その2 パートの面接
「はい、じゃあ採否はまた連絡しますんで。今日はおおきに! もう帰ってもらってエエですよー」
事務所と思しき面接場所から一人の若い女性が出ていくのを、
「はいじゃあ次ー。絵川さーん。入ってきたってくださーい」
「は、はい!」
この上ないぞんざいさで呼び出しの声がかけられ、倫子は「失礼しまーす」と恐る恐る事務所へ入室する。
事務所は狭く、雑多なアレコレが雑多に積み上げられていた。
人が一人通るギリギリのスペースの先に、パイプ椅子があった。
「あー、そこの椅子に座ったって」
錆が浮いて座面も少し破れているパイプ椅子の、正面にあるこれまた年季の入ったデスクの上に、ぞんざいな声の主は、いた。
倫子はその相手に見覚えがあった。
「ポンちゃん!?」
目を見張る倫子に対し、
「うわちゃー、倫子ちゃんやったんかー」
ポンちゃんと呼ばれた声の主はうんざり顔で応じた。
「その呼び方やめてーな。昔とちゃうんやから、社長言うてえやホンマにもう。しっかし、やーっぱり倫子ちゃんやったんかい。履歴書の苗字ちゃうかったけど、写真にはなんとなーく面影あるし、もしかしてなー、まさかなー、とは思ったけども」
生粋の関西人が聞いたら怒られそうな怪しげな関西弁めいた喋りの
しかも可愛げのない、ツギハギだらけのぬいぐるみだった。
「ポンちゃん! 私、働かないといけないの! だからお願い! 雇って!」
紫煙をくゆらせ、ポンちゃんは突き放す。
「知らんがな。倫子ちゃんの事情とか」
倫子はその事情を喚くように言い募る。
「夫がリストラに遭って! 働かないといけないの!」
「なるほどなあ。志望動機に『生活費を稼ぐため』とか書いてあるし、専業主婦してるだけじゃもうアカンてか。いうて専業主婦の仕事も大変やろ。倫子ちゃん、今更、アレをやりながら家事もできるいうんか?」
ポンちゃんの問いに、倫子は食い下がった。
「ポンちゃんが一番よく知ってるでしょ! ばっちり経験あるのも! 私が当時、ナンバーワンだったのも!」
が、ポンちゃんにその言葉は対して響かなかった。
「経験、なあ」
咥えていた煙草を灰皿にグリグリと押し付けつつ、
「ジブンなあ、若い頃キャバクラ勤めとったから、熟女キャバクラもいけますわ! みたいなノリで来られてもこっちも困んねん! だいたい倫子ちゃんもう40過ぎちゃうんかい! 熟女キャバクラ言うてもキャストは30代やぞ、そこらへん理解しとんのか?」
まくしたてるポンちゃんに、倫子はきょとん、とした顔でこう言った。
「え、だって、キャバクラの求人じゃないでしょ?」
「せやな! そのとーり。倫子ちゃんの言うとーりや!」
ポンちゃんはホンマ一回殴ったろか、と思った。
「今回のは魔法少女の求人やな!! 熟女キャバクラは例え話や! 相変わらずボケボケしとんのう! ほんなら、倫子ちゃんもっぺん聞くけど今年で幾つや!」
「41歳。じゃなくて43歳……」
「微妙にサバ読むのやめーや。しょうもない」
「乙女の見栄ってやつよ」
「誰が乙女で何が見栄やねん……。ほんで、倫子ちゃん。43歳の倫子ちゃん、アンタホンマに今でも魔法少女やれる思てんのか?」
「ポンちゃんと昔、パートナー組んでやってたじゃない!」
「あの頃は若かったなー。ワシも倫子ちゃんも。エエ相方やったと思うわー」
遠い眼をしながら新しく煙草に火をつけるポンちゃん。
「でもな? 倫子ちゃん、アンタ、今、旦那も息子もおるんやろ?
ほんの一瞬の間。
逡巡。
苦悩。
決意。
ポンちゃんは倫子の顔をまっすぐに見ながら、見た目は変わったけど目ェの輝きは変わらんなあ、と胸中で呟いた。
「やる。やれる。やれるよポンちゃん! 世間様もきっとあったかく見守ってくれるって!」
「生温かく、の間違いちゃうかな」
ポンちゃんは煙草の煙をプカー、と吐き出して、諦めた。
諦めるということは、決心するこいうことと同じだ。
「はい、じゃあ採否はまた連絡しますんで。今日はおおきに! もう帰ってもらってエエですよー」
「ポンちゃん!」
「はよ帰れや! 後がつっかえとんねん!!」
「連絡待ってるからねー!」
後日、絵川家の固定電話に採用の連絡があった。
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