3話「喫茶と私③」
「ふー、ごちそーさま。」
「はぁ、食ったー。ご馳走様」
外にはクローズの看板が出され、この喫茶店には私たちしかいない。四人だけだとこの広い空間を持て余してしまって、なんだかそわそわと落ち着かなくなる気もする。
出前でピザやポテトを頼み、それをお腹いっぱい食べて満足した所だ。横では朝海がにこにことしながら携帯を触っている。さっきの写真なのだろうか、あまりその話には触れたくない。
正面の席では萌佳と夕維が残ったポテトをさらえようと、腹式呼吸をしながら必死になっている。私の胃にはもう隙間が無いので、携帯を眺めながら二人の健闘を祈ることしかできない。
ロースト・ミュージック・カフェ。ネットでは有名なSNSの一つで、誰でも音楽をアップロードし合えるのが特徴である。
そんなRMCは元々PCを使わなければ利用できなかったが、一年ほど前にアプリ版が配信されており、現在では携帯でもメッセージの確認や音楽の再生を行うことが出来るようになった。
私はホーム画面の一番タッチしやすい場所に配置されたそのアプリを開く。するとRMC内で仲の良い「クマグミ」さんと「ホシノコロナ」さんから私、「くろまめ」宛てにメッセージが来ていた。
ホシノさんからは私が数日前に新しく投稿した曲の感想、クマグミさんからも同じく感想とさらにもう一つ。
クマグミ[エプロン姿の女の子って可愛いですよね。くろまめさんもそう思いません?]
「……はぁ」
その一言で一時間ほど前のやり取りを思い出してしまう。関係の無いクマグミさんから、何故私の心を突き刺す言葉が的確に放たれるのか。私はそうですね、と感情を殺した冷たい返事を返す。
「食べたー! もう、だめだ……」
「ごちそうさまでしたー。今日は食べすぎたわぁ」
視線を手元から上げる。たくさんのピザと山のようなポテトは全て消え、無理やり胃の中に押し込められたようだ。学校での昼食でも思っていたが、萌佳は大食漢だ。今日は大活躍である。
私は少食だし、どうやら朝海もそこまで食べないらしい。だとすると注文時のあの量は、かなりのキャパオーバーであったといえる。
しばらくの間、何も話さずに胃をなだめる時間がゆっくりと過ぎる。相変わらず店内には夏の陽を受ける青々と光る木々みたくやさしい音が満たし、時々混ざるサックスの音色が私たちを茶化してくる。
その沈黙を父が破った。裏口を開け、直方体の箱を手に持って。
「ケーキあるんだけど、どうだ?」
四人は嬉しくも悲しい、なんとも言えない表情になる。
「まあケーキは別腹だよねー!」
「全然食べれそうやなぁ」
それぞれの前に並べられたショートケーキと白いコーヒーカップ。そのシンプルなカップの中身はうち三つが黒色、一つは灰色である。
「にしてもユイ、お前コーヒー飲めないなんてお子ちゃまだなー? 見た目も子供っぽいもんなー」
こうして私たちが揃ってからまだ四日しか経っていないが、朝海はよく夕維にちょっかいを出される。いつもの仕返しだと言わんばかりに、朝海はしたり顔で夕維を挑発した。
「べ、別にいいんですー! 子供ですよーだ! ともちが大人びてても別に羨ましくないもんねー!」
頬を膨らませて分かりやすく拗ね、ケーキを口に運ぶ。それを味わうと、一瞬で機嫌が直って美味しそうな顔になる。よく言えば純粋、悪く言えば単純な性格だ。
「私はコーヒーよく飲むけど、大人っぽい?」
私の何気ない問いかけに反応して三人の視線が向けられた。
「サクヤはなんていうか、低血圧の大人って感じだよな」
「あー確かに! いっつも眠そーだもん!」
「せやなぁ。あ、あと天然か時とかあるやんね」
余計な質問しなければよかった。夕維と入れ替わりで私の口がとがる。そのままカップを口に運び、そこで一つの疑問が浮かんだ。
「思ったんだけど、なんでわざわざこんな所で打ち上げってなったんだっけ」
私はこの二日間、父との契約でとても苦労した。しかし四人であれば店一つ借りなくたって、カラオケでもファミレスでも、いくらでも場所があるのではないか。そういった疑問が突然わいてきたのである。
「私が言い出したんだっけー! あー、なんていうかさ。特別な日にしたくて、かな?」
夕維は小さな声になりながらそう言い、嬉しそうな顔でちぢこまる。
特別な日、か。
このバンドは偶然の重ね合わせ、運命的に出来た。私はそう思う。
あの行動、あの話、あの時間。何か一つ欠けていれば今は無いかもしれない。
「確かに、特別な日になったわ。うちにとってもな」
萌佳がこちらを見て優しく微笑んだ。私もそれにつられる。
「特別な日、か。」
それを噛み締めるように朝海が復唱する。
しばらくピアノの音が川を流れる木の葉のように、穏やかな私たちの周りをたゆたう。
「あの、さ。」
下を向く咲耶の小さな呟きに三人が反応した。
「私、ずっと音楽に憧れてて、ずっと好きでさ。触れてるだけで幸せで、それでいいやって思ってたんだけど」
私は、音楽が好きだ。今まで一人でやってきたけど、その気待ちは誰にだって負けない。
目を開き、皆を見る。
「この四人なら何だってできる気がしてさ。今、これからどうなって行くのか、ワクワクしてんだよね」
全方位に見える地平線。どんな世界が広がるのか、どんな音楽が聴こえるのか、早く走り出してこの目で見てみたい。胸が踊って、足がうずく。
「アタシもさ……同じ事、思ってた。文化祭のあの時、アタシ達の音楽を聞いた時にな? このためにドラムをしてたんだって、本気でそう思ったんだ」
肩を小さくし、恥ずかしそうにしながら朝海の口から言葉が漏れた。同じ事を……そうだ、私もこのために今まで音楽をしてたんだ。
「私だけ初心者でさ、でも、皆と同じ音の中に居たいから。そのために頑張るからね!」
夕維は朝海とは対照的に体を前のめりにして握りこぶしをつくる。
彼女は楽器初心者だしテクニックだってまだ頼りない。しかし、技術だとかそんなものでは説明出来ない、この素敵な空気感には夕維の存在が必要不可欠なのだ。
「ユイちゃんの音はうちらに必要やと思うし、だから自信持ちや? まあせっかくこんな素敵な体験出来てるんやしうちも、うちにしか出来ん仕事しよ思う」
ほら、萌佳だって同じ事を思っていた。そんな彼女だってここになくてはならない存在。ずっと一緒に色んな音を作っていきたい。
「なんだ、みんな思ってる事一緒、か。」
私から力が抜けて、背中を木製の椅子に預ける。
「だな、なんか安心した」
「そっかぁー、いっしょかぁー」
「せやな、おんなじ事考えてた」
そう言って笑い合う。
祝福するような優しいギターのコードが私たちを包んでいた。
この一瞬を、どうかずっと包み続けていてほしい。
そうして私の、私たちの特別な日はゆっくりと過ぎていく。
――第二章 私と初めての太陽、音と糸――
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