第12話 盤上の戦い
ギィ………
扉からレッドクラスの担任のシュリントン先生が入ってきたのだ。太っちょのおじさんで、彼はいつも赤と金色のレッドローブの豪華装飾バージョンを身につけている。頭のつるりとしたチョビヒゲで、もう特徴がありまくりの先生だ。
彼の入室と同時に生徒の話し声がやんだので、ジョン達には後で家森先生の魔法のことを話そうと思った。
彼に続いて、ラインのスラッとした美しい深緑と黒色のローブの上に防具を付けたベラ先生が入ってくると、格技場の重いドアが閉められた。
「やっぱり家森先生今年も来ないよ。」
ジョンが小声でヒソヒソ話し、エレンは頷いた。
他の生徒も家森先生のことを話しているみたいだ。ジョン達のように、ひそひそ話しては頷いていた。
その時だった。
カラン!
シュリントン先生が銀製の杖を床に落としてしまった。
「いけないいけない。」
慌てた彼は急いで杖を拾おうとして、前かがみになった。するとレッドローブのフードが滑り落ちて、彼のつるりとした頭に上手く被さってしまったのだ。
それを見ていた生徒たちからくすくす笑い声が漏れた。ちょっと何か悲しいことを思い出さなければと、私も必死に宙を見て堪えていた。
シュリントン先生のおっちょこちょいぶりに気を取られていたが、そのドアは突然開かれた。
ギッ
重そうに一瞬顔を歪めると、すぐにいつもの真顔に戻りその人は中に入ってきてドアを閉めた。
生徒たちの顔も驚きに溢れ、何人かはひそひそと話し出した。その姿を見て女生徒はキャッと声を漏らす人が何人もいた。
なんと家森先生が入ってきたのだ。しかもブルーローブに防具をつけて。
初めて白衣やシャツ以外の服装を見た。きっとここにいる全員がそうであったに違いない。確かに何故か私も興奮してしまっている。ギャップとはこのことなのだろうか!
ブルークラスの代表であることを醸し出す、青と白を基調とした豪華な装飾、体のラインに沿ったロングコートの中に燕尾のしっかりとしたローブを着ている。
まるで貴族の公爵のような姿に、家森ファンの女子は興奮して黄色い悲鳴を漏らす。気付けばすぐそこにいたマリーも、他の女子同様に頬を染め、彼女の隣の女子とその姿について熱く語り合っていた。
それに先生方のローブは少しづつ違うデザインでちょっとかっこいい。家森先生が貴族風ならベラ先生はトゲトゲした漆黒の防具でラスボス風だし、シュリントン先生は……妖精みたいだ。何故か彼の背中に小さな羽まで付いている。何あれ。
「ええ!?家森先生戦うの?でも武器持ってないよね?」
ジョンが小声で言うと、エレンが「見学かもよ」と言った。
「防具姿で?」ジョンの質問にエレンは考え込んだ。確かに、通常実践魔法では戦えないだろうし……今日はどうするんだろう。
そんな家森先生は今、ベラ先生の隣に並んで前で手を重ねて遠くを見つめながら立っている。そしてシュリントン先生が大声で話し始めた。彼の野太い声が格技場に響く。
「それでは!ここで実戦の授業をしたいと思います!」
「はい!」生徒たちが一斉に返事した。
「えー、例年通り2人対決の姿勢で行います。ペアリングはこちらで考えてきましたので、対戦を行う前に発表します。それから注意事項は…」
シュリントン先生は手元のプリントを見ながら、攻撃魔法を使えるものは使うこと、など戦闘のルールを説明し始めた。
彼の隣ではベラ先生が腕を組みながら下を向き、遠い目をしていた。
たまにシュリントン先生が「これは今年はどうだったっけ…」と悩み、それにベラ先生が小声で「今年は1メートルを超える武器の使用は禁止です」とアシストしたのがこちらまで聞こえた。
家森先生は相変わらず目線を上に向けたり斜めに向けたりし、こちらを見ようともせずに体の前に手を重ねて真っ直ぐに立っていた。確かに彼の気持ちは分かるかも知れない。だって………
