第11話

広々とした8車線ハイウェイに、どこまでも続くコンビナート、愚痴りながら洗車してるステーションのスタッフ、その隣のブースで子供達が笑いながらミニカーを洗ってる。


向かいには客呼び込みプロモーションでわがままボディの洗車ガールが戦車を洗っている3DCMが大きなモニターから流れていた。


広告代理店のセンスが。。。


 よく晴れていて地平線には第5区画の浮遊都市が霞んで見える。


信号待ちの交差点で傍らの露天商のやりとりを眺める。「安くしとくよ。」とイエローグリーンの短髪売り子女子。


「これ3番街で4割引だったぜ。」と子連れ親父。


「嘘おっしゃい。あたし昨日行ったばかりよ。」


「昨日と今日じゃ違うんだよ。」


「確認するから。待ちな。」


前掛けのポケットからスマホを取り出すと情報検索。


「ほら。」と価格表記を親父に見せる。


バツの悪そうな顔しながら「見間違えかな。」としぶしぶと財布を出す。


「セコい真似しなさんな。」と嬉しそうに売り子。


「パパ、カッコ悪ーい。」とおさげの子が足を蹴飛ばした。


ショップの価格が統一管理されたシティの生活では値切りなんて感覚はあり得ない。


車が進むまで、客と売り子のやりとりを笑いながら眺めた。


屋台のつらなる街道は喧噪に包まれ活気、ぬくもりがあった。不便だけど楽しいそんな感じだ。


抜けると広大な農地。


シティとタウンの衣糧と医療の原材料が育てられている。


科学の発達でバイオ工場で培養されるものも高品質ではあるが、自然のものにはかなわなかった。


ぽつりぽつりと民家、農家が並ぶ。


こんなところにまで人が住んでるんだと不思議に感じた。


人間の生業の広さと自然の懐深さを見たように思った。


 ジャネットの運転するカーゴの座席で眼下に広がる


街から町、都市から郊外への風景の変遷を眺めながらこれからの事を考える。  


「もうすぐ着くから。ほら、あそこ。」 


都市部から数百キロ離れたところにその場所はあった。下町のはずれ砂漠地帯の一角にある遺棄されたベースキャンプがグレンとジャネットのねぐらだ。


便利屋家業で探偵、掃除、修理と様々な仕事をこなす彼等の住処は、その仕事に合わせた備品がうずたかく積まれたジャンクマウンテンの様相を呈していた。


 壊れた旅客機のエグゼグティヴサロンに案内されると長いソファに座るよう促されアキはヒールを脱いで足をのばした。


「コーヒー、紅茶どちらがいい?」


とジャネットが手を洗いながらたずねる。


ミントティーと答えかけたがオートマティックキッチンが備えられたコムサットが提供してくれたマンションとは違う環境なのだと我に返る。


「紅茶で。」


まわりを見渡しながら答える。


子供がいるのかロボットの玩具がソファの隅に3体座っていた。


「ああ、それはミルの。」


ほんのりといい香りのするティーカップを持ってジャネットが向かいに座った。


「あんたの持ってるソレなんなんだろうね。」


アキがシンに託された黒いバッグを眺めながら紅茶を一口飲むと腕時計に目を向けた。


「そろそろミル起きてくるかな。ちょっと行って来る。」」


そそくさと薬瓶をポケットにいれてジャネットは外に出た。


 入れ違いに乗って来たカーゴからグレンがやって来た。


「シティの暮らしとはかけ離れてるだろ。気軽なもんだよ。衛生規制も無いし。」


シャワーあがりかタオルで髪をふきながら冷蔵庫からビールを取り出した。


「生き返るぜ。」


と一気に半分程飲み干す。


甘いカクテルしかアルコールを受け付けないアキにとって仕事あがりのビールのうまさは堪能してみたいものであったがあの苦みのうまみがわからなかった。


「シャワー浴びたからよ。」


と分析しながら向かいに座る。


出会い頭の汗臭い発言をまだ気にしてるようだ。


むさくるしい男ほどナイーブみたいな話は前に雑誌で読んだ。


「服着たら。」


