第8話 埋めたい溝

「小説家だー!」っと、叫んでから早2ヶ月半程が経つ。

この間、オレは、自分の執筆しっぴつは全くだったが、まめにサイトの小説を読み、分からないことは調べる・・・を繰り返していた。

そして変わったことといえば、週に2~3回程度は、小島と一緒に学校から帰るようになったり、1日1回はLINEのやり取りをするようになっていた。

小島は、だいぶ落ち着いて話すようになって、声も大きくなり、目も合うようになった。

そんな小島との帰り道、

「?」

後ろを振り返る。

「どうしたの?」といって、小島も振り返る。

「いや、誰かいたような気がして。」

「?…誰もいないよ?」

小島は体を左右に動かし、オレが気にしている辺りを窺(うかが)う。

そんな気がしたのは、今回だけじゃなかった。

『…気にし過ぎか。』

「…そうだな。行こう♪」

「うん♪」

そして、オレ達はまた歩き出した。

気になった場所の曲がり角、オレ達が去って行くのを陰から見つめる姿があった。


「・・・ヒロの馬鹿・・・。」


そういえば、最近千尋が素っ気ない。

話しかけようとしても、「用事がある。」・「急いでる。」といって、まともに相手にしてくれない。

学校の行き帰りも、【先に行く】・【先に帰って】のLINEばかりだ。

なので、まだ小島と3人で帰ったことがない。

それに、向こうでの夕飯は、「後で食べる。」といって出て来ないし、こっちの夕飯は、オレが帰えってみると、すでに食卓にラップで包んである状況だ。

(ちなみに、千尋は合い鍵を父さんから渡されている。)

おばさんが、「あら、喧嘩なんてめずらしい♪」と、ほんわかと感想を述べ、

おじさんは、「紘弥君、円満の秘訣は早々に謝ることだよ。」と、耳打ちされる始末。

それにしても、一体どうしたんだ?

オレは、一抹の不安を覚えていた。


それから数日の間、学校で千尋に話しかけようとするが、なんのかんの理由を付けられ、結局話に応じてくれない。

そうこうした休日の昼下がり、小説を読むのに疲れたので休憩をしようと、背伸びをしながら窓際へ行ってみると、道路の真ん中で千尋と小島が話し合っている。

ちょうどいいタイミングだから声をかけようと思ったが・・・なんだか様子が変だ…?

