その3 仕事納めといったな。ありゃ嘘だ。


 12月27日。

 仕事納めの日に後輩と軽く飲んで、帰宅。


「ただいまー」

「おかえりー」

「遅くなってすみません。ご依頼の晩ごはん買ってきました。」

 とサンドイッチとジュース、エネルギーチャージ飲料みたいなパッケージに入っているアイスクリームを渡す。この時期の妻のオーダーはこの手のなのだ。

「すまぬ。すまぬ」

 と、妻。

 ここまで妻は作業デスク、というかペンタブの前から一歩たりとも動いていない。

「いや全然かまいませんけど」

 加えてエナジードリンク。翼を授けたりモンスターだったりするアレだ。

 それもそっとデスクに置く。


 僕の方は仕事納めを迎えたわけだが、妻はそうはいかないようである。

 まだ原稿をやっている。ああ、そうだ。冬コミの原稿だ。

 繰り返しになるが、今日は12月27日だ。妻は3日目(12月30日)サークル参加。


 事此処に至ってなお、原稿と格闘中である。


結婚した当初は、「え、このタイミングでこの作業やってて間に合うの?」とかマジで震えていたものだが、どうやら間に合うらしいことがわかってきた。だが代償はふたつある。


 結婚して5年目、そろそろ驚かなくなってきた僕は尋ねる。

「間に合うのソレ?」

「70パー増しで明日の10時入稿」

 代償その壱。

 これが世に言う極道入稿というやつである。印刷所さんも大変です。足を向けて眠れません。


 もっと早く描けばいいのに、という人もいるだろうが、そうはいかない。

 妻はつい2日前まで商業誌の原稿をやっていたのだから。

 いや、仕事量調整してよ。死んじゃうよ。


「終わりそう?」

「たぶん。寝なければ」

 代償その弐。

 睡眠時間、というか命を削るのだ。


 これで間に合う、らしいのだ。僕は創作系のオタクではないのでよくわからないが。結婚してからこっち、知らなくてもいい世界の深淵を垣間見ることが増えた。


 明けて12月28日。

 僕が朝起きると、妻はで、

「入稿したぞ入稿したぞ入稿したぞ!」

 とかやっていた。ハイテンション。

「おつー」

「ありがとー」

「今日は? 時間あるの?」

 時間あれば外食でも、と思う僕なわけである。


 が、しかし。


「えっと、ペーパーを描こうかと」

「ソウデスカ」

 すげえなこのヒト。大丈夫か。体だけじゃなくて。頭とか。

 消費系オタクの僕には創作系の人の心理がよくわからない。ほんとにわからない。


 さらに翌日。29日。

「ペーパーはどんな塩梅?」

「おわったー。これからコピーに行くけど」

「アッハイ。オトモシマス」

 ちなみに我々が住んでいるのは地方も地方、結構な田舎なのでキン〇〇ズとかはない。最寄りの100均で印刷するのである。


 で、その100均。

「何枚印刷すんの?」

「B4で300刷って、半分に切るよ」

「オゥフ」

「終わったらカッターナイフとカッター台をふたつつずつ買って帰るから。覚えといて」

「ふたつ?」

「私と、貴方の、分。だからふたつ」

「なるほどね。カンペキに理解した」


 どうやら僕の仕事納めもまだだったようである。

 その夜、妻はカット済み無配ペーパーを抱えて東京へ旅立っていった。

 僕?

 僕は留守番です。冬コミには行きません。

 皆さんどうか、良い冬コミと良いお年を。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る