と紅茶すすりながらアキ。


マッチョマンよりメガネ男子の好きな彼女には隆々とたくましい筋肉も目障りでしかない。


「これくらい見慣れてるだろ。それともご無沙汰?」と茶化しながらタオルがわりに髪をふいていたランニングを着だした。


「サイテー。」


ゴミを見るようなまなざしでアキがたしなめる。


都市の無機質で洗練された生活をしてきた彼女にとってここは今までに体験したことのない場所だった。


雑多な生活は、ちょっと不潔だけど人間のぬくもりが感じられた。


「しかし、危なかったぜ。組織の連中がガーディアン連れて出てくるなんざ余程の事だ。あんたら一体何やらかしたんだよ。」


ジャネットと同じく傍らに置かれた黒いバッグに目をやる。 


「知らない方がいいんじゃない。あたしもよくわからないんだ。」


シンから矢継ぎ早に告げられた装置の持ち出しに尋常な事態ではないことを思い返す。


「そうそう。世の中には知らないこと、知らなくていいことが多いな。」


便利屋家業でいろいろ経験してきたであろうグレンは感慨深げにうなずいた。


「こっちの暮らしはどうだよ。シティーから見たら気楽なもんだろ。」


ビールを飲み干し傍らのプラスチックケースに差し込みながら首筋をもむ。


仕事も私生活もコムサットのコンピュータが管理。合理的で無駄が無い。


自分はその便利な生活に何の疑問も持たなかった。


ベースキャンプに着くまでに見た街と町の光景は、せせこましいセクター4のそれとは大きく異なっていた。


「不便そうだけど、なかなか面白いね。」


素直な感想を述べながら壁に目をやるとグレンとジャネット、黄色いパーカをはおった男の子が写った写真が目に入った。


「あの子、あなた達の子?」


もう一本ビールを空けながらグレンが少し寂しそうな顔で「いや。ちょっと複雑なんだ。」とぽつりと答えた。


「昔いた部隊で強襲した町があって、そこにいた子なんだ。親が。。。。。」


グレンが顔を背けながら切々と語った。


たちまち沈んだ空気をどうしたものかと悩みながらアキはかけてやる言葉が浮かばなかった。


 調度、その時、ジャネットがミルを連れて戻って来た。


クリクリとした瞳にマッシュルームカット。


手にはロボットのオモチャを持っている。


「新しいのを買ってもらったの。」


とアキに自慢してきた。


「ミルドレッドだよ。クロウラーの。」


シティーとダウンタウンを我が物顔で暴れ回る暴走族のボスの乗るロボットフィギュアを得意げに見せびらかす。


コムサットの反勢力クロウラーのリーダーだ。


「ババババーン。」


と音響効果を口ずさみながらオモチャをかかげる。 


「ねえねえ。僕のつくったロボットみたい?」 


アキの手を引っ張って、たちまちベースキャンプの奥へ奥へと連れ出した。 


「ジョーだよ。”マシンガンジョー”。」


ミルがジャンプしながら満面の笑顔で指差した先にシルクハットとロングコートに身を包んだロボットがマシンガンを両手に突っ立ていた。


一文字の赤いモノアイが暗がりで鈍く光る。


「僕がつくったんだよ!」


元気いっぱいにアキの手をひいてジョーのそばへと引っ張る。 


ブーンと低い機械音とともにアキの方へ顔を向ける。


ふいにホルスターから拳銃を取り出すとクルクルと廻して腰に戻してみせた。


「へへー。」


ミルが凄いでしょと言いたげな顔で「僕が動かして悪い奴を倒すことができるのさ。」と隅のコントローラーを見せてくれた。


と、ふいにキャンプ内の警告灯が点滅。


「アキ、ミル連れてこちらに戻って。アイツらが来た。」



今度はアキがミルの手を引いて外に出ると砂埃を上げながら5体のエクゾスーツが降下してきた。


5メートル大の巨体を地面に降ろすと頭部の赤いサーチレーザーを光らせて周囲を窺う。

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