2.それは真実か、幻か

 ようやく気持ちが落ち着いたミーチャは、女子部屋の壁に額をくっ付けながら懺悔していた。


「あ、あたし……いくら何でも、取り乱しすぎにも程がありましたよね……。何ともお恥ずかしい……そして、レティシアとサーナリアにはとんだご迷惑を……! うぐぅ〜」


 これは落ち着いている……のかしら?

 まあそれでも泣き止んでくれたのだから、状況は良くなったのだと思いたい。


「良いのよ、ミーチャ。それだけ自分を心配して下さるお友達が居るというだけで、私はこの先も頑張っていけますから」

「そ、そうですかぁ……?」


 すると、困惑気味のサーナリアさんがおずおずと口を開く。


「ひ、ひとまず皆でお茶でもしませんか? 近くに美味しいパンケーキのお店があるそうなので……それにせっかくの南国ですし、レティシアさんの無事を祝って三人で行ってみるのはどうでしょう?」

「パン……ケーキ……パンケーキ、ですとぉぉ!?」

「ひぇぇっ!?」


 ミーチャはパンケーキという単語に敏感に反応し、持ち前の身体能力を発揮して、サーナリアさんの両手を俊速で握り締める。

 それに驚いたサーナリアさんが悲鳴を上げるも、驚かせた張本人は瞳を爛々と輝かせて興奮しているらしい。


「それは本当ですかっ、サーナリア!」

「は、はい……! に、兄様が……地元の方々からそこをお勧めされたそうで、女の子達で是非行ってみてはどうかと……」

「流石はケント先輩、ナイス情報収集力ですね! 期待の商会御曹司に感謝感激でございますともっ!」


 ミーチャの言う通り、地方での流行も調査するのは未来の商会を担うケントさんには重要な事だろう。

 私も一時期はミンクレール商会に身を置いていた者。市場調査の大切さは、私が担当していたドレス製作にも欠かせないものだ。

 ……まあ私の場合は、未来の流行を知っていたのが強みだったのですけれど。


「さあお二人共! いざパンケーキを求めて旅立とうではありませんかぁ!!」


 腰に手を当て、右手で天を指差し高らかに叫ぶミーチャ。

 ここは高級宿なのですから、あまり騒ぐのは宜しくないと思うのですが……今のミーチャを止められる自信がありませんわね。パンケーキの事で頭がいっぱいでしょうから。


 ──と、その時だった。


 ノックの音と共に、聞き慣れた落ち着く声。

 レオンハルトお兄様だ。


「レティ、少し話があるのだが……」


 顔を見合わせるミーチャとサーナリアさん。

 二人は一旦この場を私に任せる事にしたらしい。

 扉を開けると、そこに居たのはやはりお兄様。

 何かお話があるとの事だったので、一度男子部屋の方に来てくれないかと頼まれ、それを了承した。

 ごめんなさい、ミーチャ。パンケーキはまた後でになりますわね。





 男子部屋には、ウォルグさんとルークさん。

 それから、何故かリアンさんの姿まであるではないか。

 確かレオンハルトお兄様は、ウォルグさん達と今後の神器集めについての話し合いをしていたはず。そこに何故彼が……?

 私のその疑問の答えは、すぐにお兄様の口から明かされた。


「そのリアンという少年も、ガルフェリアに同行する事になった」

「えっ……リアンさんも? そ、それは……」


 言い淀む私に、壁に背を預けて立つウォルグさんが言う。


「リアンが偶然、例の件の話を聞いてしまったんだ。……大切な友達の為に戦いたい、とな」

「あ、改めて他の人に言われると恥ずかしいな……!」


 そんな話をウォルグさんから打ち明けられたリアンさんは、少し頬を染めて照れ臭そうに笑っていた。

 大切な友達の為……リアンさんが、そんな風に思ってくれたのね。


「……ありがとうございます、リアンさん。ですが、本当に良いんですの? これから私達がしようとしている事には、命の危険が伴いますが──」

「うん、だからこそだよ!」


 私の言葉を遮ったリアンさん。

 その澄んだ水色の目は真剣そのもので、生半可な覚悟で告げているものではない事がよく伝わってくる。


「レティシア達が勇者とか巫女とか、そういうのはあんまり気にしてない。ていうか、実感がわかないんだよな。オレはあくまでレティシアとウォルグ先輩、それにルーク先輩だけに任せて良い問題じゃないって思ったからさ」

「……それだけの理由で、貴方は恐ろしい魔王と立ち向かうと決めたのですか?」

「ああ、それだけだ! オレの友達や先輩が、オレの知らない所で危ない目に遭うのは嫌だから。そもそも、セイガフに通ってるのは冒険者になる為なんだよ? 危険に身を置く覚悟なら、とっくの昔に出来てるさ!」

「よく言った、リアン!」

「うわぁっ!?」


 眩しい笑顔で力説してくれたリアンさんの背中を、ルークさんがドーンと叩く。

 その衝撃にリアンさんが驚いていたけれど、普段から身体を鍛えている彼がよろめく事は無かった。

 私はふと、そんな彼の姿を見て思い返す。


 私がセイガフの入学試験でパートナーになったのは、元気で明るい赤髪の少年……リアンさんだった。

 彼は少々一人で突っ走ってしまう所があるけれど、恐れずに敵に立ち向かっていく姿勢は素晴らしいものだった。

 素早く立ち回り、双剣を操る腕前は素人のレベルを遥かに超えていて……日々修練を重ねているリアンさんは、当時よりも頼もしいクラスメイトになっている。


 ……彼がシャルヴレアの神器を得る資格のある勇士であれば、どれだけ心強い事だろうか。

 そんな事を思ってしまうのは、私の我儘に過ぎないかもしれないけれど……。

 それでも、リアンさんになら神器を託せると思うのだ。

 彼の勇気と優しさは、魔王に対抗する光になるはずだから──


 と、その時。

 私の目に、リアンさんを包む光のオーラのようなものが見えた。


「えっ……?」


 この光……勇者シーグが神殿を訪れた時に見たものと同じじゃ……!?

 そう思ったのも束の間、何かの見間違いかと瞬きをした途端、その光のオーラは跡形も無く消えてしまっていた。


「どうした、レティ?」

「いえ、その……今、何か見えたような気がして……」


 ……もしかして、この身体でも『聖女の魔眼』を使えるのかしら。

 何らかの理由で一時的にその能力を取り戻したというのなら、今見えたあの光は……リアンさんが勇士の一人である事の証になる。

 どうにかしてもう一度魔眼を使えないかと目を凝らしてみたれど、何の反応も無い。


「……気のせい、だったのかしら」


 リアンさんが勇士だったら──私のそんな願いが見せた、都合の良い幻覚だったのだろうか。


 結局その謎は解けぬまま、明日の朝に私達はここを発つ事で話が纏まった。

 この後の自由時間はミーチャ達と例のパンケーキのお店に向かったのだけれど、味はよく覚えていない。

 今日だけで多くの出来事がありすぎた。

 それに……リアンさんのオーラの事もだ。

 気になる事や、不安な事。それらが頭の中で渦巻いて……心ここにあらずといった感じだった。

 せっかく誘ってくれた彼女達に申し訳が無い。

 お揃いで買った帽子も、結局私とウォルグさんと一緒に波に呑まれてしまったままだもの。


 ……一刻も早く、元通りの平和な日常を取り戻そう。

 そうすればきっと、私は今度こそ幸せな人生を送れるはずだから。

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