第11話 エレンとジョンと噂
本格的に授業が始まって、時間割通りの生活が始まった。炎魔法学などを担当するこの学園の学園長、シュリントン先生の授業は話が長くて大体チャイムが鳴っても終わらない。対象的に家森先生の授業はチャイムが鳴る前にスッと終わる。ベラ先生も鳴ったらすぐに終わるタイプだけどやや宿題が多い……先生も人それぞれなんだと思った。
そして毎週金曜日は実戦の授業がある日だ。クラス毎に別れる時もあるがそれは稀で、大体は全クラス合同で行われる。
体育館で行われたり、校庭で行われたり、前みたいにラボで行うときもある。実際に自分の魔術を使って戦闘出来るこの時間が私は大好きだ。
そうこの学園に来て最初に受けた訓練は、マリー達とグループになってラボでイエローポールと呼ばれる練習用のモンスターから奇襲を受け、逃げる試験だった。
あの時はマリーが飲み込まれてしまいテンパった私が逃げずに破壊してしまったけど……後で弁償とか言われなくてよかった。
どうやら今日の練習は初めて行く、格技場と言う場所で行われるらしい。リュウと一階の廊下を歩いて格技場へ向かっていると、階段からブルークラスの生徒やレッドクラスの生徒がゾロゾロと降りて来た。
その中にちょうど、最初のラボの試験の時に同じグループだったブルークラスの女の子とその彼氏さんに遭遇した。彼らはブルーローブの上に防具をつけていて、ちょっとぽっちゃりしている彼氏さんの方もブルーローブの上に防具を装着している。
よく見たらリュウも防具を私服の上に装着してて、いつも付けないヘッドギアまで付けている。周りを見ると皆が皆、いつも以上に頑丈に装備を固めていて、私だけが何もつけていないことに気づいた。今日は……ちょっとまずいかもしれない。いつも以上にベラ先生に怒られるかも。私はちょっと眉をひそめた。
「ヒイロ!」
前に同じグループだったブルークラスのカップルが私の名を呼びながら隣まで来てくれて一緒に歩くことになった。彼女は自分と隣で歩く彼氏さんの方を手で指して紹介してくれた。
「私は覚えてるかな。エレンっていうの。この人は私の彼氏のジョン……って初めてじゃないもんね。」
それは覚えているよ。何故なら彼女とは環境学の授業で見かけたり、この合同訓練の時によく同じグループになったりするからだ……名前は今知ったけど。
彼女は優しそうな笑みをいつも浮かべていて、ウェーブのかかった金色のセミロングの髪に花の髪飾りを日替わりで付けている。おっとりした喋り方は聞き手に安心感を与えてくれる。きっとこういう子が癒し系なのだろう。
家森先生は癒し系が好きみたいなのできっとエレンの様なふんわり優しそうな子がいいのだろうな。だけど、エレンにはご存知の通り彼氏がいる。ヒッヒッヒ残念だったね先生!ヒッヒッヒ!
「あははっ!だ、大丈夫?ヒイロ、一人でニヤニヤしてるよ?ふふっ!」
エレンは私の異常な様子を見てテキストを抱えて笑い始めた。彼女は笑い上戸なのかな。私も笑いを漏らしながら答えた。
「あ、ああ!ごめん、ちょっと面白いこと思い出しちゃってニヤニヤしちゃった。もちろんエレンのことは覚えているよ。」
するとエレンの隣で歩くジョンがヘコヘコと頭を下げながら私の顔色を伺ってきた。
「前回の試験はごめん!あんなモンスター見たことなかったし、家森先生のプリント見てなくてあんな強そうなモンスター相手に実戦だったのかなって、もしかして自然に湧き出たガチのモンスターなのかなって、とにかく慌てちゃってさ!ヒイロのこと置いて逃げたりしてホントごめん!」
ジョンは目をつぶって本当に申し訳なさそうな顔をして手を合わせてきたので、私は笑顔になって首を振った。
「ガチのモンスターじゃないかと思ってって……ふふっ。いいよいいよ。私もプリント見てなくて慌ててたし、そもそも私が逃げてって言ったし。気にしてないからね!」
と言い、ジョンの肩をポンとした。それでも気になるのか今度はエレンの方が頭を下げてきた。
「ごめんね。ヒイロ」
ああもう大丈夫って言ってるのに、ふふ。どうしたら彼らに大丈夫だよって伝わるかな……そうだ。
「もう、もう!大丈夫だったんだからいいのっ……ウィ〜〜!」
と二人のお腹をくすぐることにした。エレンとジョンはくすぐったいと叫んでキャッキャ笑った。あ〜楽しい!ふと隣を見るとリュウが誰かと合流したのかいなくなってた。
「それにしてもあのポールを破壊するなんてすごいよね!ヒイロ。今日の授業でも活躍するんじゃない?」
ジョンが興奮した様子で話しかけてきた。そう言えば今日の予定を把握していない。
「今日の授業って何するの?」
え。とジョンが拍子ぬけたような態度をとった。その間にエレンが手に持っていた教科書に挟んであったプリントを取り出して、私に見せながら説明してくれた。
「今日はねぇ2人ペアになって、みんなの前で実際に魔法を使って自由に戦うのよ。」
「ええ!?何それぇ!?」
私は慌ててエレンの手元のプリントを見る。確かに、確かにそう書いてある。
だからみんな……それもいつも面倒だからと言って付けないグリーンクラスの連中も、頭から足の先まで丁寧に防具をつけていたんだ!
