17話「キャンプと私」
「ここまで遠出したんは久々やなぁ」
「私もだー! ともちはグミいるー?」
「ん、もらう」
早朝から私たち五人が電車に揺られ、既に1時間半ほどが経っている。車窓を走る街は朝日に照らされており、しだいに灰色が少なくなって緑が多くなってきた。この真っすぐ伸びる線路は静かな山奥へと続いているのだ。
それぞれ大きめのカバンを足元に置いて横一列に座っている。この車両には私たちだけしか居らず、ただリズミカルな車輪の音が心地よく響く。
「ともみ、交渉はどんな感じだったの?」
衣那が朝海に質問した。順番に思い出そうとしているのか、朝海はグミを噛みながら、天井から規則正しく垂れるつり革を見上げている。そして眉をしかめながら私たちに再び顔を向けた。
「あんまり詳しく話したくはないな。ただ、キャンプしたいって言っただけだ」
「その一言でキャンプ用品一式も場所も無料で貸し出しか。本当にお嬢様なんだね」
「あはは、ともちがお嬢様って、オモシロいよねー!」
うっせぇと朝海が不貞腐れて、新しいグミの袋を開け、一つを口に放り込んだ。また「どうぶつぐみぐみ」だ。よく飽きないなと思ってしまうほどの頻度で食べているのを見かける。
私たちはキャンプ場に向かっている。そこはもちろん朝海の父が働くグループの系列であり、その利用料金は彼女のおかげでほぼ無料となったのだ。
大きなテントなんかを借りるとかなり値段が張るものではあるが、私たちが支払うのは食材費だけとなった。朝海様様だ。
「それにしてもうち、初キャンプやわぁ。なんか緊張するなぁ」
「私も初めてだね。ともみんは何回かやったことあるんだっけ」
拗ねていた顔をこちらに向ける。そして話題が「お嬢様」から変わった事に安堵したのだろうか、普段通りの振る舞いへと戻った。
「小さい時に親に連れられてな。用具の使い方くらいなら分かるぞ」
「わー! ともちお嬢様、可愛いグミ食べてる!」
能天気な夕維の一言に、朝海の顔が再び曇る。
「このグミ硬くてな、ストレス発散にさ、丁度良いんだわ……」
彼女の手に握りしめられているクマの形をしたグミは、握力に屈して歪な形へとなっていた。
「ぎゃー! クマさんが悲惨な形にー!」
そして夕維はいつもに増して騒がしい。もしこの車両に私たち以外が居たのなら、間違いなく怒られていただろう。そうならなくてよかったと、がらんとした座席を眺めながら胸を撫で下ろした。
太陽をキラキラと反射する、生き生きとした芝生。ゆっくりと白の塊を流す、高い青空。八月中旬の現在はキャンプを楽しむ人が多く、広々とした平原の先にも私たち以外のテントが点々と設営されている。
芝生が一面に茂っているこの周りは森になっており、そこからはセミの大合唱が嫌でも耳に入ってくる。その森を数分歩くと川が流れる開けた場所があり、大きなテーブルや椅子、さらには水道も通っている。この辺りでは有名なバーベキュー広場だ。
「じゃ、まずはテントだな」
地面が平坦になっている場所に、私たちは抱えていた物を放り投げるように置いた。家から持ってきたリュック、食材、組み立て式のテント、寝袋、その他の細かいキャンプ用品。大荷物である。
「そうそう、早く
「ユイ、おっさんくさいよそれ」
「えー。でも、ほら!」
夕維が指さす方向。そこには、目に涙を浮かべながら大笑いする衣那がいた。何が面白かったのだろうか、共感は全くできない。私がおかしいのかと一瞬思ったが、そのギャグで白い目になる萌佳と朝海を見るとやはり衣那のツボが特別なのだろう。
「ほーら、早く建ててバーベキューしようよ」
「すっ、すいません。早くテント、建て……ぷふふっ」
彼女はしばらくそこから帰ってこれないらしい。ふと横を見ると、夕維が目を瞑ってなにやら考え事をしている。おおかた調子に乗って新しいギャグでも考えているのだろう。
私からため息が出て、次に小さな笑みがこぼれた。
さんさんと降り注ぐ陽の光。長らく吸っていなかった、自然に満ちた新鮮な空気。そして、彼女たち。
今日から明日の午前まで続くこの時間は恐らく、濃密なものになるだろう。きっと、私にとって大きな思い出にもなるはずだ。
「あんときのユイは正直見直したな。あ、それ焦げるぞ」