私はちょっとにやけながらマリーの方を見てみた。
きゃあきゃあと騒いでいる女生徒の一番先頭のマリーはメロメロな雰囲気を全身から垂れ流しながら、家森先生に向かって両手を全力で振っていた。他の女子も目がハートになりながら先生を見つめていたのだ。まるでアイドルのサイン会だ……。
もう少し視線を後ろに反らすと、今度は後ろの方でタライさんが口を尖らせてつまらなさそうな顔をして立っているのが見えた。パッと私と目が合うと、おっと言う顔をして私に手を振ってくれたので、私も手を振り返した。
「えーそれでは始めたいと思います!」
シュリントン先生の長い話が終わったようだ。彼の話をよく聞いてなかったがルールは先ほどジョンたちから聞いたようなものだと思う。
私は緊張する体をほぐそうと深呼吸をする。他の生徒たちもやるかーなどボソボソ言いながらウォームアップを始めた。
「それでは最初のペアは…」
プリントを見ながらシュリントン先生が考え込んで、隣のベラ先生が小声で何か話しかけた。静かな闘技場に緊張感が漂い初めているのが分かる。
シュリントン先生とベラ先生の会話は聞こえないが1分ほど続いた。
「それではじゃあ……最初のペアは私とベラ先生で行いたいと思います!」
まさかの展開に生徒がざわめき出す。おー!と言う人もいれば、よかった…と安堵する声も聞こえた。まじか。最初にそれってちょっと盛り上がりすぎないか!?
「まあ最初だし、デモンストレーションということで」
「それはどうかしら」
シュリントン先生の言葉にベラ先生が挑発的に反応すると、格技場の興奮度は一気にうなぎ登りに上がった。
先生達は向かい合って闘技盤に上がる。見学の生徒達は少し見上げるようにして、盤の上でストレッチをするシュリントン先生や防具の微調節をするベラ先生をワクワクした表情で見つめている。
「電源を入れてくれ」
シュリントン先生が頼むと、盤の操作台の側で立っていたレッドクラスの男が電源をつけた。
フッと闘技盤から薄い青緑の光の壁が出現した。その光で盤上の2人が怪しく足元から照らされた。シュリントン先生が説明をし始めた。
「このように向かい合って立ち、合図が出たら戦いを始めます!合図の前に何か一言相手と話すと、気持ち的にもいいと思います!」
なるほど、気持ち的に確かに盛り上がるね!やる方も見てる方も。
「じゃあベラ先生何か一言。」
自分から言い出しておいて私からなの?と言う表情をしたベラ先生は、眉間にしわを寄せ少し考えている。少ししてシュリントン先生の方を目を見て、片手を腰に当て、片手をひらひらさせながら言葉を放った。
「ふう……そうね。生徒たちの前だわ、お互い手抜きは不要でしょう?」
ベラ先生の挑発的な言葉に、シュリントン先生はおお!と言う反応を見せる。
「そうだが、私には勝てないぞ!ベラ!」
そう言ってベラ先生に向かって銀の杖を構えた。同時に生徒たちから一際大きな歓声が上がった。
戦いは、審判の係の人間が専用のブラックストーンという音の鳴る石を頭上に投げて、地面に落ちた瞬間から始まる。それが合図だ。
「行きます!」
合図担当のブルークラスの生徒が宙に投げると方曲線を描き床に落ちた。
カラン
次の瞬間ベラ先生の開かれた右手から風の刃が飛びだした。その素早さ、刃の大きさに私は驚きを隠せず、ただあんぐりと口を開けてしまった。
シュリントン先生は杖を回転させて炎の大きな防御壁を瞬時に自分の前に出現させ、風の刃を防いだかと思えば、上の方で炎の球を3つ同時に出現させ、ベラ先生に向かって落とす。
ベラ先生は頭上の炎の球に気づくと、美しくバック転をして交わした。そしてお互い手のひらを相手に見せて見合っている。
あまりの迫力、高レベルすぎる戦いに私は息を飲んで戦いを見入る。他の生徒もワーワー歓声をあげて場内は大盛り上がりだ!
