の差があるからね。それでそれでぇ、好きな人には会えたのかい?」
「まだ……逢えてない」
「会えてないのっ!? 雛っちここに来てもう一ヶ月経ったよね!? あっ、もしかしてその人に連絡する手段が無いとか!?」
「ど、どこに行けば逢えるのかは分かってるんだよ……? で、でも……ど、どんな顔をして行けば良いのか分からなくて……」
8年前に赤薔薇の花を渡してくれた相手。そして、自分自身が大好きな相手にどのような顔をして逢えば良いのか……分からなかったのだ。
ずっと女子校に通い、物心ついた時には異性と関わる機会は全くと呼べるほどに無かった……。
それだけでなく、内向的な性格の雛からすればためらってしまうのは仕方がないことでもある。
しかし、それは甘えであり……恋愛に関して一番してはいけないことであることに違いなかった。
「雛っち。それじゃあダメだよ。グズグズしてたらその彼さん、
「……っ!」
桃華は中学校までが共学、高校から女子校に入学した人物。恋愛に関しては多少なりの心得がある。
「雛っちが好きになるってことは絶対良い人なんだろうし、モテそうだし……。もしかしたらもう誰かと付き合……あっ! べ、別に雛っちを不安にさせたいわけじゃなくってね!?」
「……ぅ」
8年間会うことなく、相手は成人している大人。桃華の言う可能性は十二分にある。それが雛にも分かっているからこそ、悲しげな表情をさせる。
もしかしたら彼女が出来ているかもしれない。
雛が想い人である翔に再会しようとしないのは、そのような危惧があったからでもある。
もし、翔に彼女が居た場合……自分は必ず迷惑がかかる存在になってしまう、と。
「な、なんかごめんね!? で、でも……だからこそだよ? 会おうとしないとなにも変わらない。場所が分かってるなら早く会いにきなさい! 異性が怖いかもだけど、一生後悔するのはイヤでしょ?」
「そ、そうだね……。そ、そうだよね……っ。あ、ありがとう桃華。わたし……逢いに行ってみるっ!」
「うんっ! 頑張って!」
そうして、桃華の説得を受けた雛は【お花屋カフェ】に足を運ぶことを決めたのだった。
この数時間後、とある話を聞き最大の不安を抱えながら……。
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