6.巫女と勇者の神器

「さ、最後の一つは……!? 七つ目の神器はどこにあるのですか!?」

「……もう、魔力を感じない。女神は既に地上を離れてしまったんだろう」

「そんな……」


 女神シャルヴレアは最後の神器の場所を告げるよりも早く、私達の前から姿を消してしまった。

 私はそのショックに足元から崩れ落ち、地面に両膝をついて俯いた。

 あの穏やかで大きな魔力は、その残滓すら残さずに泉から離れていって……もう何の痕跡も辿れない。

 シャルヴレアのななつ星──女神の遺した最後の希望を揃えられなければ、魔王討伐は果たせないというのに……!

 項垂れる私に、ウォルグさんが屈んでそっと肩を抱いて言う。


「……ひとまず、俺達の神器を回収しに行くぞ。ここで落ち込んでいても何も始まらない。俺達は……シーグとエルーレだった俺達は、今度こそこの人生で魔王との因縁を断ち切る為に転生までしたんだからな」

「魔王との、因縁を……」


 彼のその言葉に、私の前世での──エルーレが遂げた悲痛な最期の光景が鮮明に蘇る。


 ああ……忘れられるはずがないわ。

 世界の全てを力と闇で覆わんとした、あらゆる魔族の頂点に君臨する王。

 勇者シーグの槍術でも、巫女エルーレの浄化の力ですら敵わなかった暗黒の大王。

 それこそが、魔王ディルミアードが人類の脅威たる所以であったのだ。


「……そうですわよね。私達の手で、今回こそは魔王ディルミアードを討ち滅ぼさなければなりません」


 ウォルグさんの腕で私の身体を引き起こし、立ち上がる。

 自然と互いの視線が交わり、その瞳の奥にあの日の面影を見たような気がして……ズキリと胸が痛んだ。


「私は……エルーレは自らの命を捧げる事で、魔族大陸ごと魔王を封印しました」

「残された勇者シーグは……最愛の女を犠牲に得た束の間の平穏に心を病み、人知れず自らの命を絶った。そんな馬鹿な出来事は──」

「ええ……もう二度と、あのような思いを味わいたくなどありません」


 私とウォルグさん……前世の巫女と勇者も、互いを慕い合う恋人同士だった。

 だからこそ、私達がこうして再び惹かれ合ったのも女神シャルヴレアのお導きだったのだと思う。

 昔の自分の事ではあるけれど、愛し合い同じ未来を夢見ていた恋人達が引き裂かれるなど──そんな事をこの人生でも繰り返すだなんて、真っ平ごめんですもの。


 けれども、私に宿るこの魂はレティシア・アルドゴールのものである。

 私は、巫女エルーレの記憶と意志を引き継ぐ者として。

 そしてウォルグさんは、勇者シーグの記憶と後悔を受け継いだ者として、再び魔王に立ち向かうのだ。





 エルーレの記憶が蘇った私にとって、この孤島は自分の庭も同然だった。

 シャルヴレアによって転移されてしまったとはいえ、元居た女神神殿跡に戻って来るのは容易な事。


「私達の神器があるのは、きっと神殿内で最も護りの堅い地下でしょう。そこまでの通路が今も無事かは分かりませんが、ひとまず私がそこまでご案内させて頂きますわね」

「ああ、頼む。……万が一道が塞がれていたとしても、強行突破すれば問題無いだろう」

「それもそうですわね。今となっては、この神殿もただの廃墟……。歴史の片隅に追いやられた、過去の遺物ですから」


 荒れ果ててしまった場所と言えども、ここはエルーレとして生活をしていた我が家なのだ。

 どこをどう進めばどの部屋に行き着くかなど、今のこの世界において、私以上に詳しい者など存在しないのだから。



 神殿の外観からある程度の劣化は予想していたものの、幸運にも私達の行く手を阻む障害物は特に無かった。

 天井の一部でも崩落しているかと思っていたけれど、中は私の記憶に残る思い出の場所とほとんど変わらない。

 ……エルーレだった私が、巫女になる為に無理矢理連れて来られた島。

 私によく小言を言っていた護衛騎士の顔を思い出し、やはりそれは先日夢に見た、島の海辺を散歩しようとしていた日に関する彼と同じ顔で。

