第4話

 そこは魂があるべき場所。

 ”マデウス”、究極にして極限、最強。新たなる法、魔法が生み出せし戦いの化身。しかしてそれをたらしめるものとは、それすなわち法の執行者、それすなわち魔法使い。マデウスの魂である。今は光に満ちたこの場所は、彼こそが居るべき場所。


 周囲を球状に術式たちが取り囲み、ウォーロックをマデウスと同調させるため築かれた神殿へと男は、ウォーロック・ジュピウスは立っていた。今の彼はマデウスであり、マデウスは彼。マデウスが見た世界は、彼の世界。


 そしてもう一人。先ほどまでとは逆の立ち位置。ジュピウスの背後にある祭壇。そこに祭り上げられ、磔かのように宙に浮かび四肢を投げ出した少女はユノ。ジュピウスへと、マデウスへと力を与えるが彼女の役目。人形マギアにして”マデウス・コア”が彼女の役目。手足を術式により拘束された彼女が目もまたマデウスであり、ジュピウスと同じものを見る。


「ふむ、ふむ。ふむふむ、歪な、アレもマデウスなのだな?」


「はい、聖戦は成立しました。間違いありません。マデウスです」


「見るからに、結社製ではないよな」


 立ち並び、向かい合う二つの巨体。互いに赤く、互いに人と同じ特徴を持ちながらも、その出来は雲泥の差であった。あれに手を焼くなど、マデウスを駆る者としてジュピウスのプライドが許さない。早々にケリを付けようと、ジュピウスの意思が働いた時、それはマデウス・クレイトスの全身に流れるソーマに乗って伝わる。


 マデウス・クレイトスが待機を解き、その剛脚で一歩を踏み出そうとした時であった。相対する巨顔が雄叫びを上げると共に一変したのは。


 その目は大きく見開かれ、口は頬まで大きく裂けた上に下顎の牙も更に長く伸びる。外れたように開いた巨顔の大口から覗くは砲身。それだけではない、巨顔の額から黄色い螺旋の彫られた突起が二本飛び出したではないか。裂けた口からせり出した砲身は兎も角、赤い体、二本のそれは角。その様相にはジュピウスにも見覚えがあった。


「むぅ!? アレは、極東の”オニ”か!? ”アカオニ”!!」


 オーガ。当地の言葉ではそれを”オニ”と呼ぶ事。ジュピウスの表情が驚愕に歪む。巨顔改め、”マデウス・アカオニ”。怯むな。そう自らに言い聞かせ、ジュピウスはクレイトスを走らせた。一歩その剛脚が地面を踏みしめる度に大地が揺れ、響きが上がる。


 迎え撃つ姿勢のアカオニに対し、ジュピウスは遠慮などしない。クレイトスの剛脚が踏み込むのと同時に、巨大な剛腕、巨大な握り拳からなる剛拳が振るわれる。その一撃は岩も鉄も、ダイヤすら打ち砕くであろう。しかし――。


「硬い! だが……」


 それをアカオニは二本の角の間にある額で、何と受け止めて見せた。鋭い衝突音と衝撃が迸る。クレイトスの先制攻撃を受け止めたアカオニは、それが次の攻撃に移るよりも早く動く。否、アカオニは不動である。額でクレイトスの拳を受け止めたまま、何とアカオニの二本の角が長く伸びたのである。その勢いは凄まじく、一種の杭打ち、パイルのようなものであって、それを受けたクレイトスは大きく後方へと吹き飛ばされたしまう。


 鋭い音が鳴り響くも、それはアカオニの角がクレイトスをどうかしたからではない。寧ろ、アカオニの角が弾かれたその音なのだから。確かにその勢いと圧力にクレイトスは後退した。土埃を巻き上げて、大地に両足を引きずりながら、あわや背後のビルへと叩き付けられる所まで。しかしジュピウスはクレイトスの背面に備えたスラスターを噴射させ、勢いを相殺。見事に踏み止まると、力強くその場へとクレイトスを仁王立ちさせる。そのマデウスの体には、未だ傷一つ無し。しかし相対するアカオニはどうか、クレイトスの剛拳を受け止めた額はひびが入り、装甲が割れて剥がれて行く。無事ではない。


「マスター・ジュピウス。魔装による攻撃を提案」


「――来い、”アゾート”」


 ジュピウスの呼び掛けに応え、ユノは眼前に浮かび上がる幾つもの紋章の中から一つを選択する。するとクレイトスの前方上空に空間の歪みが生じ、光の溢れ出てくるそこから共に一振りの諸刃の剣が現れ出てくる。まるでファンタジーの世界から出てきたかのような、優美な装飾のされたその剣の柄をジュピウスの意思でクレイトスが掴み取った直後。剣の見た目がクレイトスに合わせた無骨で荒々しい物へと変化する。これぞ”剛剣アゾート”


