9話「夏休み開幕と私②」

「夏休み! だぁー!」

「やー!」

 雲一つない青い空。七月下旬である今日の最高気温は35度を超えるらしく、テレビなどでは熱中症に対する注意喚起が行われている。そんな、すっかり太陽とセミが鬱陶しくなってきたこの頃。

 時刻は昼。今学期最後となる授業が先ほど終わり、私たち学生に四十日ほどの長期休暇がやってくる。夏休みだ。

 騒がしい教室でひときわ大きな声を出しているのは夕維。それに続き、彼女から少し席が離れている萌佳がこぶしを上げた。二人に挟まれた学生たちはオセロのようにつられて騒ぎ出す、といったことはなく、賑やかなやつらだといった様子で他人事である。

「さくちゃんさくちゃん! 夏休み! だ!」

「さくやちゃん! 夏休みやな!」

 カバンを乱暴にかつぎ、彼女たちは慌てて私に駆け寄ってきた。夕維は日ごろからうるさいので平常運転として、萌佳はいつもにも増してテンションが高い。

「どうしたの、上機嫌じゃん」

「じつはやなー!」

 終始にこにことしながら、萌佳がその理由を説明し始めた。


 場所を移動し、ここは部室の音楽室。今日の授業は昼までだったのだが、部活動は平常運転なので昼食をとりに部員が続々と集まってきている。

 クーラーは全力で仕事に取り組んでおり、外の世界と比べてすごぶる快適だ。そこに朝海が合流し、興奮する萌佳の話を四人で昼食を取りながら聞く。

「ってことで、ユイちゃんと昨日にな、みんなでどっか行こって話になってな!」

「みんなはどーかな!」

 嬉しそうに話す様子を、パンにかじりつきながら眺めている。

「アタシはいいけど、サクヤは?」

 昔から私はインドア派で、友達と旅行だなんて修学旅行くらいでしか行ったことがない。今回の話を聞いた時は楽しみでもあるが、不安でもある。正直そんな感情であった。

「あー、まあいいけど、どこいくの?」

「海かー、山かー。どっちにしようかー?」

「そもそも泊まりか日帰りかやんなぁ」

 なんだ、行くと決めただけで、中身は全くの真っ白らしい。サクヤはどこに行きたいんだと朝海に問われ、少し考える。

 海は入ったことがないので興味はある。バーベキューなんかもいい。泊まりならいっそのことキャンプなんてのも。

 気が付くと、楽しいの気持ちが私を独占していた。あれをすればどんな風になるかな、なんて想像をして。

「一番はやっぱり、キャンプして、バーベキュー?」

 これなら間違いなく楽しめるだろう。しかしあくまでも理想であって、私たちの財力で実現できるのかは分からないが。

 どこかのネットに記載されていた記事に、木のぬくもりを感じることのできるコテージの特集がされていて、一度でいいからやってみたいなと前々から憧れを抱いていたのだ。

「ええなーそれ! でもいくら位するんやろ?」

「コテージとか借りると三万円とかだったね。テントだと半分くらいかな。んでそっからご飯代とかいるし」

「サクヤ詳しいな」

 夢中になっていた自分が恥ずかしくなり、勝手に走る口をつぐむ。

「でも高いなやっぱー! ちょっと保留かなぁ」

「だね。まずは来週のイベント、でしょ?」

 例のイベントまであと一週間と一日。曲は既に三つ作り終わったし、何回か合わせてもみた。なかなか余裕があるスケジュールとは言え、確実に成功させるためにはまだ練習が必要である。

