第8章 ななつ星を探して
1.友達の為に
「つまり……お前達は巫女と勇者の生まれ変わりで、女神の言葉に従って神殿で神器を手に入れた……という訳か」
「はい。今お話しした事は、全て事実です」
それからすぐに、レオンハルトお兄様にこれまでの経緯を説明した。
私とウォルグさんの前世の事。
女神シャルヴレアから運命を託された事。
そうして私達が再び手に入れた、女神の神器の事。
ただ、私の『レティシア』としての人生が二度目である事は話さなかった。
これはウォルグさんだけが知っていれば、それで良い。
女神の声を聞き届ける者として、神の都合によって時間を遡ったというのは……人によっては、他者の命を軽んじた行為に見えるだろう。
私は巫女だという理由だけで、人生をやり直す権利を与えられてしまったのだから。
だからこれは、私とウォルグさんだけの胸に留めておくのだ。
私の話を聞いたお兄様は、予想以上に早く状況を理解して下さった。
「……現にお前達が神器を手にしている以上、この話は紛れも無い事実なのだろう。神器は資格無き者は触れられぬ、選ばれし者だけが操る事の出来る武器。そして何より……」
と、お兄様は神殿の方に顔を向けながら言う。
「このような孤島にお前達が流れ着いたのは、他ならぬ女神の采配によるものであろう。常識的に考えて、高波に攫われて運良く助かるなど、そうそうあり得ん」
「それも、二人揃ってですものね……」
すると視線を戻したお兄様は、私とウォルグさんを見て顎に手を当てた。
何か考えるように目を細めているお兄様に、ウォルグさんが口を開いた。
「……何か気になる事でもあるのか?」
「いやな。レティの水着姿がよく似合うのは良いとして、同じく水着を着た男と孤島で二人きりというのは……何かあるのではないかと思ってな」
「なっ、何を突然言い出すのですかお兄様!?」
頬が熱を持つのを感じながら、私はお兄様の腕を掴んで顔を見上げる。
お兄様はそんな必死な態度を取る私に全てを察してしまったようで、嬉しいような悲しいような……複雑な表情を浮かべて私を見た。
「お前がセグウェール王子からの花乙女の誘いを断り家を出てから、いつの日かお前に相応しい伴侶を見付けられるよう願ってきたが……うむ。勇者の転生者が相手であれば、俺も納得せざるを得まいな……」
「わ、私とウォルグさんがお兄様公認の仲に……!? 察しが良すぎて話がトントン拍子にも限度があると言いますか……。ま、まあこれはこれで最良の結果なのかしら……!」
「……間違い無くレティシアの兄貴だな。全く同じタイプの人間だ」
羞恥に悶える私と、私とは別の意味で悶えているお兄様。
そんな私達兄妹を眺めているウォルグさんが何か呟いていたようだけれど、私にはあまりよく聞こえなかった。
どうにか気持ちが落ち着いたところで、レオンハルトお兄様は私達を連れて、宿屋まで転移魔法を使って移動させて下さった。
孤島から景色が移り変わり、気が付けば私達が宿泊している宿屋の前に立っていた。
宿屋の前には、ケントさんやミーチャ達が集まっている。
彼らは私達が転移魔法で姿を現したのを見て、目を見開いていた。
「れ、レティシア〜っ!」
しゃがみこんでいたミーチャが、私を見るや否や泣きながら抱き着いて来る。
急な事だったから驚いてしまったけれど、私はそんなミーチャの腕を受け入れて、こちらからも彼女の背中に腕を回した。
「心配してたんですよっ、レティシア! ウォルグ先輩まで波に呑まれちゃって、このまま二人共帰って来なかったらどうしようって……うわぁぁぁぁん! 生きてて良かったぁぁああぁっ!!」
「私もミーチャや皆様の元へ戻って来られて、本当に良かったですわ。……心配を掛けてしまって、ごめんなさい」
「もうっ、もうあんな危ない事しないで下さいよぉぉ! あたし、本当にレティシアが死んじゃうんじゃないかって……!!」
大声で泣き続けるミーチャに、私も思わず涙が込み上げて……。
こんな風に、本気で自分の身を案じてくれる友人が居る事が、心の底から嬉しいのだ。
……と同時に、彼女の願いに応えられないであろう申し訳無さが胸を締め付ける。
私とウォルグさんは、残る五人の勇士を集めて魔王と戦わなければならない。
だから……私はまた、彼女を不安にさせてしまうだろう。
その事実をそっと自分の中に閉じ込めて──それからしばらくの間、ミーチャが泣き止むまで彼女の背中を撫で続けるのだった。
******
レティシアとミーチャは、ケントの妹が宿の女子部屋へ連れて行った。
ミーチャの気が済むまでレティシアの側に居させてやるのと、レティシア自身も疲れているだろうから、しばらく部屋で休ませておく為だ。
俺はレティシアの兄貴に言われて、ルークと一緒に男子部屋に集合している。
その間、ケントとリアンとウィリアムには外で待っていてもらう事になった。
どうやらレティシアの兄貴……レオンハルトは、この後レティシアとルークを連れて獣王国ガルフェリアに向かう予定だったらしい。
それも神器探しの為だったらしく、勇者の転生者だと判明した俺もその一員に加わる事になるという。
レオンハルトは室内のソファに腰を下ろし、俺は壁に背中を預け、ルークはベッドに寝そべりながら話を聞いていた。
「……って事は、この後ケント達と解散したら鉄仮面も一緒に来るのかぁ。ふーん……まさかキミがあの勇者だったとはねぇ」
言いながらこちらに目を向けてくるルークの視線が、ハッキリ言って不愉快でしかない。