とても【仲良く話をしている】、という雰囲気ではない。

二人とも硬い表情で、小島が千尋に何かを言っている。

千尋は首を横に振る。

尚も小島は直視しながら畳み掛けると、千尋は右手を薙ぎ払うように動かし、

左手は力強く握り込んでいる。

小島は一呼吸置いたあと、一言発した。

…千尋が動揺している。

小島は、最後に何かを告げて、千尋の脇をすり抜け歩き出して行く。

…千尋は暫くじっとしたままだったが、やがてこっちに顔を向ける。

『やばっ!?』

オレは慌ててしゃがみ込み、身を隠す。

少しの間、そのままの態勢でいた。

恐る恐る外の様子を見てみると、そこにはもう、千尋の姿は無かった。

「何があったんだ?」と呟いたオレだが、何故か、オレは知るのが怖かった。


翌日、『とにかく千尋と話をしよう!』、と決意して、学校でなんとか声をかけることにした。

しかし、ガードが堅い(汗)。

千尋は索敵さくてき能力をフルに活かしてかわし続ける。

結局、放課後になっても捉まえることができず、諦めて帰ろうとした…、

その時、踊り場で千尋とバッタリ出くわした。

「チー。」

「ごめん、これ生徒会に届けなきゃいけないから。」といって足早に通り過ぎようとする。

「チー!」

オレは千尋の腕を掴んだ…、


その瞬間、


「触らないでよ!」


千尋が勢いよくオレの手を振りほどき、キッ!と睨み付ける。

プリントが数枚、ヒラヒラと舞い上がった…。

オレは茫然とし、次いで、とてつもないショックに襲われた…。

今まで一度だって、千尋にこんなで見られたことはない。

放心状態でいると、千尋がハッと我に返り、「い、急いでるから!」といって、

その長い髪で顔を隠しながら、慌ててプリントを拾い上げ、足早に去って行った。


「・・・・・。」


声が出なかった。


その日の夜。

オレは、部屋の片隅にしゃがみ込み、両膝を抱え、うずくまっていた。

何も考えることができなかった。

あんな千尋は見たことがなかった。

どんどん膨れ上がる、【千尋の気持ちがわからない】、という不安と恐怖。

理由を探すことすらできなかった。

【気持ちがわからない】・【拒絶された】という現実が、とてつもなく恐ろしかった。

これからどうしたらいいのか…まったくわからない。

こんな距離を感じる日が来るなんて、想像もしていなかった。

ただただ、うずくまっていた―――。


気付けば、部屋の中も外も真っ暗になっていた。

『そうだ・・・書こう。』

オレはうつろな目のまま、暗い部屋の中、パソコンに向かう。

電源を入れる…画面の明かりが眩しい。

『せめて、せめてこれだけは…。』

オレはすがる思いで書き始めた。

夢中で書きなぐった。

指を動かせば動かすほど、オレの中から千尋に対する思いが溢れてきた。

知らない間に涙が頬を伝っていた。

動かす指がつづるそれは、小説とは程遠いもの。

だけど、オレにとっては大切な小説。

千尋のことだけを考え、想い、書き続ける。

いろんな想い出が、次から次へと溢れ出てくる。


楽しかったこと。

嬉しかったこと。

辛かったこと。

悲しかったこと。


順番なんてメチャクチャだ。

文章力もない。

それでも、オレは千尋に読んで欲しかった。

あの振りほどかれた場面を信じたくなかった。

そして、何を書いても想う、『ありがとう』。

書けば書くほど、込み上げてくる。

書けば書くほど、千尋のいろんな表情が浮かんでくる。


『ヒロくんは、チーが守るからね。』


またよみがえる。

「守られてばっかりだ…。」一人、うわずる声で呟く。

そして、オレはやっと気付く。

千尋はオレにとって、【かけがえのない人なんだ】…と。


書き終わる頃にはもう、窓の外は茜色に差しかかっていた。

オレは、窓際まで行き、見えない千尋の部屋を見る…。

それから再びパソコンに向かい、件名に【読んで。】、と書いて、

できた小説を添付し、LINEではなく、メールで送った。

「・・・・・。」


朝日が顔を出す頃、千尋からLINEが届く。

『チー、起きてたのかな…。』

複雑な気持ちになる。


「感謝状?」

「小説。笑」

「あたしにしか読めないと思うよ?」

「チーにさえ伝われば、それでいいんだ。」

「儲からないね。笑」

「儲からないな。笑」


何気ないやり取り。

そこにある幸福感。

これからも、こんな日々を千尋と過ごして行けたら…。

胸が締め付けられる。

千尋は、どう思ってるんだろう?

ほんの少しでも、そんな気持ちを持っていてくれたら…と、願ってしまう。

そんなことを考えていると、千尋から、「いつもの時間。」というLINEが…。

オレは直ぐに返事を返した。


千尋を迎えに来た。

一緒に登校するいつもの時間。

オレはすごく緊張していた。

だけど、早く千尋に会いたい…そう、強く想った。


ガチャリ…と、ドアが開く。

「…よー。」

千尋の硬い挨拶。

瞳が真っ赤だ。

クマも出来てる。

「よー…。」

オレも同じ顔して答える。

「さ、行こか。」

千尋の詰まる号令。

「、おぅ。」

オレの乾いた返事。

オレ達は話すこともなく、無視することのできない溝を埋めるように、寄り添って歩いた。

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