第3話
闇に陥り、魔都ニューヨークには静寂が訪れた。
クリスマスに沸く人々の活気も今は無い。
何故か。それは、此処が魔都であるからして。
マンハッタンを象徴するそこはセントラルパーク。
暗闇が支配する森林地帯は人影一つ見えることは無い。
しかしその代わりに、巨大な影が一つ、土煙を巻き上げながらそこに聳え、咆哮を上げる。ずしんと大地を踏み鳴らし、その巨影が夜空の星々を遮った。
ずしんと、再びの地鳴り。
そして地響きと、火を噴き崩れ落ちて行く高層ビル。
膨大な質量をその真上から受け止め、そして押し潰され瓦礫の山と化したビルの中で、それは吼える。
炎に照らされ、その全貌が遂に露わになった。
痩せ細った体からは脚と同じだけ長い腕がそれぞれ二本ずつ。
四肢にて瓦礫を踏み潰し、炎に照らされたその体表は真紅。
そんな貧弱極まりない体が果たして支えられるものかと思えるほど巨大な頭部は、人の男性のそれであった。
真紅の肌をしたその顔は、人の歯と共に発達した牙を下顎から生やした大口を開いて咆哮、雄叫びを上げる。それはまるで、何かを挑発するかのような――。
「奪われしノエルの輝きは尊く」
二つの閃光、赤と白の閃光が瞬いた。
それは現れた巨顔を取り巻き、やがて炸裂。悲鳴を上げた巨顔がその頭を地面へとしたたかに打ち付ける。
「集めしランプが瞬くは、それすなわち我が愛しき人のため」
飛び起きた巨顔。
纏わり付く土埃を叫びと共に吐き出された悪臭を乗せる吐息にて吹き散らす。そしてまばたきをするその両目で見詰める先は、噴き上がる紅き輝きの渦。
「汝はその全ての
その男の咆哮が、紅き渦を天高く巻き上げた。
巨顔は果敢に渦巻く閃光へと飛び掛かり、食らい付く。
細くとも頑強なその腕で、その腕にある爪を備えた指を生やす手で、渦を裂く。
凄まじい抵抗にその手が弾かれようとする中、巨顔が巨顔たる由縁、その巨大な顔の巨大な顎が更に渦を引き裂き、遂にその巨顔をねじ入れた。
ぎょろりと剥いたその人のような瞳が見下ろすは渦の中、その元凶たるその男、その娘。
「厚顔無恥とはよくぞ言った。恥を知れ」
「――オリハルコン、精錬……完了。”マデウス”、形成、開始」
男の紅き瞳が巨顔を見上げ、睨む。
その彼のすぐ手前に立ち尽くす少女は両の目を見開き、展開、解凍された術式コードを同じ紅の瞳にて読み込んで行く。
それは新たなる法、すなわち魔法。魔法が生み出すは幻と呼ばれし最硬の金属”オリハルコン”。
そのオリハルコンを自在に扱うもまた魔法の業。
あらゆる要素を兼ね備えし万能のオリハルコンにて組み上げるは機構。
腕を組み、不敵な笑みを携えたジュピウスとその少女、ユノをオリハルコンにて形成された”骨格”が取り囲んで行く。
それは胸を作り、背中を作り。腹を作り股間を作り。肩には腕を、腕には手を。股間には脚を、脚には爪先を形作る。
しかし未だそれは剥き出しに過ぎず、形作られた人と瓜二つのその貌に皮膚となる装甲を被せ覆う。
「ふん……マギア・ユノ」
「ウォーロック、認証待機……マスター・ジュピウス……んむ……」
出来上がった躯骸の内部、そこは魂があるべき場所。
暗く、未だそこに魂が無いことを示している場所に二人は居た。
虚空に浮かび上がる術式コードを眺め立ち尽くすユノ。
灰色と赤色の混じり合った長髪を揺らめかせる少女の背中へと、灰色の髪をした男は、ジュピウスは歩み寄る。
そして少女が振り向く瞬間、その華奢な腰へと回された腕が彼女の体を意思とは関係無しに引き寄せる。
それは男の腕、筋骨の隆起した感触と節くれ立った指先に絡め取られる感触。
それを合図に少女もその細い両腕を伸ばした。古傷の残る男の首筋へと。
そうして絡み合う男と少女の、背徳の契りが交わされた。重なる唇、溶け合う粘液。男の全てを少女は読み込む。
弾かれるように二人は引き剥がされた。
二人の間から生じた幾つもの文字列が飛び交い、渦を巻く。
「……ウォーロック・ジュピウスを認証。ソーマ、充填」
「――今こそ、目覚めよ!」
その躯骸に足りなかっピース。
最後の一つ、体があり手足があり、そして頭部が形作られた。
骨格、血管、筋肉、皮膚。オリハルコンにより形成された鋼よりも硬く、何よりも強き巨体。
――巨人。それを動かす、意思を運ぶ神聖なるソーマが巨人の全身に張り巡らされた血管へと行き渡る。
紅い輝きの渦から弾き出された巨顔は再びセントラルパーク園内へと墜落。
土を巻き上げ、葉の落ちた木々を薙ぎ倒し、小さく貧相な体を振り回すように巨大な頭が転がって行く。
すぐさま飛び起きた巨顔が、何事かとでも言いたげに渦の方を見遣り、そしてその両目が大きく見開かれた。
「――”マデウス”、顕現、完了」
「とくと見よ、この姿、この勇姿。これこそが――」
マデウス・クレイトス――!!
紅い閃光が暗がりに沈む街を再び呼び起こす。
漂い、泳ぐ術式コードたちの中、太き腕、太き脚、屈強なる体を持った、輝く四つ目の巨人が立ち上がる。
その紅き姿は燃えるが如く。そして此処に二つの巨神が立ち並ぶ。これすなわち。
「聖戦……グレート・ウォー」
「戦いの、始まりだ」
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