だが、ここで言い争うのも不毛に過ぎる。
俺は仕方無く溜息を吐き出してから、あいつに言葉を返した。
「……直接関わりがあった訳じゃないが、お前の話は人づてに聞いた覚えがある。吸血鬼一族の中でも屈指の実力を誇る男が、魔王に反旗を翻した……と。その吸血鬼が、転生した未来で同じ学校に通っているとはな」
すると、ルークは憎たらしい笑みを浮かべる。
「ある意味運命だったって事なんじゃない? 勇者もボクも魔王と戦ってたんだし、ウォルグとしてのキミとも一緒に戦う運命なんだよ! ……多分ね」
うつ伏せになりながら、脚をパタパタと交互に動かすルーク。
あいつがどこまで本気でそんな発言をしているのか、俺には分からないし、分かってやる義理も無い。
レオンハルトは少しの沈黙の後、話を本題に戻した。
「……獣王国には既に連絡をしているのだが、王家から神器を一つ所有しているとの返答があった。世界の危機とあらば国宝を差し出す覚悟だ──とも書状に記されていた」
「神器を受け取った所で、それを扱う勇士が居なければ話にならないぞ。その問題はどうするつもりなんだ?」
「俺の一番目の妹の占いはよく当たるのだが……」
一番目の妹……とは、レティシアの事ではないだろう。
仮にレティシアだとすれば、こんな遠回しな言い方をする必要も無い。
「『捜し人はすぐ側に』……との結果だったらしい。そこまで焦る必要は無い、との事だ」
「レオンの妹って……レティシアのお姉さんって事?」
「ああ。レオノーラという、よく出来た妹だ。レティも慕っている良き姉だ。彼奴の占いは信用に値すると断言しよう」
国王の勅命で動くレオンハルトがここまで言うのであれば、そのレオノーラという女の占いには従うべきなのかもしれない。
「……その占いを信じるなら、五人の勇士は俺達の身近に居るという事になる。俺達の交友関係か……もしくは、セイガフの全生徒の中に該当者が居るのか?」
「可能性としては充分にあるだろうな」
「もしかしたら、ボクがその中の一人だったりしてね!」
ルークが楽しそうに笑っているのを、俺とレオンハルトが温度の低い目で見詰めていた──その瞬間。
扉がゆっくりと開かれ、廊下の方からその人物が神妙な面持ちで現れた。
「お前、どうしてここに……」
俺がそう問うと、そいつは緊張した様子でこう言った。
「あの……お、オレもガルフェリアに連れて行って下さい!」
「キミが一緒に来たとして、何になるっていうの? リアン」
そう……この場に姿を現したのは、赤髪の少年──リアンだったのだ。
リアンは、ルークの刺々しい言葉に肩を震わせる。
けれどもリアンは己を奮い立たせ、強く真っ直ぐな瞳で俺達に告げた。
「お、オレのご先祖様は、ガルフェリア人だったらしいんです! さっき言ってましたよね。その……神器? っていうのを使える人が、もしかしたら近くに居るかもしれないって!」
「それが自分だと言うのか、少年よ」
「それは……」
レオンハルトからの問い掛けに、リアンは少しだけ勢いを削がれて俯いた。
だが、すぐに顔を上げてレオンハルトに言う。
「それはまだ分からないけど、試してみないと分からないじゃないですか! ……部屋に忘れ物を取りに来ただけだったんだけど、色々と難しい話をしてるのを聞いちゃって……。それで、レティシアやウォルグ先輩が魔王っていうのと戦わなくちゃいけないって知って……オレにも何か出来ないかなって思ったんです」
「リアン……お前……」
余計な心配を掛けないように、ケントやリアン達にはこの件について黙っておくつもりだった。
それはレティシアも望んでいないだろうし、そこから混乱が生まれるのも良くないからだ。
だが、悪気が無かったにしろリアンに神器や巫女の話を聞かれてしまった。それを防ぐ為に人払いをしていたんだが……もう遅い。
俺は壁から離れ、リアンの前に立つ。
リアンは何事かと困惑している様子だったが、構わず話を続けた。
「……お前に神器が扱えるとは限らないが、それでも付いて来る覚悟はあるのか?」
「覚悟……ですか?」
「ああ。仮にお前が勇士の一人だったとして、無事に神器を手にしたとしよう。その後、お前は俺とレティシアと共に魔王と戦う覚悟はあるか?」
前世の俺達は、死力を尽くして魔王と戦ったが敵わなかった。
魔王軍との戦いでどれだけの血が流れたか……当時を知る俺やレティシア、ルーク以外には分かるまい。
近い将来、魔族大陸の封印が解けたその時。
女神の神器を持つ俺達は、その大いなる脅威と戦い、勝利せねばならない。
その戦いに……リアンが身を投じる覚悟があるのかを、勇者である俺が確かめる。
俺に見下ろされるリアンは、ぐっと唇を噛み締めて……口を開いた。
「……覚悟は、出来てます。そうでなくちゃ、先輩達の話に首を突っ込もうなんて思いません」
「その言葉、信じて良いんだな……?」
「はい! オレは……大切な友達の為に、戦いたいんです!!」
「……うむ。その覚悟、受け取った」
俺の背後──ソファに座るレオンハルトの一声により、リアンの同行が決定した。
ソファから立ち上がったレオンハルトは、俺とリアンの前にやって来た。
「リアンと言ったな。お前が同行するのであれば、俺の口からレティにその旨を伝えてこよう」
そう言って、レオンハルトは道を開けた俺達の前から姿を消したのだった。
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