その2 『お誕生日、おめでとうございます』
金曜の18時前。
こんなにも清々しい気分でいられるタイミングは一週間でもそうは無い。
しかもそれが年末、仕事納めとあっては完ぺきとしか言いようがない。
と、僕は思うのだが、隣の席の杉崎くんという後輩が、沈痛な面持ちでスマホの画面を睨んでいた。
杉崎くんは僕の数年後輩で、彼が入社してからずっと一緒に仕事をしてきた仲だ。
上司部下、というよりは相棒? みたいな感じである。僕のオタク趣味を知っている数少ない友人でもある。
忘年会の予定が流れた、とか?
にしては態度がおかしい。
「杉崎くん」
「あっ、センパイ! サーセン! 勤務中に私用でスマホとか!」
「退勤5分前だしいいよ。部長もいないしさ。それよりどうかしたの? 暗い顔してさ」
「今朝、寝坊したんすよ」
「ああ、寝癖爆発させて出社したよね」
朝の彼の、爆裂した髪型を思い出し、少し笑った。
「給湯室でお湯ぶっかけてたもんね」
だが、彼の表情は暗いまま。あれまあ。深刻な。
彼は言葉を続けた。
「それでですね。いつもやってるソシャゲの今日の分のログインをですね、さっきやったんすよ」
「……仕事中はやめようね」
せめて休憩時間にしよう。もしくは終業後。
「はい。サーセン。それで」
一息。
「ソシャゲに誕生日祝われたんす。今日、最初に」
お、おぅ。
時計を見ると時刻はジャスト18時。その間誰からも(僕を含め)お祝いの言葉無し。最初にソシャゲ。なかなか厳しいものがあるな。
それが思いのほかショックだったらしかった。
項垂れる彼に、
「お、お誕生日おめでとう杉崎くん」
おずおずと祝いの言葉を告げる。
「あざす。人間から祝ってもらったのはセンパイがはじめてっす」
え、それ今年限定の話だよね!? 怖くて聞けないけど。
「折角だし、ちょっと飲みに行く?」
「いいんすか!」
ぶわ、と両目から涙を流す杉崎くん。感情の起伏が激しいやつである。
「奥さんほっといて俺の相手なんかしてくれるんすか!」
「あー、今修羅場ってるから。僕の相手どころじゃないと思う」
杉村君はそれで察してくれた。
うちの妻は漫画家をやっていて、冬コミに向けてラストスパート中なのだ。すでに27日で、今年は明日から開催だった気がするのだが……。
「世間はそろそろ仕事納めだっつーのに大変すよね」
「そうだね。まあそんなわけだからさ、行こう」
「はい!」
飲み屋への道すがら、
「そんでですね! 推しの誕生日おめでとうボイスが滅茶滅茶可愛かったんすよ! 負担はツンツンしてるんですけどね! こういう時だけデレてくるんすよ! いや、言葉自体はものすごい素っ気ないんですよ。でもそれがいい、っていうか。あ、先輩もボイス聞きます?」
僕の返事も聞かずにスマホを操作しはじめる杉崎くん。
結構喜んでるんじゃねえか。
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