「絵川家のおしごと」シリーズ

その1 (株)日本海重工業


 山本圭介の今日の相方は新人アルバイトであった。

「はじめまして、絵川えがわと言います。よろしくお願いします!」

 見たところ大学生らしい。

 礼儀は正しいし、

「な、何すか?」

 山本の視線にたじろく絵川。

 山本は視線の理由ワケを述べた。

「良いガタイしてるな。何かスポーツやってるのか?」

「高校でラグビーをやってました。今はお遊び程度ですけど、鍛えてはいます」

「鍛えてるなら結構だ」

 死ぬ確率が少しは減るからな。



「あの、山本さん、今日やる仕事って何なんですか?」

 絵川の質問に山本は驚嘆。「本気で言っているのか」か、と問うた。

「仕事内容の確認もせずにウチにバイトに来たのか?」

「体を使う仕事で、日当が良かったんで!」

 日当はいい。短時間で3万円は破格と言えよう。

 遊ぶ金が欲しい類か、と思いかけた山本はすぐにその認識を改めることとなった。

「俺、学費、自分で稼がないといけないんすよ」

「何故だ?」

「親父がリストラに遭って。なんていうんですか? 粉飾決算、とかいうのに関わった責任を取ってどうとかこうとうか、って。よくわかんないんすけど」

 山本は身につまされる話だ、と思った。

「蜥蜴の尻尾切りか。憐れだな」

 小声で呟いてしまうほどに。

「はい?」

「なんでもない。それで、割のいいバイト、ってわけか」

「そうなんす。母さんも昔取った杵柄で~とか言いながら何かパートはじめるみたいなんで、俺も自分の分くらいは、って」

「立派なことだ」

「山本さんは、どうしてこの仕事を?」

 何気ない絵川の問いかけを山本は無視した。

「……時間だ。制服に着替えろ。出るぞ」

「っす」



 制服は、光沢のある真っ黒な、全身をくまなく覆うボディスーツと、同じ素材の目出し帽だった。

「山本さん」

「なんだ」

「まるっきり、悪の秘密結社の戦闘員のカッコなんすけど」

「そうだな」

「そうだな、って」

「お前のアルバイトの内容が戦闘員コ レだ」

「なんかのアトラクションです?」

「いや、実戦ガチだ。お前は戦闘員として雇われたんだよ」

 危険手当込みの日当払い。山本はベテランの正社員だが、相方のアルバイトは多くて3回も来ない。来れないのだ。運のない奴は初回でアウト。つまり死ぬ。



「(株)日本海重工業がなんで悪の秘密結社なんすか!?」

「ああ、それは表向きだ。裏の正式名称は(秘)ひみつけっしゃ日本怪獣工業だ」

「ただのオヤジギャグじゃないですか! それで、何の相手をさせられるんですか?」

 この期に及んでその質問が出るとは。

 肝が据わっているのか、怖いもの知らずなのか。

 山本は口の端を歪め、

「知りたいなら教えてやるよ。秘密結社の相手なんだぞ? セイギノミカタに決まってるだろうが」

「正義の味方……すか?」

 そんな存在モノが? 実在するのか? という顔を絵川はしていた。 

「そんなヤツがいたら、親父は、親父は今あんなことになってねえっすよ……」

 粉飾決算をどうにかする正義の味方もいないと思うが、山本には分別があった。

 それは口にせず、必要なことを伝える。

「まあ、相手なんざなんでもいいから、とにかく死ぬな。死んだら終わりだ」

「終わりすか」

「原形留めてたらラッキーだな」

「……死なないコツとかないすか?」

 やっと真剣な顔になったか。

 山本は告げる。死なないための、生き延びて報酬を得るための、コツを。

「無理はするな。受け身を取れ。以上だ。頑張りすぎるなよ」

「……ウス」




 本日出撃した戦闘員20名。軽傷14、重症4、死亡2。

 山本と絵川は軽傷の中でもさらにマシな部類だった。


「お前、見込みあるぞ。また来い」

 山本は死なない(程度に頑丈な)相方を求めていたのだった。

「か、考えときます……」

 現金3万円の入った封筒を両手で握りしめ、絵川は力なくそう答えた。



 二人の再会の日は、存外近かった。

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