3.獣王国ガルフェリアにて

 翌朝、天気は快晴。

 アルマティアナの青空は、つい先日の嵐などまるで無かったかのように美しい。


 獣王国ガルフェリアに向かう日を迎えた私は、昨日の内に荷物を纏めておいた。

 ガルフェリアに行くのは、王の勅命を受けて動くお兄様とルークさん。そして、巫女と勇者の生まれ変わりである私とウォルグさん。

 それから、自ら志願して共に来てくれる事になったリアンさんを入れた、計五人になる。


 リアンさんは偶然お兄様達の話を扉越しに聞いてしまったらしく、私とウォルグさんの前世の事を知ってしまった。

 けれどもケントさん達にはまだ何も知らせていないから、私達がこれからガルフェリアへ向かう本当の理由を伝えてはいない。

 いずれ彼らにも折を見て説明するべきではあるのだろうけど、ひとまずは獣王国で保管して頂いている神器の回収を急ぎたい──というのが、レオンハルトお兄様の意見だった。

 七つの神器は、まだ手元に二つしか無い。

 いつ魔王の脅威に脅かされるか分からないこの現状では、ルディエル国王陛下の命令が優先されるのだ。




 私達を見送りに来て下さったケントさんやミーチャ、ウィリアムさんにサーナリアさんが、宿の前に集まってくれている。

 レオンハルトお兄様は、彼らに向けて少し眉を下げながら口を開いた。


「……すまないが、これからは別行動となる。お前達は休みを満喫してからセイガフの寮に戻ると良い」

「私達もなるべく早く学校に戻りますから、どうか心配はなさらないで下さいな」


 私とお兄様の言葉を受けて、ケントさんが小さく頷く。


「ああ。僕達はレティシアや皆の帰りを待っているよ。……急な事で驚いたけれど、ガルフェリア王がレオンハルト様やレティシア達をお呼びだというのなら、きっと何か重要なお話があるのだろう」


 言いながら、ケントさんは自然な足運びでウォルグさんの近くに歩み寄った。

 そうしてウォルグさんの耳元で、私達には聞こえないぐらいの小声で何かを囁く。

 それを言い終えたケントさんは、ウォルグさんの顔を見ながら小さく笑った。


「……頼んだよ、ウォルグ」

「……ああ、任せておけ」


 彼の言葉を受けたウォルグさんの横顔は、とても真剣で。

 どこか寂しさを漂わせるケントさんの笑顔に、チクリと胸が痛んだ。

 頭の良いケントさんの事だから、こちらが全ての事情を打ち明けずとも、事の大筋は察しているのだと思う。

 だって、いくら私やお兄様が公爵家の生まれだからといって、何の理由も無しに王族に呼び出されるはずがないもの。

 それも相手は他国の王なのだから、尚更何かを感じてしまうのだろう。


「……お引き止めしてしまって申し訳ございません、レオンハルト様。僕達も陰ながら、皆様の旅のご無事をお祈りしております」

「うむ、構わん。……それでは皆、準備は良いな?」


 お兄様がこちらに振り返り、私達は揃って頷いた。

 と同時に、お兄様が魔力を練り上げていくのを感じる。

 私達の足元に無詠唱で展開された魔法陣には、見覚えがある。これは以前レオンハルトお兄様が使っていた、転移魔法の魔法陣だ。

 ここアルマティアナからガルフェリアまでは距離があるうえに、ガルフェリアの王都があるのは更に奥地になる。

 今から王都に向かうとすれば、馬車や空船を使ってもそれのりの日数が掛かってしまう。

 けれども、レオンハルトお兄様の転移魔法で行けば、瞬く間にガルフェリアに到着する事が出来るのだ。

 ……ただし、これはお兄様だからこそ出来る荒技だったりするのよね。

 転移魔法自体が高等技術の結晶であり、並みの人間の魔力量では、超長距離の転移など出来るはずがないのだから。

 改めて思うと、私のお兄様ってとんでもない才能に恵まれているのね……。


 そうこうしている内に、魔法陣が完成した。


「それでは、ガルフェリアへ向かうぞ」


 その言葉を合図するように、ウィリアムさんが笑顔で手を振った。


「気を付けて行って来いよ、レティシア! リアンは向こうの王様に失礼な事しねぇようにな!」

「そ、それぐらい分かってるよ〜!」


 ぷりぷりと怒るリアンさんのリアクションにクスッと笑みを零して、ミーチャとサーナリアさんが続いて言う。


「あたし達の方で宿題のレポートは纏めておきますから、レティシアや先輩達は心置きなくガルフェリアに行って来て下さい!」

「その代わりと言っては何ですが……ガルフェリアがどんな所だったのか、帰って来たら色々とお話しして下さいね?」

「ええ、勿論ですわ!」


 皆の温かい笑顔に見送られ、遂に魔法陣が発動する。

 視界が眩い光に包まれていって……全てが光に覆われる直前、ケントさんの顔が目に入った。

 彼は声を出さず、けれどもその唇は何かを紡いで──





 ……次の瞬間、光が消えると同時に景色が移り変わっていた。

 どこか乾燥した空気と、まばらに生えた背の低い木々。

 どこまでも続いているかのような雄大な見下ろせる丘に立っていた私達の眼下には、鋼鉄の高い外壁に囲まれた街が見える。

 ケントさんは、最後に私に何を伝えようとしていたのかしら……?