「あれ! ともちがかわいいグミ食べてるー!」

「いいだろ別に。好きなんだから」

 一番心配な夕維は能天気に話を変えた。まあ形にはなっているし、三ヶ月のギター歴にしては上手なので何も言わないが。

「ほんまや、可愛いグミやなぁ」

 私も皆につられてのぞき込んだ。パッケージには「どうぶつぐみぐみ」とポップなフォントで書かれ、可愛らしい様々な動物のイラストが描かれていた。

「前もそれ食べてたよね」

「最近ハマってんだよ。このグミ色んな動物の形になっててさ、レア動物もいるんだ。ほら、やるよ」

 そこから一つずつ取り出して私たちに手渡す。どうやら味もぶどうやりんご、オレンジなどが混ざっているらしい。

「うちのは犬かなぁ。柴犬?」

「私のはキリンだ! さくちゃんは?」

「……なんだろこれ。犬、じゃないよね」

 ぶどう味だろうか、色は紫だ。四足歩行のずんぐりむっくりな胴体。見たことがあるような、ないような。

「お、カピバラじゃん。なかなか珍しいよソレ」

 朝海の解説が入る。なんだろうか、彼女は動物博士でも目指してるのだろうか。ヘンテコな動物のチョイスをするメーカーは、どのような気持ちでこいつを採用したのかも疑問だ。

「カピバラか……ともみん詳しいね」

「どうぶつのコンプリート目指してるからな。ほら、写真」

 嬉しそうに携帯を見せられる。「どうぶつたち」と書かれたフォルダには二十枚はあるだろうか、朝海の手のひらに乗るいろんな動物の写真があった。なるほど、確かに全てが違う形になっていて、可愛いという気持ちは私にも分かる。

「ほら、オポッサムとか珍しいんだぞ! このアンゴラウサギもなかなか出なくてさ!」

 随分と楽しそうじゃないか。ドラムスティックを振る時と同じ位には活き活きとしてる。

 ネット上では「どうぶつぐみぐみ完全攻略図解」というサイトがあるらしい。ただグミの画像が並ぶだけの、私たちからすれば意味が分からないサイトだが、朝海はこまめにチェックしているそうだ。

 多くのシークレット動物が存在しているようで、現在判明している動物で三十種ほど。朝海のコレクションはまだコンプリートには程遠い。

 煙をモクモクと出す蒸気機関車のように、止まる気配なく朝海は話し続けている。もはや音楽を話す時より饒舌だ。

 そんな彼女に相槌をうつのに疲れてしまって、私は乱暴にカピバラを口に放り込んだ。




 部活はいつも通り夕方までしていたはずなのに、太陽はまだまだ元気そうに街を照らしている。そんな放課後に、咲耶たちと別れて彼女、小名夕維は単独行動をしていた。

 ここは咲耶宅の最寄り駅、決して鉢合わせしてはならない。咲耶に悟られること、それは夕維にとって任務失敗を意味する。必ず成功しなくてはならないミッションなのだ。

 事情を知らない道行く人から見ればなんだか奇妙な動き、挙動不審ながらも夕維は目的の場所に到達することができた。

 陽の光を浴びて元気いっぱいに背伸びをする鮮やかな花。どこに繋がっているのかワクワクするような木の扉、そしてなにやら英語が書かれている古びた看板。コンクリートの街に突然現れる、この素敵は私のお気に入りの場所だ。

 いつものように、体重をかけてそのドアをゆっくりと開く。

「いらっしゃいませー」

 木の落ち着く香りと、かわいらしい沢山の商品。ここは私がいつも利用している雑貨屋だ。カバンに入っている筆記用具や小物はいつもここで購入している。家からは遠く時間も交通費もかかるが、十分にその価値はある素敵なものが売られている、大好きな雑貨屋。

 私の目的、それは親友である青山咲耶の誕生日プレゼントを準備することである。

 視線を一通り棚に沿って流し、直観で一つを手に取った。

「これくださーい! あと誕生日っぽいラッピングで!」

「いつもありがとうございますー。彼氏さんですかぁ?」

「おともだちのですぅー!」

 木製の背が低いカウンターには一人の女の子が椅子に座っていた。常連と思われているのだろうか、顔は覚えられている。歳は私と同じくらいに見えるがいつも一人で店番をしていて、すごく偉い。

 そんな彼女は白に近い黄色のクルクルと波打った髪をゆらして立ち上がり、受け取った箱にピンクのかわいいラッピングペーパーを手際よく巻き付けていく。

「はい、これで大丈夫ですかー?」

「いい感じ! ありがとうー!」

「その人にとってステキな宝箱になるといいですね!」

 紙袋に入ったそれを受け取り、軽い足取りで出口に向かう。私より少し背の高い彼女はいつものように出口までついてきてくれた。


 宝箱、かぁ。そうだといいな!

 早く来週にならないかな、とっても楽しみだ!

 

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