あ〜やってしまった。今回は防具無いとダメっぽいな。苦虫を嚙みつぶしたような顔をしている私にジョンが話しかけてきた。
「まあこうやって、魔力を弱める防具を使うから当たっても大丈夫なんだけど、痛いことは痛いんだよね~。去年はハロの岩の刃でえらい目にあった!もうハロとは当たりたくないな……ほんっと」
ジョンが青ざめた顔になった。ハロとは誰だろうか。そうか……魔術を互いにマジでぶつけ合うんだ。決闘のようなシチュエーションを想像してちょっと血が
エレンも不安そうな表情で、頬を両手で包みながら言った。
「私なんかさ、攻撃魔法ほんっと苦手なんだよね。それにみんなの前で戦うなんて……どうしてもっと格技場に闘技盤がないのかな?恥ずかしい……」
「ん?闘技盤?」
私の疑問にジョンが答えてくれる。
「闘技盤っていうちょっと大きめの円形の台があって、その上で生徒達は戦うのさ。そこから出るか、その上でダウンすると負け。闘技盤は電源を入れると
ジョンが恥ずかしさに顔を両手で覆ったままのエレンの頭を撫でた。確かにエレンの気持ちも分かる。だって闘技盤が一つしかないってことは、その二人が盤上で戦っている時は、他の観客のみんなが戦う二人を大注目するってことだよね?
私が観客ならじっと見るもん!うわーやだな。特に、以前私にハグしてきた家森先生には見られたくない。別に彼がどうとかじゃないけど、なんか見られたくない!この気持ちは何か!?それは知りません!
「じゃあ、私もみんなに見られてる中で戦うんだ…。」
私が呟いた一言に、エレンが私の肩をどんと叩きながら言った。
「ヒイロはいいじゃ〜ん、魔法が強いんだから」
格技場は1階の連絡通路から別の建物内にあった。その建物に入ると少し廊下が続いていて、石の床で側面には水道が並んでいる。通路に面するようにガラス張りの部屋があって、そこがジムだった。
正面の部屋の扉は開けっぱなしになっていて、みんなゾロゾロとそこへ入って行く。そこは、体育館だった。結構広めな空間だ。床にはワックスがかけられていて光っていた。
そこを横断して、さらに奥の扉に入ると、今度は暗めの通路で、地下に繋がる階段だった。二人並ぶのがやっとの狭さなので、私の後ろにエレンとジョンが手を繋いで歩いた。
階段が終わると今度は、悪魔のような彫刻が付いた鉄製の大きな扉があった。みんなが後ろの人にドアを渡すように手で押さえながら中へ入って行く。
大理石の柔らかい雰囲気の広めの部屋の中央に闘技盤と呼ばれる白い舞台が存在感を放っている。私はつい息を飲んだ。この盤の上で皆が戦うのだ。
そして到着した生徒は奥の方で固まり始め、我々3人はどこにいようか迷ってキョロキョロした。
「どこにいようか、あっちでいいよね」
ジョンが先導して格技場の右方向へ歩みを進めたので、私とエレンも彼に続いて歩いた。そこで立ち止まると、ひしひしとみんなから緊張感が伝わってくるのが分かった。エレンはため息をついて手の汗をローブの袖で拭いた。
格技場に集まっている皆の方を見渡していると、リュウが我々とは闘技盤を挟んだ反対側に立っているのが分かった。来る途中でいなくなったと思ったら、レッドクラスの細くて黒髪のツインテールの女の子と何やら仲良さげに話している。
ちょっとリュウの頬が赤い気がする。おや?隣の女の子もニコニコとして、その猫目をウルウルさせながらリュウにピッタリくっつくように立っている。その様子からして、どうやら付き合ってるっぽい……リュウ、とうとう恋人を見つけたんだ!いいなぁ……でもほんと、この学園は恋愛している人が多い。まあ先生がアレだもんね!
