04 安倍晴明
降りてすぐ、目に映ったのは長く続く白い塀とその中央に構える大きな木製の門扉だった。その門扉の中央には、安倍家の家紋である五芒星紋が大きく彫られている。門扉が重々しい音をたて開くと、中から一人の女性がでてきた。
「お待ちしておりました。中へとご案内いたします、どうぞこちらへ。」
私達は女性の案内のもと、敷地内へと足を踏み入れた。敷地内はとても空気が澄んでいて、まるで穢れきっている平安京とは別空間に思える。しかし、別空間ではなく同じ空間なのだろうが多分、ここは安倍晴明が結界を張り巡らしているのだろう。
(何だか、とても。)
“晴明神社と似ている”と巡は思った。それも当然、ここはその安倍野セイメイの先祖である安倍晴明の邸宅だ。それに、今ある晴明神社の場所には元々安倍晴明の邸宅が建っていた。子孫だということで、力の感じも似てくるのだろう。
「皆様、此方で履き物をお脱ぎになってからお上がりください。」
靴を脱いで上がり、暫く歩いて通されたのは広々とした客間だった。
「よく来てくれたね。さぁ、そこに座って。」
私達は座布団に腰を降ろし、それぞれの自己紹介を終えた後、目の前に座っている男性をマジマジと見た。見れば見る程そっくりで、まるで本人ではないかと見間違う程によく似ている。つまり彼がこの屋敷の主人で、数多くの俳優によってドラマ化された伝説の陰陽師、安倍晴明その人だと言うことだ。
「ここまで連れてきてくれてありがとう。紅蓮、僧正坊。」
「それぐらい当然だろう。それに、後一歩遅ければ危なかった。」
「あぁそうさ。僕達が、到着するのが遅れていたら喰われてたさ。」
本来絶対に交わる事の無い現代と過去が繋がり、異能を扱う能力者である巡達がこの平安の時代に来てしまった。平安の時代にとっては異物となる巡達の存在が妖気の乱れを発生させた。その妖気の乱れは平安京全体に広がり、邪気や瘴気が大量に入り乱れている中活動を活発化させ暴ばれ回っている
「君達は、妖怪や幽霊やらが全く見えない普通の人達や並の陰陽師とはかけ離れた、異常なまでの膨大な量の妖力を持っているんだ。それも、僕を越える程のね。」
「お前達を喰らおうとしていた
「君達の近くに何体かは潜んで、喰らう機会を狙ってたんだけど気づかなかったかい?」
「ちょっと待ってくれ!もしそうだとしても、俺達は隠れ羽織を羽織ってるんだぞ?相手からは絶対に見えない筈だ!」
耳の側で大砲を打たれたごとく、大きな声で炎は叫んだ。確かに、隠れ羽織は羽織っている者の姿を隠しどんな相手からも見えなくしてしまう代物だ。しかし、羽織っている物同士は互いに姿を見る事ができる。
「君達も来た瞬間、この時代の異変には気付いただろう?本来乱れることの無い妖気周波が鬼門が開錠しかけている事により、大量の邪気や瘴気が流れ込んだ事でその隠れ羽織の効力を無効にしている。」
「じゃ…じゃあ、この時代ではこの隠れ羽織も無意味ってことか?」
「そう言う事になるね。」
「もし、夜に行動をおこそうとしたら?」
巡の言葉に、晴明は「自殺行為だ。」と答えた。
「夜は奴らの領分。その隠れ羽織の効力が無効の今、何の対策もなしに夜に外を出歩けば一瞬で喰い殺されてしまう。」
「マジかよ……。」
「何の対策もしなければの話だよ。」
「君達は膨大な量の妖力がある。その妖力を実際に生かす事が出来れば、狙われても返り討ちに出来る。」
「つまり、君達のその宝の持ち腐れ状態の妖力を、僕達が稽古をつけてあげようって事だよ。有りがたく思うんだね。」
「それに、自由自在に力を扱うことが出来れば、平安京を苦しめている元凶を断ち切る事も出来る。」
元凶、つまりそれは晴明の水晶に映った鬼の事だろう。そして、私達が解明すべき謎でもある写真に写っていた鬼とみてまず間違いないだろう。
「でも、無理強いはしない。嫌だと言えば、稽古を強要する事は絶対にしない。帰りたいと言えば、何とかして元の時代まで送り帰そう。水晶に映っているからと言って、必ず君達が鬼と戦う必要なんてないんだよ。」
晴明さんはきっと、まだ大人になりきれていない私達の身を案じて言ってくれたのだ。本当は鬼を倒して、平安京の平和を取り戻して欲しい筈なのに。
「晴明さん。お気持ちはありがたいですが、それはできません。」
巡は、冬の夜空で星が輝くように、眼光が鋭くなる。
「それは何故だい?もしかしたら、死ぬかも知れないんだよ?」
「確かに。人ならざる者と戦うなら、そう言う場合もあります。ですが、自分達だけが生き残って大勢の人が死ぬ方がもっと嫌でじゃないですか。」
「その通りですわ巡。鬼が何ですか、そんなもの怖くもなんとも無いですわ。」
「そうよ!私だって、陰陽師と妖術師の端くれ。その程度の事ぐらいで、びびったりしません!」
「俺だってそうだ!神社の神主の息子をやってるんだ、鬼ぐらい一発で祓ってやる!」
「俺は記憶と複写だ。相手の動きを全てコピーし、真似る事も出来る。それなら、鬼との戦闘の面では有利になるだろう?」
「奴らも地球に生きる生物だ。それなら、俺のエネルギーを操る能力も通用するはずだ。」
「晴明さん、私達は大丈夫です!たがら稽古をつけてください!そして、私達にこの平安京を救わせてください!」
巡は自分達の心から溢れ出てくる熱い思い、『平安京を救いたい』と願う気持ちを晴明へとぶつけた。
