第10話

「了解。見つけた。追跡する。」


降りしきる雨の中、スタンリー刑事は通話を切ると相棒のジリアン刑事の警察車に乗り込んだ。


「ここから2キロ先のカフェだ。」


「コーヒー奢れよ。あの店、モカうまいんだよな。」


聞き流しながらエンジンをかけるとそんな余裕はないだろうなとステアリングを握り返した。


Aクラス指名手配中の女暗殺者クレアをこれから捕らえに行く。


ネオンがにじむ歓楽街を走りながら背中に嫌な汗が流れるのを感じた。


ケチな窃盗犯でも横暴な暴走族でもなく相手はプロの殺し屋だ。


「おい。あれジミーじゃないか。」注意深いジリアンが目ざとく先を走るバイカーの背中を指差す。


絶え間ない暴走集団クロウラーとの抗争で彼の右腕はサイボーグになっていた。


公道を我が物顔で走り抜ける彼等に対する憎悪は計り知れない。


「クレアの方が最優先事項だ。今日はかまえない。」


ことあるごとに片っ端からスピード違反を検挙していくジリアンにいささか手を焼いていた。


信号待ちで停車させると調度、カフェからクレアが出て来るところだった。


このままでは雑踏の中に見過ごすことになる。


「車で先回りしてくれ。俺はここで降りて彼女を追う。」ガルウィングのドアを開けて雨の中へ。ソフト帽が傘がわりだ。


特殊車輌のみ許された特権でジリアンの乗る警察車がホバリングを開始。頭上を飛んで行く。


懐に入れたブラスターをたしかめるとコートの襟をたててクレアの尾行を開始した。


 白髪に白いロングコートをまとった女暗殺者はハイセンスファッションの街では地味だった。


するりと雑踏を抜け裏街道へ進む。


工事中のトンネルの中へと入って行った。


暗がりで奥まで見えない。


緊張した面持ちでスタンリーはブラスターを片手に先へ進む。


追跡を気づかれたか。


資材置き場づたいに身を潜めながら様子を伺う。


突如、ヘッドライトの強烈な光が飛び込んだ。


帽子を目深にかぶっていなかったら、その場にうずくまっていたことだろう。


バイクの低いエンジン音とともにクレアを後ろに乗せたジミーが暗がりから現れた。


ブラスターをかまえ行く手を阻む。


「止まれ。」


そんな制止を聞くはずも無く前輪を上げながらバイクを走らせるとこちらへ突進して来た。


まわりに積まれた爆発物に、ここで発砲しても無駄なことを悟ると横跳びでかわす。


ゴム資材にバウンドしながら振り返ると走り去るジミーの背後でクレアが不敵な笑みを浮かべていた。


「畜生。」


おそらくカフェを出たところで尾行に気づいていたのだ。


逃がし屋ジミーが関わるとは。


女暗殺者にプロドライバー、、、こいつは更に厄介なことになったジリアンは喜ぶだろうが。


危険物が放置された工事トンネルをゆっくりした足取りで出ながら上手いところに誘い込んだなと思った。ジリアンの乗る警察車が赤いランプをまわしながら降りて来る。


これから追いつけるか。


ガルウィングドアを開いて手をさしのべるジリアン。「追うぞ。」


獲物を狙う目でつぶやいた。

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