15話「ライブハウスと私①」

 BLUE ROCK'sブルー ロックス。私たちの眼前に立ち構えるライブハウスの名である。

 交差点の一角にある縦に細い建物。一階の正面には様々なバンドのフライヤーと、本日の夜開催されるイベントのスケジュールが記されたホワイトボードが並んでいる。横に螺旋階段が這うように伸びでおり、頭上にはブルーロックスとかたどられた色彩豊かなネオンの看板。夜になると主張が激しくなりそうだ。

 正面にある扉はライブハウス内へと続いているのだが、開場は午後六時なので昼過ぎの現在は関係者以外立ち入り禁止である。しかし、今日の私たちはその関係者に含まれているので、胸を張って中へ入れるのだ。

 慣れない足取りでその狭い入り口に、一列になって行儀よく進んでいった。


「お、おお! これがライブハウス……!」

 夕維は閑散とした会場へ一目散に走っていき、両手を広げて体全体で感動を表現してみせた。

 深海のように静かな空間。壁は真っ黒のふかふかした素材で、床はむきだしのコンクリート、天井の真ん中には銀のミラーボールが釣り下がっている。外を満たしていた車やセミの騒々しい音は立ち入り禁止。観客が本来音楽を鑑賞する場所では、いくつかの集団が談笑をしたり楽器を触ったりしている。

 彼らに会釈をし、会場の後ろに私たちが機材を下ろしたところで奥から人が出てきた。

「お、全員揃ったなー。じゃ、セットリスト配るから」

 髭を蓄えた、バンドTシャツを着た中年男性が各バンドに紙を配っていく。この人が当ライブハウスのオーナーで、私は一度会ったことがある。彼は各バンドを順番に回ると最後に、一番後ろに陣取っていた私たちの元へとゆっくり歩いてきた。

「お、トアルコ全員見るの初めてだな。話は聞いてるから、楽しみにしてんぞー」

「今日はその、よろしくお願いします」

 私の少し固まっている挨拶におう、と笑顔を返しながら紙を手渡す。まだ少ししか話したことは無いが、怖そうな見た目に反して人柄は良さそうだなという印象だ。

「っとホシナコロノさんも一緒なんだよな」

「あっ、はい。お久しぶりです」

「あれ、コロノちゃんはここ来たことあるん?」

 萌佳の問いに衣乃はうなづく。少し前に沖さんの紹介で出演した事があるらしく、どうりで今日の彼女は私たちに比べて落ち着いてるはずである。

 夕維はもちろん、私もこんなところに来たのは初めてなので先ほどからなんだか緊張してしまっていて、どこに視線を向ければいいのかすらも分からない。

 オーナーの彼はじゃあ後で取りに来るからなと言ってまた奥へ消えてしまった。そうだ、とりあえずこのセットリストを書いてしまわないといけないんだ。

「ねね、セットリストってなーに?」

「お前、前の駅前のイベントでも書いただろ。本番の曲順とか、音響とか照明のリクエストとか書くヤツだよ」

「あ、やったねぇ」

 呆れながらも朝海が答える。夕維はなんだか緊張するというより、知らない場所に来てテンションが上がっているというような。相も変わらず能天気である。遊園地に行ったって同じような顔をしているのだろう。

「それで咲耶さん、前に決めてたのでいいんですかね?」

「だね。じゃあぱぱっと書いちゃうよ」


 現在はリハーサルに入り、私たちの一つ前のバンドが音を出している。

 リハはどのようにすればいいのか、経験が無かったので全く分からずに身構えていたが、どうやら何曲目のサビだけ演奏しますーなんてすると良いらしい。

 先ほどからこのバンドのリーダーらしい、ギターを持った一人が演奏したままステージから降りている。音の鳴りやバランスを気にしているのだろうか。

「やー、なんかさ、リハが一番緊張するな」

「本番の方が緊張するんやないの?」

「だって音楽に詳しい人に凄い見られてさ? 一応私が指示出さないとだし」

 ベースを弄りながら訪ねる萌佳に、ギターをいじながら私は答える。

「大丈夫だろサクヤなら、ほら」

 朝海がスティックを向けた先には見知った顔があった。事前に聴いていたが、ここのスタッフとして恭一さんがアルバイトをしているのだ。

 衣乃と朝海は幼馴染で、小さい時から沖さんに音楽を教えてもらっていた。その時に沖さんの息子である恭一さんも一緒に音楽をしていたらしく、この三人が親しそうに話しているのを見たことがある。

「あ、恭一さんか。まあそれなら話しやすいかもねー」

 何気ない私の言葉に反応して、四人の視線が集まるのを感じた。

「恭一さん……下の名前で呼んじゃってるんだ!」

「咲耶さんもしかして、そういう関係ですか」

 どうしてそうなるのか。事あるごとに変な方向へ突き進んでいくのは何故だろう。

 私は大きくため息をギターに吐いて、頼むから本人の前ではバカなこと言わないでよと諭した。



「んでね、来週の火曜日はクレープが半額なの! いこーよ!」

「あのクリームチョコソース増しましの所か? 太るぞ」

「そういう事いわないでほしいよぉー! チーターデーなの!」

「夕維さん、それを言うならチートデイじゃないですか?」

 リハーサルも無事に終え、トアルコ一行はファミリーレストランに来ていた。

 今から開場まで二時間ほどあり、ドリンクバーで時間をつぶそうとなったのだ。

「なぁなぁ、フライドポテトあるで? 超超大盛やって!」

「そんなのあるんだ。食べたいの?」

「い、いやぁ。 歌う前に油分を摂ると喉にええって聞いて……」

「あれれ? もかちにはフトルゾーって言わないの?」

「ユイ……お前ほんと凄いな」

 本番二時間前、そんなはこのテーブルからは感じ取れない。いつも通りのバカ騒ぎな日常だ。

「そういえばユイは夏休みの宿題やって……」

「ピューヒュヒュー。あっ、飲みもの汲んでくるね!」

「口笛……ぷふふ……全然ふけてない……」

 私だってさっきまでは緊張して、口数もすくなくなっていた。話しかけられても頭に入ってこなくて。でも休み時間と同じ風景を見てたら、なんだか気が抜けてしまったのだ。

 みんな緊張しているのだろうか、それを隠して無理に明るく振る舞っているのか。もしかして、私を気遣ってくれているのだろうか。

「ちょっ、お前何混ぜて来たんだよ!」

「えへへー。当ててみてよ」

 それは無さそうだ。能天気な夕維の顔を見てたらため息が出てしまった。

 でも。ありがとうと、それくらいは心の中で言ってもいいだろう。

「さくやちゃん、うれしそうやねぇ。なんかあったん?」

「え、なんで?」

「笑ってましたよ、にやにやって感じです」

 そんなことを言いながら、にやにやして私の顔を覗き込んでくる。

 あらあら可愛いわねぇだとか、こりゃオトコですなぁなんてはやし立てながら。

 ……ありがとう、余計な事言ってくれて。

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