 首を捻る私の横で、リアンさんが突然切り替わった景色にキョロキョロと辺りを見回していた。


「こ、ここってもうガルフェリアなんですか!?」

「そうだ。あそこに見えるのは、ガルフェリアの王都に最も近い街……エバンだ。そこで俺達の迎えの者が待機している予定になっている」


 早速向かうぞ、と言って歩き始めたお兄様。

 どうやら直接王都に転移するのではなく、あの街から迎えの馬車に乗って王城へ向かうらしい。

 私達もお兄様に続いて丘を下っていきながら、何故ここに転移したのかを説明された。


 どうやらお兄様の話では、この国でも『ガリメヤの星』が悪事を働いているらしい。突然私達がお城に転移すると、兵士の方々に敵襲だと勘違いされる危険があるのだという。

 ガルフェリアは獣王国というだけあって、動物の身体的特徴を持った種族の人々──獣人が多く暮らす土地。

 彼らの中には血気盛んな者も多く居て、困った事があればひとまず暴力で解決しようとする方が居るのだとか。

 王国兵団にはそういった力自慢の人々が集まっているので、運が悪ければ転移で向かった私達が敵襲として認識されてしまう恐れがあるそうだ。

 それを避けるべく、まずは人気の無い場所に転移して、馬車で王都に向かうよう勧められたのだという。


「はぁ〜……脳筋ばっかりが身内に居ると大変なんだねぇ」


 その話を聞いたルークさんが、心の底から面倒臭そうに感じているであろう苦笑を浮かべた。


「ボクも昔は配下の吸血鬼達を指揮してたけど、種族によってこうまで性格が変わるものなんだねー。流石のボクでも、そんな暴れ馬みたいな連中を纏めるのは骨が折れそうだよ〜」

「吸血鬼の方々は、落ち着いた性格の方が多いんですの?」

「落ち着いた……っていうよりは、陰気な子が多かったかなぁ? 良くも悪くも、思い込みが激しいっていうか……。まあ、そんな子達だったからこそ魔王の支配を当然のものとして受け入れて、何の疑問も持たずにボクから離れていったんだろうけど」

「そう……だったのですね」


 反逆の吸血鬼と呼ばれたルークさんは、一族を裏切ってまで魔王に立ち向かった……巫女エルーレの味方だった。

 そんな彼は今でも巫女の──その転生者である私の味方になってくれている。

 きっと彼が裏切った一族の中には、ルークさんの大切な人だって居たはずだ。それらを全て投げ捨ててまで、彼は……。


「まあ、もう過ぎた事だから特に気にしてないんだけどね! ほらほら、早く街に行こうよ〜。レオン達に置いて行かれちゃうよ!」

「は、はい……!」


 ルークさんが言った通り、私達がこうして話している内にお兄様達は少し先の方を歩いているのが見えた。

 私は小走りで走り出したルークさんに続き、皆を追って丘を駆け下りていった。





 丘を降りた先には、金属の壁で覆われた街。

 そして、街に続く門の横に馬車……ではなく、馬の代わりに飛竜が繋がられた竜車が停まっていた。

 竜車の横に人影があり、その人物は私達が近付いて来たのを見て、綺麗な礼をして出迎えてくれた。

 赤と黒の二色の鎧を身に付け、鷹の頭をした鋭い目付きの獣人──確か鳥の姿をした者は、獣人の中でも鳥族と呼ばれる亜人種だったはずだ。

 彼がガルフェリア王が寄越した迎えの人物なのだろうか。

 すると、鳥族の男性が口を開いた。


「お久し振りにお目に掛かります、レオンハルト殿。しばらく見ない内に、随分とご立派になられて……」

「ああ、久し振りだなホーキンス。お前も元気そうで何よりだ」


 ホーキンスと呼ばれた男性は、お兄様の隣に立つ私に目を向ける。

 鷹の獣人だから仕方が無いのだけれど、あの目で見詰められると少し萎縮してしまうわね。視線に迫力があるというか、圧があるというか……。


「……もしや、そちらの姫君がレティシア様で?」

「うむ。俺の自慢の、よく出来た妹だ。レティ、この者はガルフェリア兵団を束ねるホーキンスという男だ。俺が以前この国に来た当時は、まだ団長を任されてすぐの頃だったか……」

「お初にお目に掛かります、レティシア様。レオンハルト殿にご紹介に預かりました、ガルフェリア兵団長のギル・ホーキンスと申します。以後、お見知り置きを」

「初めまして、ホーキンス様。レティシア・アルドゴールと申します。こちらこそ、どうぞ宜しくお願い致しますわ」

「いやはや……レティシア様は、レオンハルト殿の仰っていた以上の麗しい姫君であらせられますな」

「ふふっ、お褒め頂きありがとうございます」


 ……ふむ。

 少し話してみただけですけれど、怖いのは顔だけだったようですわね。

 お兄様とも親しいようですし、私もこの方だったら安心してお城までご一緒出来そうですわ。


「レオンハルト殿、そちらの方々もご一緒されるのですか?」

「ああ、今回の件も事情は把握している。左から順にルーク、ウォルグ、リアンという者だ」

「ルーク殿、ウォルグ殿、そしてリアン殿ですね。改めてまして、どうぞ宜しくお願い致します。それでは早速ですが、こちらの竜車で城までご案内させて頂きます」


 そうして私達はホーキンス様に促され、竜車に乗り込んだ。

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