 複雑な思いが入り混じるけれど、この孤島に暮らしていた人々は皆優しかったのだ。

 そんな彼らに大切に育てられて……勇者シーグと巡り合い、恋に落ち……命を散らしたエルーレ。

 今思い出してみても、後悔や悲しみが溢れ出しそうになる。

 だけどそれは、『今』を生きる私のものではないのだ。

 彼女エルーレがやり残した最後の役目を、私が果たす。

 そうすればきっと、孤島の巫女として生きた少女の人生に、きちんと幕を下ろせるはずなのだから。


「この扉の先が祈りの間ですわ」


 神殿の奥へと続く通路を歩き、地下階段を下った先。

 そこには当時のように固く閉ざされた、石造りの重い扉が待ち構えていた。


「ここより先は、歴代の巫女様達が数千年の時に渡って祈りを捧げてきた神聖な場。本来であれば、巫女以外が立ち入る事は許されないのですけれど……」

「エルーレの転生者であるお前は許されるとして、俺が行かなければ話にならないだろう」


 ウォルグさんの言う通り、この先にあるであろう神器を回収するには、その持ち主である彼の同行が必須である。

 神器とは誰もが操れるような代物ではなく、それぞれの神器に相応しい魂を持つ者だけが触れられる武器なのだ。

 私は歴代の巫女が受け継いでいた『女神の長杖』にしか適性が無いはずなので、勇者シーグが所有していた『女神の長槍』に指先で触れる事すら出来ない。

 たった一度でも適性の無い神器に触れた者は、神器に拒絶された反動で、体内の魔力をごっそりと奪われてしまうよだ。

 過度な魔力消費は命の危険に直結する。

 なので巫女エルーレは、勇者の資格を持つ者を自らの眼──『聖女の魔眼』で見抜いたのだ。

 ……まあ、それが今の私に使えるかどうかはまた別の話になるのだけれど。


 二人で扉を押し開けると、見慣れた部屋が視界に飛び込んで来る。

 祈りの間は学校の教室程度の大きさで、扉の真向かいにシャルヴレアを模した女神像が安置されている。

 柔らかな笑みを浮かべる像の前には、エルーレの無事の帰還を願っていたであろう神官達が用意したのであろう台座が設置され、その上に二つの神器が並んで保管されていた。


 ……エルーレとしての帰還は、残念ながら叶わなかった。

 けれどその転生者として、私は心の中でそっと「ただいま戻りました」と呟いた。

 彼らの期待や願いを裏切ってしまった罪は、私もエルーレと共に背負っていかなければいけない。


 私は女神像の前に跪き、前世の頃と同じ祝詞を唱えて立ち上がる。


「……女神シャルヴレアより託されし使命を果たしましょう。長き時を経て、星の一つは再び私の元へ……!」


 そっと長杖に手を伸ばすと、神器は私を主人と認めて淡い光を放ち始めた。

 私の言葉に頷き、ウォルグさんも続いて槍に触れる。


「同じ過ちは繰り返さない。必ずやこの手で魔王の息の根を止め、レティシアと共に天寿を全うする為に……!」


 すると、ウォルグさんの神器も輝き──当時と全く同じ、磨き抜かれた金属の光沢を放つ。


 杖は私の身長と変わらないぐらいの長さがあり、先端には円形の大きな飾り石が付いている。

 黄金と純白に彩られたそのデザインはウォルグさんの槍にも共通しており、正しく女神シャルヴレアの姿を彷彿とさせる神秘性と美麗さに満ち溢れていた。

 あの頃は女神様のお声は聴こえていたものの、その姿までは目にした事が無かった。

 ……つまりは、神が直接姿を見せて鼓舞しなければならない程、状況が悪化しているという事なのだろう。


 私は前世で最期を共にした神器をそっと胸に抱き、きゅっと目を閉じる。

 女神より新たに託された使命。

 残る五つの神器と、それを担う五人の勇士を集める事。

 それを果たせるのは……『聖女の魔眼』を有する巫女の能力が必須だろう。


 今の私にも、あの魔眼を操れるのだろうか……?