 ジュピウスはクレイトスにその剛剣を構えさせ、背面のスラスター、その出力を増大させる。マデウスの出力調整はウォーロックからの要請を受け、マデウス・コアとなっているマギアが行う。つまりユノによりスラスターの後押しを受け、凄まじい勢いの踏み込みをジュピウス、クレイトスは行った。


「マスター・ジュピウス。マデウス・アカオニの戦力が不明です。アゾートによる近接戦闘は不適切かと」


「その様な道理は、それこそこのアゾートが切り裂くだろうよ。いざ、いざ。いざ!」


 ぐんと迫るアカオニの姿。しかし、すぐ眼前に迫ったアカオニが開いた口より覗かせている砲口が火を噴いた。直前で、身の丈はあるアゾートを盾にする形で防御体勢を取ったクレイトスは受けた圧力によって進んだ分の距離を押し戻されてしまった。


「くっ……なんだ、これは!?」


「解析完了、マスター・ジュピウス、これは”豆”です。遺伝子を組み換え、調整されているようです」


 不可解な言葉がユノから発せられ、それを聞き取ったジュピウスがクレイトスの目を通して足元を見る。そこには確かに無数の”豆”が転がっていた。


 アカオニは更に口の砲口から豆をこれでもかとクレイトスへと浴びせかける。巨大とはいえ、所詮は豆をぶつけられているに過ぎずダメージは無い。馬鹿にしているのかと憤慨したジュピウスは、再びアゾートを構え突撃を行おうとした。


「四肢に異常検出。モーターに負荷が掛かっています。原因を取り除いてください」


「何事……なんだと!?」


 だが、直後クレイトスの器体に巻き付き、その動きを止めたのは無数の太く逞しい蔓だった。ユノによれば発芽した豆から伸びてきているものらしく、そのあまりの蔓の数にクレイトスのパワーを以てしても引き千切り逃れることができない。


 アゾートすら引き剥がされ、足掻こうものならば逆に手足を絡め取られ大の字にされ無防備をクレイトスは敵の前へと曝してしまう。それを文字通り嘲笑うように、アカオニが笑い声を上げながら、砲身をドリルへと変形させクレイトスへと迫って行く。


「あの武器は危険です。マデウス・クレイトスの装甲を破壊する可能性あり」


「く……しかし、蔓が……千切れん!」


 どれだけ力を込めようとも、千切れそうになると新たな蔓が伸びてきて補強し、更に絡み付いてくる。アカオニのドリルを前に万事休すかと思われた。


「――だらしがないぞ、ウォーロック!」


 何処からともなく響き渡る声に、ジュピウス、アカオニ双方が周囲を見渡す。そして月明かりを遮り、飛び出したその影は腰に下げた刀を抜き放ち、そしてクレイトスの足元へと着地する。クレイトスを見上げる顔は般若が如く、長い白髪を撒き散らしたその姿、その者は……。


「ジライヤ!」


「ウォーロック、貴様を倒すのはこのワシだ。かようなものに遅れを取るなど許さぬぞ。今だ、行けい!」


 ジライヤの刀が切り裂いたのはクレイトスを縛る蔓。自由を取り戻したジュピウスはその右の握り拳を高々と掲げる。


「シックスパワー解放。最大出力。行けます、マスター・ジュピウス」


「受けるが良い、全てを無に帰す、必滅の一撃……!」


 ジュピウス同様、拳を掲げたクレイトス。その拳に六つの色の輝きが灯る。直後、弾けるように飛び出したクレイトスは輝く拳を突き出し、アカオニのドリルへと特攻する。ドリルの切っ先と、クレイトスの拳が接触し、まるで拮抗する気配もなしにアカオニのドリルが解けるように消滅して行く。そして、輝きの拳がアカオニの口腔へとねじ込まれた時、腰を落としたクレイトスは更に拳を突き上げた。


「――アブラカタブラ!!」


 唱えた呪文。それは拳に秘めたる思いを形にする。込めた思いは必滅。その通り、立ち上った紅き光の柱の中でアカオニの器体は外装から朽ちて崩れ去って行く。


 輝きを背に、クレイトス。ジュピウスが見つめる先で街はその輝きを取り戻して行く。そして彼の背後で術式による拘束から解放されたユノが、共に同じ光景を目の当たりにしながら呟いた。


「……聖戦、終了。マスター・ジュピウス。今宵も、あなた様の勝利です」

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