ストーリーホルダー

唯野一

第1話 特別な物語

 人は生きている限り人生という名の物語を創っている。誕生、成長、そして死。しかし、普通に生きているだけでは物語としては至極つまらないだろう。


 ならばその物語に彩りを加えるにはどうすればいいのか? 答えは簡単。別の物語を加えればいい。それが人のものであれ、獣のものであれ、架空のものであれ、自分の物語とは別の物語を加えることでより一層の輝きが増すものだ。その最たるものが結婚と子育てだ。これは二つとも自分とは別の物語を加えただけだが、それだけでこの人間の物語が華やかになったことが窺えるだろう。


 故に、この物語は一人の少年が他人の物語を取り入れることで自らの物語を面白くする。ただそれだけの話さ。



◇◆◇




 そこにいたのはただの屍だった。月日が流れて骨だけになった哀れな死者。唯一わかるのは女性が着る服を身に着けていたためその屍は女性であったということだけである。


 この女性は一体どんな風に死んだのか? あるいは殺されたのか? 我々にはわからない。だが忘れることはなかれ。彼女もまた、我々と同様に己だけの物語を紡いできた主人公であることを。


 死者だからといって侮ってはいけない。生への執着は一度途絶えてしまった物語を突き動かすだけの力がある。そしてその後に死んだ肉体をも動かし、再び物語を紡ごうとする者たちのことを『死した物語コンヴィクター』と呼ばれている。要するに生きる屍だ。


 そして僕は、現在進行形でこのコンヴィクターとなった女性に襲われていた。全く以て酷い形相である。主に僕の顔が。



「私の子を返せええええええええッ!」

「ひぃッ!?」



 僕を追ってくる女性は自分の子を返せなどと言っているが、断じて僕は人の子供を攫ってなどいない。持っているのはただの丸太。先ほど家で火を焚くのに必要な丸太を木こりとして至って当たり前に伐採してきたばかりなのだ。言い掛かりも甚だしい。


 森の妖精、あるいは精霊が言うならばまだわかる。だがこの女性は一度死んだとはいえ元は人間だ。人間が丸太を指して自分の子などと言うのだから本当に気が滅入る話である。


 コンヴィクターは一度死んでいるからこそ周りのことは見えず、自分の世界しか見えない。つまり、自分の妄想の中でしか生きていけないのだ。だからこの女性、というかこの骨は丸太を自分の子供と勘違いできるのだ。目が節穴にもほどがある。



「キェアアアアアアアアアアアッ!!」

「ちょっと待って!? それホントに人が話す言葉じゃないよね!? 骨だけど!」



 どちらにせよ、全力疾走で駆けている僕よりも速く走れる骨など恐怖以外の何者でもない。早く逃げなければ殺されることは目に見えていた。コンヴィクターは人の命に惹かれる。早い話生きてる人間の命を食らえば生き返るとでも思っているのだろう。知らないけど。


 さて、こうやって話しているとわりと内心余裕そうに見えるが実はそんなことはない。傍から見れば絶体絶命である。ぶっちゃけ転んだのだ。それはもう顔面から盛大に。だからもはや誰かの助けを待たなければ生きることはできないだろう。ダレカー、タスケテー。


 動く人骨が飛び掛かってくる。確か骨系のコンヴィクターはまず、相手の肉を削ぎ落とし、自らの骨を相手の骨と融合させることで命を食らうのだという。融合の際は自らの体が無くなっていく感覚と内臓が骨と骨が密着していく圧力で潰される感覚が味わえるらしい。


 そんなことを話していたら僕の体に人骨がのしかかってきた。これはもう死んだね。うん。だけど僕は確信している。僕はここで死ぬ運命じゃないことを!(キリッ)


 と思ったけど普通に死にそうなくらい痛い。こうして自分を特別だと思っていた僕は誰かに助けられることなく呆気なく死にました。


                              END



◇◆◇



「という感じだ。どうだい? 面白いだろう?」

「いやいやいや、僕死んでるし。殺されてるし。え? 逆に何が面白いと思ったの?」

「ここで死なないと思っていたけどあっさり死んだところだね」

「それは皮肉が利いてるって意味でだよね……?」


 物語を創るのが好きな友人が僕をモチーフにした物語を創ってくれるっていうから期待して聞いてみたものの……。正直に言って駄作以外の何物でもなかった。むしろこんな話を創る友人がわりと売れてる作家であることが不思議でならない。作家はわりと頭のネジが飛んでいる人が多いのだろうか?