ふと隣を見ると、エレンがジョンのカバンから銃のようなものを取り出して手に取っているのが分かった。
「それは?」
私の質問に答えてくれたのはジョンだった。
「ほら、エレンみたいに攻撃魔法を使えない子もいるだろ?そう言う子は魔工学を利用した武器で戦うんだ。そしたら自分の属性に基づいた攻撃が放てるようになるからさ…。」
「へぇ!そういう武器もあるんだ……」
私は興味深くなって、エレンが持っている短機関銃を眺める。
「この銃はエレンのために握りやすく作ったんだ。」
と鼻をこすりながらジョンが言った。私は驚いてジョンを見た。
「え!?これ作ったの!?」
「まあね、こう見えて僕は魔工学専攻だからさ!」
「それはすごいなぁ!……ジョンは銃で戦わないの?」
ジョンは口をぎゅっと閉じて、残念そうに首を振った。
「本当は銃で戦いたいんだけどね。原則、攻撃魔法が少しでも使える人は武器使っちゃダメなんだ。」
「そうなんだ…。」
私はそんなルールもあったのかと難しい顔をした。
何やら音が聞こえ始めたので周りを見渡すと、皆がそれぞれローブや私服の上に防具をつけはじめていた。カチャカチャと音が重なる。やばい。防具をつけていないのは私だけ。もう怒られることは確定したし、もしかしたら生きて帰れないかもしれない。
でもこれは仕方ないの。売店で防具の値段を見たらそれはもう手の届かない価格だったのだ!売店のATMで残高を確認出来るが、以前の私が残してくれたお金は1年分の学費と干し肉代とちょっとした生活費の分しかない。とても防具なんて……よく皆買えるよなぁ……。
チラッと格技場の入り口をみたときに、タライ先輩がブルークラスの男の人2人と一緒に面白そうに話しながら入ってくるのが見えた。やっぱり防具をつけている。そしてバッグを持っているので先輩は何か武器を持って戦うのだと思った。
「ねえねえ、」ジョンが口を開いた。
「今年は家森先生どうするんだろうね。」
ジョンはくすくす笑い出すとエレンもふふ、と笑いを漏らし始めた。一体どういう意味なのだろう。私は二人に聞いた。
「どうってどうしたの?」
「一応ね、先生たちも戦うのよ。誰と組むかは自由なんだけど。」
エレンの言葉に私はちょっと驚いた。そうなんだ!ただ傍観しているだけじゃないんだ!まあ確かに、見本は見せてもらいたいものね……クックック。
「へえ、じゃあベラ先生も戦うの?」
私はワクワクしながら二人に聞くと。ジョンが頷いた。
「ベラ先生となんて!当たったやつが悲惨だよ。アッハッハ!それでさ、」
ジョンがニヤニヤしたまま私の肩を掴んで顔を近づけて来た。なんだろう、秘密の話?
「それでさヒイロ、家森先生の噂知ってる?」ジョンが小声で言った。
「何?家森先生の噂って、知らない」
「クックック……家森先生ね、どうやら魔法使えないらしいよ!」
「ええ!?」
私は首筋をかき、偽の噂に驚いた。だって彼は確かに私の部屋でスカイブルー色の魔法陣を出していたのだ!この目で見ているのだ。それも最近の話だよ?
「え?その、それはどうしてなの?」
「魔法が使えない理由は分からないけど怪しいことは怪しいよね。だって家森先生はこの闘技場の実戦の授業を毎回理由つけて休むのよ?ずるーい」
エレンが口を尖らせて言った。なるほど……それでみんなに誤解されたという訳だ。ジョンが続いて言った。
「しかも、授業でも説明だけで実際に魔術を使う姿を見たことのある人は全然いないんだよ!それでも家森先生の説明が分かりやすいから授業が成り立っているけどさ。でもやっぱり魔術を全然使わないっておかしいと思わないかい?みんな噂してるよ!」
ジョンが小声で興奮しながら言う。そうまで興奮されると段々と本当のことを言えなくなってしまった。彼の眩しい笑顔が辛い。
「でも魔法が使えなくて先生出来るのかしら、きっと使わないだけよ。」
エレンがポツリと言うとジョンは首を振り、「いや、あれは使えないね。」とニヤリと笑った。
うーんやっぱり言おうか、そう思った時だった。
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