第30話
コートのポケットからフルスクラッチのPDAを取り出し自分とアキの距離を確かめる。
あともう一息。
自販機で缶コーヒーを買う。一口、口に含むと軽くため息をついて、一息入れた。
いつぞやのCMを思い出しながらつかの間の休息を味わう。
アキとの待ち合わせの時間までもうすぐだ。
人気の無い駅の入り口に立ちながらオープン前の静けさに浸る。
まだ公式に使われていない路線。
政府要人やハイクラス観光列車のレールウェイが並ぶ。
自販機のモニターが映し出す新商品のドリンク広告を眺めながら起用アイドルがまた変わっているのに目をとめた。
「新人か。かわいいな。」
こんな状況でも、そんな事を考える自分に笑いながら
自販機のルーレットを見ると1本当たりがでていた。
アキの分だ。
ツイてる。無事ここから脱出できそうな気がした。
そんな事を考えているとコツコツとヒールの音がどこからともなく聞こえて来た。
そっとふりかえると見覚えのあるシルエット。
、、、、、アキ、、、、、。
自分のと揃いの黒いマフラーをしたオフィスレディがすらりとした佇まいで近づいて来る。
髪の色が変装のため脱色されてイメージが変わっていた。
「シン!」
気づいたアキが一目散に駆け寄る。
勢い余って飛びついたシンを押し倒すアキ。
ぐっと固く熱い抱擁を交わす二人。
「ありがとう。ありがとう。」
頬にキスすると感謝の気持ちをとめどなく囁いた。
「大変だったんだから。。。。ほんとに。。。」
いろんなこれまでの想いがせきをきったように溢れ出た。
コートの内から分解された部品を取り出すとスナイパーライフルを組み立てる。
小窓からプラットフォームに突っ立ているシンに照準を合わせた。
ゆっくりじっくりシンの額にターゲットをしぼる。
この瞬間がたまらなくて、この仕事を続けている。
トリガーにかけた指に力を入れる。
、、、、、、!?、見ると安全装置に傷が入っていた。ジミーのバイクから飛び降りた際にできた傷か。
撃てない。このままでは標的に逃げられる。
ライフルを放り投げ、階下へ駆け足で降りる。ツカツカとヒールの音を響かせながらアキと手をつないだシンのもとへ。
腰のホルスターから短銃を取り出すと彼へ向けた。
「、、、、、、。」
唖然とした表情のシン。
驚愕のアキ。
瞬時に殺し屋が来たことを悟ったシンがジッパーが開いたままだった黒いバッグをだらりと置くと中からT字型のシルバーの装置が現れた。
目の隅でバッグの中身を確認すると無言で銃を撃つクレア。肩、胸、足、5発連続で。
血を流しながら、ゆっくり膝をつき倒れるシン。
震える手で傍らのバッグからはみ出た装置のスイッチをいれる。
悲痛な面持ちでしゃがみ込むアキに
「僕はこれから彼女になる。」
と苦悶の表情でシン。
「何言ってるの!?。わけわかんない。しっかりしてっ。」
突如、低い振動音とともに装置の赤いランプが光り出した。
装置からレーザーが近寄って来るクレアの額に照射。
両手で頭を抱えながら、その場にうずくまるクレア。
びくびくっと身体を震わせて何かに取り憑かれたようにのけぞる。
その姿を目に留めてシンは息を引き取った。
彼の頭を抱きしめながら泣きじゃくるアキ。
「なんで。。。なんで。。。ねえ。。。。ここまで来たのに。なんで。。。。。」
流れる涙と嗚咽。
その向こうで、ゆっくりと起き上がるクレア。
軽く額に手をやりながらふらふらとこちらへ歩く。
これでおしまい。最愛のひとを抱きながら、逃げようともせず座り込んだアキは瞳を閉じた。
さあ撃って。
そんなアキの気持ちをよそにクレアは優しく微笑みかけると「ここから離れよう。手を貸して。」
シンの死体の肩を抱いてアキにも、もう片方の肩を持つよう促す。
!?
状況が掴めないアキにクレアが説明する。
「あれは記憶を転移させる装置なんだ。シンの中身は””僕”に移ったんだよ。いや。”わたし”か。女言葉は慣れなさそうだな。」
今では男も女も言葉遣いに大差はないが違和感が残る。
プラットフォームにステラウェイがやってきた。
流れるような滑らかなボディに優しい色合い。
放心状態のアキと共にシンの遺体を運びながら列車に乗り込む。
エミリーが調整してくれた車輌は貸し切りでがらんとしていた。
ゆったりした優雅な最新型のサロン列車。
エグゼグティブクラスの座席に腰を下ろすと横のコンソールからフリードリンクのメニュー表示。
ホットティーをオーダーしながらシンを座らせる。
アキにも飲み物を促しながら身体の状態を確認。
一息つくと動き出した列車の車窓を眺める。
遠くに大きな爆炎。
おそらくミルドレッド達が襲撃したコムサットの本社だ。
つい2、3日前まで過ごしていた時間と今を感じながら人間が予測する未来はいつも少し違った形でやってくることを想った。
幻想のように。
流れる景色を見つめながら指を口元に。
「爪噛むクセやめなよ。」
身体は変わっても、中身はそのまま。彼の癖を彼女がするのを見ながらアキはたしなめた。
苦笑いしながら指を傍らのバッグに置く。
死体を元に戻す研究をしなければならないと思った。
ひとまず脳の記憶を転送することには成功したのだ。
「真っ白。」
アキは外の光景に目を奪われた。
すっかり降り積もった雪が街を白く包んでいた。
これからは彼(彼女)と一緒だ。
泣きたくなる夜だって。
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