「というか僕のセリフと地の文のキャラが全然違うし、何よりあっさり死に過ぎてて物語としてどうなのそれ」

「……ローグくん。これだけは覚えておくといいよ。作家という生き物はね。自分が書きたいと思ったものしか書けない。自分が面白いと思ったものしか書けないんだよ」

「それはつまり僕があっさり死ぬ瞬間を君は面白いと思ったわけだね?」

「うん!」

「よし、ちょっと表出ようか。そのさわやかな笑顔を殴りたい」



 友人、テラは僕が死ぬ瞬間を面白いと思って書いたわけだけど、その死に方は僕じゃなかったのなら僕は笑っていたのではないかと思った。なぜって、理由は簡単だよ。自分は死なないと思っている人間ほど、簡単に、あっさりと死ぬってことを指し示しているんだから。


 極端な話死ぬことじゃなくてもいい。食中毒や怪我でもいいんだ。自分は食中毒になんかならない。怪我なんてしない。そう思って対策や注意を怠った者ほど食中毒に罹ったり怪我をする。要は一部の人間を指し示した自業自得という名のギャグをテラは書いたわけだ。


 そして何より、テラは自分を特別だと思っている一部の人たちを馬鹿にしていることを具体的に表していた。勘違いしないで欲しいのはテラは自分が特別だと思っていることを馬鹿にしているのではない。特別という意味を理解していないことを馬鹿にしているのだ。


 彼の弁では、人は特別という名の平等な存在であるらしい。生まれもそれぞれ違い、育ちもそれぞれ違い、死に方もそれぞれ違う。人の数だけ違いがあるのだからこれは特別であると言える。だけどテラが馬鹿にしているのは、自分は高い地位にいるから特別なんだ。他の人よりもスペックが違うから特別なんだ。自分の人生が上手くいっているから特別なんだ。こんな風に自分を特別という名の平等の中でちょっと優れていることを特別だと思っている人たちを馬鹿にしているのだ。


 自分を本当に特別な存在というのなら神にでもなってみろ。世界を壊してみろ。世界でも創ってみろ。特別というものは普遍的なものから明らかに逸脱している存在のことを指すのだと彼は言った。そして僕もまたそう思っている。理由は単純。僕が特別な人間ではないことを僕自身が知っているからだ。



「まぁ君が僕のことを実際にどう思っているかは置いといて、この作品はコンヴィクターの恐ろしさを子供に教えることもできるし、君の考えでもある自分を特別だと思う云々のことが暗喩されているから普通に売っても問題はないんじゃないかな?」

「そんな……。君は僕にお笑い話の種にされることを望むような人だったの!? そうか、そうか、つまりきみはそういうやつだったんだね」

「……あのさ、本気で殴っていい?」

「とまぁ冗談はこれぐらいにして、これを売りに出すつもりはない。短いし殺されているしキャラが違うしで納得はいかないだろうが、それでも僕が君のためだけに書いた本当の意味での特別な物語だ。君が望むならまだしも、僕だけの意思で他人に見せるつもりは毛頭ない。恥ずかしい言い方をすれば、これは君と僕との絆の証だ。それをわざわざ他人に見せびらかす必要はないだろうって話さ」

「なるほど」



 なんだかんだむかつくことは言ってはいたものの、テラも僕のことを友人だと思っていてくれたらしい。それを理解できただけでもこの物語を書いてくれた価値はあるだろう。テラ、君を友達だと思っていて本当によかったよ。



「まぁでも君には笑える死に方をしてほしいっていうのが本音だったりするけどね」



 訂正。やっぱりむかつくからよくないね。



「さて、そろそろ僕は街に向かうよ。これでも売れてる作家だからね。やっぱり自分の作品が売れてる様を見てみたいし、打ち合わせもある。しばらくはお別れだ」

「そっか。でも仕事次第では戻ってくるんでしょ? まぁしばらく戻ってこれない可能性もあるわけだけど、どちらにせよ戻ってきたなら連絡はしてね。これでも僕は君を友達だと思ってるんだから」

「わかったよ。じゃあ次会ったときもこの言葉で挨拶をしようか。特別ほど?」

「馬鹿を見る。でしょ? またね。テラ」

「また会おう。ローグくん。あ、それとその本は捨てちゃダメだぞ?」

「わかってるって。そんなこと僕がするはずないでしょ?」

「それもそうだね」


 そして僕たちは別れた。さっきも言ったけどテラはむかつくことを言うしぶっちゃけ殴りたいとも思うけど、それでも友達だと思っているからこそ彼からもらったこの物語を僕は大事にしようと思った。本気で、そう思っていたんだ。

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ストーリーホルダー 唯野一 @tadanohuman1833

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