「ベラ先生頑張れー!」
そう叫んだのは私の後ろにいるジョンだった。エレンも頑張れ!ベラ先生!と微かな声で叫んでいる。目が合ったジョンが私に興奮した様子で話しかけてきた。
「ベラ先生は魔工学の先生なんだ!僕は勿論ベラ先生を応援するよ!」
なるほど……だからベラ先生を応援してるのね。そして興奮気味にベラ先生を応援しまくっているジョンの隣でエレンは両手で顔を覆い、指の隙間から戦いを見ていた。そうか、彼女は戦いをするのも見るのも苦手なんだと思った。
ドウン!
ベラ先生の風の音が格技場に響いたのが聞こえて、私はまた闘技盤上を見た。シュリントン先生がまた炎の防御壁を出現させて防いでいる。
「それならこうよっ!」
ベラ先生が左手のひらをぐるっと円を描くように回すと、彼女の前に風の防御壁が出現した。
そこに右手で風の刃をスライドさせるように投げると刃が風の防御壁をまとい、特大の刃となってシュリントン先生を襲ったのだ!
生徒からすげー!と歓声が出る。私もおおおっ!と叫んでしまった。
なんとシュリントン先生の炎の防御壁が破壊されて、風の刃が彼の手に当たり、持っていた銀の杖が飛んでしまった。格技場にカランカランと金属音が響く。
いつのまにか周りの生徒たちから「ベラ先生!ベラ先生!」と大きなコールが湧き始めた。
我々グリーンクラスは勿論、ジョンみたいに魔工学専攻の生徒がコールに参加しているのかなと思ったが、意外にもレッドクラスの生徒もベラコールに参加していた………何か彼に日頃の恨みでもあるのだろうか。ちょっと笑いそうになった。
「ええ………」
シュリントン先生が自分のクラスの生徒によるベラコールに困惑している様子だ。
その隙にベラ先生が素早い動きでシュリントン先生の背後に回り込んだ。
「この距離では逃げられないでしょう?」と、右手のひらをシュリントン先生の首元に近づけた。これはもう決まったでしょう!
シュリントン先生が絶体絶命かと思ったその時だった。
「………とまあ、こう言う感じで行なっていきます!」
手のひらを首に当てられている彼がそう大声で叫んだ。
一気に場内は困惑した空気に包まれた。多分一番困惑したのはベラ先生だろう。口を開けて目の前のシュリントン先生を睨んでいる。
「はい、ベラ先生ありがとうございました。」
そう言うと彼女に礼をし、シュリントン先生は闘技盤から降りた。ベラ先生もため息をついてから納得いかない様子で一礼すると、私の近くから闘技盤を降りたのだった。私を見ると近づいてきて、ベラ先生が私の耳元で言った。
「来年は一発でケリをつけてやるわ……あの男め」
す、すごく殺気のこもった声に私は血の気が引いてしまった。絶対に彼女を怒らせてはいけないと私の脳にインプットされた。
ざわめく中、シュリントン先生はプリントを見ながら大声で叫んだ。
「次は…ジョン!とハロ!」
ジョンは突然呼ばれ驚く。
「えぇ!もう僕の番!?って…また今年もハロとするの〜〜?」
エレンは、頑張ってねとジョンを送る。
闘技盤の反対側からレッドクラスの友達に応援されながら、大きな体のレッドローブのハロが盤上に登った。ジョンも登り、二人は向かい合っている。
「それではお互い一言。」
シュリントン先生の言葉を聞いて、何故かハロがこちらの方を見ているのが分かった。
いや、私じゃない。私の隣に立っているエレンのことをじっと見つめているのだ。
……え?そういうこと?ハロはエレンのことが好きなのかな?