「……レティシア」


 ウォルグさんの呼び掛けに、ハッと目を開ける。

 彼は私を真っ直ぐに見詰めていたかと思うと、槍を持たない方の手で私をその胸へと抱き寄せた。


「ウォルグさん……?」


 表情が見えないけれど、次に彼の口から出た言葉が全てを物語っていた。


「……残された時間は限られているが、俺はどこまでも……いつまでもお前の隣に居ると、女神シャルヴレアに誓おう。今の俺は……ウォルグ・ゼナートというハーフエルフは、愛する女を置いて死ぬような大馬鹿じゃないからな」

「……っ! 私だって同じです! 私は貴方を置いて逝きません。この命が尽きる最期の瞬間まで──レティシアは貴方だけのものなのですから……!!」


 二人の恋は、この愛は、誰にだって邪魔させない。

 例え相手が巫女と勇者ですら敵わなかった魔王であろうとも、私とウォルグさん……そして、五人の勇士の力を合わせれば……きっと──!



 しかしその瞬間、私達のすぐ近くに大きな魔力の揺れを察知した。

 ウォルグさんは瞬時に神器の槍を構えて私の前に立ち、謎の魔力源に対して戦闘態勢に入る。

 けれども私は、その魔力に覚えがあった。

 この魔力は私達の敵などではない。何故なら──


「おい、レティ! 何故このような離れ小島に居るのだ! 怪我は無いか……!?」


 歪む空間から姿を現したのは、銀糸の髪にアメジスト色の瞳を持つ美青年。

 私と同じ特徴を持つその男性といえば、この世に一人しか居ない。


「レオンハルトお兄様、私は至って健康ですわ。勿論、こちらにいらっしゃるパートナーのウォルグさんも無事ですわよ」

「おにい、さま……だと……?」


 槍を構えたまま呆然とするウォルグさんに、お兄様が答える。


「うむ。如何にも俺はレティの兄、アルドゴール公爵家の次期当主……レオンハルト・アルドゴールだが?」

「レティシアの兄貴が、どうしてこんな場所に……」


 困惑しながらも槍を収めたウォルグさんを見て、お兄様は私と彼を交互に観察して言う。


「予定よりも早くルークとの合流地点であるアルマティアナの宿に到着したところ、彼奴からレティと男子生徒が波に攫われたと聞いたのだ。それから間も無くレティの魔力を探り、こうしてこの場に転移してきたのだが……」


 言葉を途切れさせたお兄様の視線は、私達の手にある神器へと注がれていた。

 お兄様は眉間に皺を寄せて、どうしたものかといった表情を浮かべている。


「お前達が手にしている武器なのだが……その意匠と魔力には覚えがあるぞ。俺の記憶が正しければ、それはルディエル城の宝物庫にて陛下にお見せ頂いたシャルヴレアのななつ星に酷似しているのだが……どうやってそれを入手した?」


 私とウォルグさんは顔を見合わせ、再びお兄様に視線を戻す。

 長い話になってしまうだろうけれど、レオンハルトお兄様だってこれからルークさんと一緒に獣王国へ神器を探しに行かねばならない身なのだ。


「経緯はきちんと説明させて頂きますわ。ただ、その……」

「何だ、言ってみるが良い」

「ええと……少々スケールの大きなお話ですので、愛する妹の言葉を信じて受け止めて頂けますか……?」

「当然であろう。お前の言葉を信じぬような愚かな兄ではない」


 私が上目遣いでそう問えば、お兄様はそう即答した。

 ならば、私も覚悟を決めて真実を打ち明けるまでですわ!

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