その2 いせいのおさななじみ(後)
アッシュは、子供の私にはなんだかさっぱりわからない父さんの仕事の都合で、こっちに来ているらしかった。とても大事な仕事をしてるんだ、と誇らしげにしている横顔をはっきり覚えている。
アッシュとはあちこちに行った。
私には珍しくもなんともない、まだまだ稲穂の実らない真っ青な田んぼだったり、牛の乳絞りだったり、セミ取りだったり、ワナを仕掛けての早朝カブトムシ取りだったり。あとザリガニ釣りね。これは外せない。
アッシュは何をやっても楽しそう、というよりは興味深そうで、すごく不思議な感じのする子だった。そこがまた、私には魅力的だったのだけれど。
夏祭りの日、私はおばあちゃんにお願いして浴衣を着付けてもらい、ショートの髪もどうにかこうにかセットして、お姉ちゃんのリップをこっそり使って、できる限り最大限のオシャレをして、アッシュとの待ち合わせ場所に行った。
約束の時間にやってきたアッシュはTシャツに短パンという変わり映えのしない出で立ちだったけど、それでもとてもカッコよかった。
ただ、さみしげな、かなしげな、とても、とてもすまなそうな顔をしていた。
「すまない、キョウコ」
「え?」
「もう、行かないといけないんだ」
「お祭りは?」
「無理だ。時間が無い。本当に申し訳ない」
彼の後ろには、同じくすまなそうな、よく似た顔の大人の人がいた。きっとお父さんだったんだろう。アッシュのことだから、無理を言って私との時間を作ってもらったんだと、子供なりに理解できた。
ボロ泣きする私の顔をアッシュは自前のハンカチ(私は持ってなかった)で優しく拭いててくれた。
「折角可愛いんだから、笑っていてくれないか、キョウコ」
キザな、スカした、でも、アッシュには良く似合うセリフ。
涙と鼻水だらけのきったない顔で、笑えた、と思う。記憶の中では。
「うん。またね、アッシュ」
アッシュはそんな私にもう一度、「かわいいよ」と言ってくれた。イケメンめ。
「ああ、必ず。また会いに行くよ。その時、そのハンカチを返してくれたらいい」
それでお別れ。
最後の方は涙と光でよくわからなかった。
曖昧な思い出。
鮮明なのは出会いと別れの時だけ。
――始業前。
窓際の席から、ぼんやり窓の外を眺める。
高層ビル。
ナンチャラタワー。
人工的な緑がビルの屋上に禿げ散らかしたオッサンの頭みたいにちらほら。
あれから5年。
晴れて都会の高校に進学した私は、時々田舎の風景を思い出す。
憧れていた都会での生活は田んぼどころか土の地面も無い、コンクリとアスファルトの世界だった。注文した翌日にモノが届くのも実は結構恐怖だ。
それはそれとして、あるはずなんてない再会の約束を信じて、アッシュのハンカチをポケットに大切に入れている私はまあまあ乙女だと思う。使うことはない。使うためのハンカチは別に持っているのだ。
ガラリ、と教室のドアが開き、先生が入ってくる。
「今日は転校生を紹介する!」
教室全体が歓声を上げた。
黙れー、静かにしろー、と先生がどうにか教室をおとなしくさせた後、
「アシュフォード君、入りなさい」
え?
「アッシュ!」
私は椅子を倒す勢いで立ち上がった。
「キョウコ!?」
アッシュもこちらを見て破顔した。
運命の再会? ほんとに? 嘘じゃない?
泣きそう。
泣くな。
笑え私。
最高の笑顔を見せろ。
そんで約束のハンカチを返すんだ。
そんな私の感慨を、目の前の席の男子がブチ壊しにした。
「え? 沢渡って、その宇宙人と知り合いなん?」
「宇宙人じゃなくて異星人っていうんだよ! 物知らずが!!」
往年のやんちゃガールの勢いのままに、私は前の席の男子の後頭部を思いきり蹴り飛ばしてやった。
教室は唖然騒然。
蜂の巣をつついたような大騒ぎだ。
アッシュと私だけが、目線を合わせて、笑い合っている。
先生が額の汗を拭きながら、コホン、と咳ばらいをし、
「アシュフォードくんは星間交換留学生として我が校にやってきた。仲良くするように。くれぐれも、頼むぞ。君たち」
なんか色々あるんだろう。政治的な配慮みたいなやつが。
そんなことは私には関係ない。
宇宙人とか地球人とか、心底どうでもいい。
「久しぶりアッシュ。変わらないね」
「キョウコは美人になったね」
ひゅ~、と教室のどこからか冷やかしの口笛が鳴った。
そうなのだ。私の、異性で、異星の、幼馴染は、こういうことを平気で言うやつなのだ。
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