当のエレンはそんなことに気付かずに、両手の指の隙間からジョンのことだけを見ている。ハロの表情が段々と険しくなり、ついに眉間にシワを寄せて歯を食いしばっているようなそれはもう恐ろしい形相になっていった。
これは何という展開なのだろうか。この学園はちょっと色々ありすぎじゃないだろうか。
そしてジョンは何が起きているのか理解していないようで、首を傾げてからハロに言った。
「えっと何て言えばいいのかな……よし!やるぞ!よろしくね、ハロ!」
その言葉を聞いてハロはジョンを睨むと、
「実戦の授業だ、君に手加減はしないよ。」と言って体を構えた。
目が潰れっぱなしの優しげな表情とは裏腹なハロの雰囲気にかなり不安な気持ちになる。エレンもそうなのか体を私にぴったりとくっつかせて耳元で話してくれた。
「去年もジョンとペアになった時、こんな感じでハロは怖かったの……彼以外の相手の時は優しい感じなのに。何か特別にジョンを恨んでいるのかしら?」
多分……そうかもしれない。でもハロの気持ちをエレンに言っても仕方のないことだもんね。私は心配そうな顔をするエレンの背中をさすった。
「そんなことないよ。きっと真剣にやろうとしているだけだよ」
シャン!
ブラックストーンが合図の音を鳴らす。
同時にハロはその場から、ジョンに向かって大きな尖った岩をものすごい勢いでジョンにぶつけた。彼の防具に当たり、衝撃は和らぐがジョンは盤上を吹き飛んだ。
エレンは見ていられなくなり目を手で塞いでしまった。私も不安な気持ちになってジョンを見つめる。皆も同じように不安そうに盤上に倒れたジョンを見た。
「なるほどね。急にはずるいよ…」
ジョンはゆっくりと立ち上がり、手の先から石のつぶてをハロに向かって発したが、彼の放った石のつぶてはジョンを睨み続けるハロの大きな体に当たり、力無くコロコロと床に落ちた。
「ああ〜やっぱり武器が必要だよ…。」ジョンは肩を落とす。
その時ハロが、両手で顔を覆うエレンをチラと見たのが分かった。彼はじっと目を閉じて、何か思い出しているように考えている……やはり私の考えは当たっているっぽい。
彼は静かに目を開けると歯を食いしばり、目の前に立っているジョンをきっと睨んだ。私の近くにいたベラ先生が何かを察知したのか闘技盤の近くに駆け寄って行った。
ハロは天に手をかざし、呪文を唱えた。
同じ地属性同士だからか、ジョンはハロが何をしようか分かったようで、尻もちをついた。見ている我々は騒めき出し、
ジョンの上空を覆うように大きな岩の塊が出現する。あれが落下したらジョンはぺしゃんこになってしまう!
「はあっ!」
そう叫ぶと勢いよく岩が落下した。ベラ先生が素早く盤上に登り、落下する岩に向かい風の刃を飛ばして切断した。ジョンの頭のてっぺんに少しついたところで岩は割れて落ちた。
「ハロ、いくら何でもやりすぎね。」
「すみませんでした。」
謝るハロはそれまでの優しそうな雰囲気に戻っていた。盤上で尻もちをついたままのジョンがベラ先生に起こされ、闘技盤を降りる。
「ジョンもよく頑張ったわ」
ベラ先生に
「ジョン、大丈夫?」
「うーん頭と腕と手が擦れちゃった。あとお腹が防具つけててもここまでなるかってくらい痛い。」
ジョンがお腹を押さえながら少し辛そうに顔を歪めた。私も心配になってジョンに聞いた。
「保健室行く?」
そう発言したところで私の背後から一人の白衣を着た、黒色の短髪に少しヒゲの生えた、ガタイのいいおじさんが現れてジョンの様子を診始めた。白衣が小さいのか肩幅に合ってない気がするくらいピチピチしてる。
「ジョン大丈夫か?痛むか?」
「あ、ウェイン先生……大丈夫、でもちょっと痛い」
ジョンを座らせたウェイン先生は大きめのドクターバッグを床に置いて、中からポーションや薬草を取り出し、お腹の傷の手当てを始めた。どうやら医務の先生みたいだ。ウェイン先生の手当をエレンも隣でしゃがみながら手伝っている。
「次は…、ヒイロとリュウ!」
ええ!?突然きたなぁ!しかも相手がリュウ?
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