「あちちっ! まーほとんど覚えてないけどねー。ほら、もう一人の私が暴れだしたというか!」
緩やかに流れる川が目の前を横切る広場。四方八方から肉の焼ける美味しそうな香りが漂っており、オンシーズンのお昼時ということもあって沢山の人で賑わっている。
先日スーパーで買い、保冷バッグに入れて持ってきた肉と野菜たちは、現在は炭火の熱で美味しそうに焦げ目がつけられている。それをひたすら箸で持ち上げて、口まで運ぶ。
朝は時間が無くて軽めのご飯だったこともあってか、今なら無限に食べられる気がする。それに、外で食べる肉がこんなにも美味しいだなんて。
「うちもビックリしたわぁ。あれはあれで成功やんな。あっ、これ真っ黒やん」
「はい、大成功ですよね。何より楽しかったし、お客さんも盛り上がってました」
視線を肉と野菜が並ぶ網にやりながら、話題は数日前のライブハウスでの出来事となっていた。私に機材トラブルがあって、夕維たちが即興で場を繋いでくれた、あのライブだ。
「迷惑かけたね。ホント感謝、みんなカッコよかったし。これもういいかな」
「あっ! 私が育ててたデッカイお肉君三号! この恨みは……」
「もう……分かったって、あげればいいんでしょ。ほら、口開けて」
感謝を伝えた直後ではあるが、面倒な奴だなと思いながら皿を添えて夕維の口に私の箸を運ぶ。確かに大きな肉だ。一口で入るのか心配だったが、夕維はカバみたく口を開けてそれに食らいついてしまった。
「はっふ! はふいよ!」
「そりゃあ熱いでしょ」
こんな、正直言うと頭の緩そうな彼女がライブ本番ではいつも頼りになっているだなんて。それこそ二重人格なのではないかと疑いたくなるほどだ。
「コロナもサクヤにあーんされたいのか? さっきからずっと羨ましそうにしてるぞー」
「ともみ! へ、変なこと言わないで!」
「コロナちゃんは甘えん坊やなぁ」
「萌佳さんまで……もう!」
そんなことを話しながらも手と顎は休まずに動かしている。少し炭を入れすぎて火力が強いのか、気を抜くと一瞬で食材たちが黒く成り果ててしまうのだ。
お腹を空かせていたので、欲望のままに網の上に乗せれるだけ乗せてしまった事も原因の一つだろう。それらが一気に出来上がってしまう今のタイミングが正念場である。
「ほら、可愛い妹よ。あーん」
「し、しょうがないですね……ってこれ、ピーマンじゃないですか」
ピーマン嫌いなんて知らなかったよと私はどぼけているが、それは嘘だ。知っていたからこその行動である。買い出しの時にピーマンが苦手だと言っていた事を思い出し、ついちょっかいを出したい気分になってしまったのだ。
衣那はもういいですと顔をそむけて、再び網の炎から肉と野菜を救出し始めた。昔から妹が欲しいなと密かに思っていたが、彼女と接しているとその夢が叶ったような気がしてなんだか嬉しい。
「私さー。ちょっと憧れてたんだよね、こういうの」
そんな私の小さな声に反応して、彼女たちは静かになって耳を傾ける。
キャンプについて興味を持ったのは最近だが、友達とのバーベキューだとかお泊り会だとかには昔から憧れを持っていた。クラスメイトから聞いて羨ましいなと思っていたのだが、私も参加したいとは中々言い出せなくて今まで来たのである。
「アタシもだよ。髪染めたのは高校からだけど性格は昔からこんなでさ、仲良いヤツもあんまいなかったんだよな」
朝海は箸を止め、揺れる炎を眺めていた。今思い返せば、目立つ彼女を始めて見かけたのは教科書を高校まで取りに行った時、今年の三月だろうか。眉に力を入れていた彼女からは、確かに話しかけずらいオーラがあったのを覚えている。
しかし今の朝海の表情は柔らかい。私たちとクラスが離れているのでそこでの彼女は知らないが、最近では部活の人たちとも打ち解けてきて良い方向に変わっているんだなと思う。
「あっ! この辺みんな焦げてもうてるで!」
「みなさん! 早く取らないと!」
悲鳴にも近い叫び声で我に返った。すっかり落ち着いてしまって、いつの間にか暖かい炭火に意識が吸い込まれてしまっていたのだ。
私たちは脂が落ちてますます激しくなる炎の中から、慌てて紙の皿に黒くなってしまったものたちを救っていく。
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