「君達の、平安京を救いたいと願う気持ちは伝わったよ。これから厳しい稽古が続くけど、耐えて行けるかい?」
これから鬼との戦いに備えての稽古は、想像を絶するものだろう。嫌だと、投げ出したくなる気持ちもあるかもしれない。でも、どんな困難でもこの六人なら乗り越えて行けると巡は思った。
何時だってそうしてきた。ただ、今回はちょっとスケールが大きいだけ。そう、大きいだけなのだ。やることは何時もとさほど変わらない。だけど正直、未知のなる者と戦うのは少し怖いと思う自分も何処かに居る。そんな自分を消し去るかのような、大きな声で「耐えれます!」と巡は晴明に訴えかけた。
晴明は何かを感じたのか、巡達を見つめ微笑み返す。
「君達の平安京を救いたいと願う気持ち、私にしっかりと伝わったよ。稽古は、明日から開始しよう。今日はゆっくりと、休むと良い。」
パンッパンッと、晴明が手を叩くと五人の男性が風のように現れた。
「黄龍、青龍、朱雀、玄武、白虎、麒麟。あの子達をそれぞれの部屋へと案内してくれ。」
『御意。』
○◎○
案内された部屋は畳八
私は取り敢えず荷物を置き、座布団に腰を降ろして今まで起きた出来事を振り替えっていた。
(本当は、レポート完成の為に来た筈なんだけどなぁ。)
そう。本来は夏休みの課題であるグループレポート完成の為にこの時代に来たのだが、いつの間にか鬼退治をする方向性に向かってしまっている。
(鬼退治か、私達に出来るのかな……。)
やってやると宣言したものの、不安が拭いきれない自分が存在する。死ぬことの恐怖より、退治出来なかった事の方がより不安なのだ。退治できなければ、平安京に住む人々に危険が及ぶ。それだけ責任重大な事なのだ、鬼を退治するという事は。
(でも、出来るかじゃなくてやらなきゃだよね。)
巡は不安に駆られている心を
「あれが……。急ぎ、酒天童子様にお知らせしなければ。」
覗いていたものはそう
「あれ?今さっき誰かがあそこに居たような。」
襖を開き、気配を感じ取った方向を見るも、そこには誰も居ない。ただ、どんよりと重苦しくのし掛かる雲が広がる空が見えるだけだった。
「気のせいか。それにしてもさっき感じた気配、何処かで。」
鬼の持つ気配は人に変化しても変わらない。巡のように特殊な能力を持っていたり、直感・霊感が優れている人はその気配を感じとる事が出来る。その気配を感じたと言うことは、現代の何処かですれ違った、あるいは自分の側に居ると言うことになる。
(もしかして、巨牙さん?……まさか、そんなわけ無いよね。)
本名、茨木巨牙。上京区・閻魔前町にある酒屋鬼一族に住み込みで働いており、特徴は成人男性の平均を優に越える二m近い身長と、通常人が持ち上げられないような物を軽々と持ち上げることのできる
(気配の正体が巨牙さんだったとしても、この平安時代に居るわけないし。)
そう、茨木巨牙は現代の人間であり、平安時代の人間ではない。それに、巡が感じた気配は人間ではなく妖怪だ、それも高位の存在である”鬼"の気配。そうなると、茨木巨牙の特徴から考えれる鬼は絞られる。
茨木童子。
生まれた頃から歯が生え揃っていたとされており、巨体であったなどのせいもあって周囲から恐れられ、鬼と化した後は酒呑童子と出会い舎弟になったと言われている。
茨木巨牙は店長であり雇い主である酒呑紫煙につきっきりであまり離れることはなく、彼の言うことは何でも聞いている。
茨木童子も舎弟となっていこう、酒天童子に対して絶対的な忠誠心を持っており、彼に逆らう物が居たならば、まずその者の命はないだろうと言われるほどだ。
(よく考えてみれば、当てはまる点もいくつかある。でも、仮説に過ぎないし……。)
それに、その仮説を言ってしまえば皆の混乱を招きかねない。
(やめよう。どうせ皆信じてくれないし。それにまだ確信が持てない以上、話すのは危険すぎる。)
巡は考えるのを一度やめ、外の空気を吸うため縁側に出た。数十分前に見た薄い灰色がかった空が、全ての物を吸い付くすブラックホールの様な、真っ黒な色をした空に代わりかけていた。
「ついさっきまで、まだ少し明るかったのに……。」
これも、鬼門が開きかけている事によって起きる影響の一つだった。
活動を活発化させている魑魅魍魎達は、今よりももっと大きな力を手に入れる為、強い妖力を持った人達を次々と襲っては喰らっていった。喰らう事によって体内に取り込まれた力は負のエネルギーを発生させ、平安京全体に漂っている邪気や瘴気と混ざり合い淀みを発生させた。
発生した淀みは喰われた人々の怨念を増幅させ、夜を守護する
必ず、どの土地にも何かしらの神の加護があり、人間はその神の恩恵を受けて暮らしている。しかし、今の平安京は神の加護が一切無くなった言わば無法地帯。例え、何かの神が加護を与えたとしても、その効果は一瞬にして打ち消されてしまう。
それだけ、この平安京の状況が最悪だと言う事を物語っている。この先、鬼門をどうにかしない限りこの平安京に神の加護と恩恵、そして平和が戻る事は無い。
「早く、何とかしないと……。」
変わりかけていた空の色は、もうすっかりブラックホールのような真っ黒な色に変わっていた。
歴史案件掲示録 天岩 陽 @Taishakuten
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