03 平安時代

本来ならば鳥居の先は行き止まりだが、今回は違った。足を踏み入れればその先に道ができ、後ろを振り替えればさっきまであった鳥居も、夜の晴明神社の風景も消えてただ森が広がっているだけになっていた。


そこに留まっていても戻れるわけでもなく、目の前に出来た道を進む以外に選択肢はなかった。暫く進むとうっすらとした光が漏れ始め、通ってきたのと同じような鳥居が見えてきた。


「成功、したのかな?」


巡は、鳥居の先の風景を見ながら言った。


「よく見たら、人が歩いているところも見えますわ。それに、服装も現代のと違うようですし成功したんではないですの?」


「取り敢えず、進んでみるか。」


鳥居の前まで進んだ。すると、目の前には驚きの光景が広がっていた。そこは先程までいた晴明神社とは全く別の場所で、人通りが多く通り歩く人達は皆現代風の服ではなく、揺ったりとして動きやすい筒袖で丈の短い着物を着ていた。


「巡、どうやら成功したみたいですわね。」


「うん、そうみたい。」


「おい巡、さっき通ってきた鳥居が無くなってるぞ。」


「嘘!?」


言葉の通り、後ろを振り替えれば先程まであった鳥居が無くなっていた。


「本当だ、跡形も無くなってる。それにしても、改めて見てみると昔と今って全然違うんだね。」


確かに、改めて見てみると昔と今では随分と風景が違う。現代にあるコンビニや図書館、ショッピングセンターなんて建物は勿論もちろんない。


「ついたはいいが、これからどうする?行く宛なんて何処にも無いぞ。」


「そうだよね。でもまさか、別の場所に繋がるなんて。普通なら入った場所と同じ場所、つまり晴明神社が建っていた安倍晴明の邸宅に繋がる筈なんだけど、おかしいな。」


「もしかしたら、原因はあれかもな。」


御神が空を見上げる。そこには、分厚い雲が幾層にも積み重なっており辺りを暗くしている。もう一つは、辺りに嫌な空気がふよふよと漂っていることだ。


「あの分厚い雲と一番の原因は多分、どっからか大量に漏れ出た邪気が溜まる事によって発生した瘴気だろうな。まぁ、何も見えない奴らにはなんの変化も感じないし、ただ体調が悪いくらいに感じるだけだろうが見えたりする奴らには相当きついだろうな。」


「そうだろうね。」


「とにかく、安倍晴明の邸宅を探さないと。でも、地図が無いんじゃどうしようも。」


巡がどうやって晴明の邸宅を探すか考えていると、腹の虫がぐぅ~っと鳴る音がした。


「すいません、わたくしですわ。お腹がすいてしまって。」


お腹が鳴った潤は恥ずかしそうに手をあげ、少し顔を赤くした。


「確かに、俺も少し腹がへったな。」


炎はお腹部分を擦りながら。


「でお金持ってないよ?持ってたとしても、ほら。」


と、明観は手のひらに現金3000円を出した。


「ん~、確かにお金はあったとしてもこれじゃあ何も買えないよね。」


巡が悩んでいると、二人の男性が近づいてきた。


一人目は、日本では珍しい白髪と赤い目。そして赤生地の着物に黒の羽織。羽織には金の糸で、炎の刺繍が施されている。


二人目は、腰近くまで伸びた灰色の髪を瑠璃るり色の玉飾りが付いた赤い組み紐でまとめ、瞳の色は玉飾りと同じ瑠璃色の目で、こちらは白生地の着物に黒の羽織。黒色の羽織には同じく金の糸でカラスの模様が施されている。


「やっと見つけたよ。」


「うむ、晴明が言っていた子供達はこの子らで間違いないようだな。それより、腹がへっていると言っていたな。そこの飯屋で何か食わせてやろう、話の本題はそれからだ。」


そう言うと、灰色の長髪を瑠璃色の玉飾りでまとめている男性は、飯屋がある方向へと歩き出した。


「君達行くよ。」


もう一人の白髪赤目の男性が、先に進んだ男性の方に首を降り、早く付いてこいと促す。普通ならばアウトな所、此方の時代に頼る人が居る筈もなく、飯を食わせてやると言う観点から取り敢えずついて行く事にした。



○◎○


今いる場所は飯処小町こまちの特別個室。庶民達に大人気の食堂でもあるが、一部の貴族も食べに来る。その為、個室が準備されている。


「どうだ?ここの飯の味は最高だろう。」


灰色の髪の男性は巡達に問いかけた。が、食べるのに集中している為話が聞こえていない。


「はっはっはっ!良い食いっぷりだ、どんどん食べろ!」


「本当、よく食べるねぇ。胃の中どうなってんだい。」


「子供はこれぐらいが丁度いいんだ。女将、女将はいるか!」


そう叫ぶと階段を上がってくる足音がして、足音が止まると同時に襖が開き初老の女性が入ってきた。


「はいはい、お呼びですか。」


「すまないが、新しい料理を持ってきてくれ。量を多めで頼む。」


「はい、分かりました。それにしても、よく食べますわね。」


「あぁ、良い食いっぷりだろう。」


「えぇ。こんな食べっぷりを見たら、作ったかいがあります。直ぐに作らせて持って参りますので、少々お待ちください。」


そう言って初老の女性は頭を下げると、襖を閉め階段を下りていった。


それからというもの、料理がどんどん運ばれてきては食べる量もスピードアップし、仕舞いにはその日に出す残りの食材全てを食べきってしまった。


「もう、食えねぇ。」


膨れたお腹を擦りながら炎は言った。


「えぇ、それにしてもどの料理も美味しかったですわ。」


「うん、こんな美味しい料理食べたことないよ。」


「巡の意見に俺も賛成。」


「確かに、今まで食べたどの料理よりも断然こっちの方が美味しいよ!ねっ、志岐?」


「俺が記憶している料理の中で一番だ。」


「そこまで言ってもらえると、連れてきたかいがあるな。さて、本題に入る前にこの皿を片付けよう。女将、皿を片付けてくれ!」


そう言ったとたん、階段を上がる複数の足音がして襖が開き、大量の人が入ってきたと思うと一瞬のうちに大量に積まれていた皿達が綺麗さっぱりと無くなっていた。


「これでゆっくりと話が出きる。さて、その前にまずは自己紹介が先だ。私は鞍馬山僧正坊くらまやまそうじょうぼう、裏鞍馬一帯にいる烏天狗を治めるおさだ。」


「鞍馬山僧正坊……。」


「あら志岐、知っていますの?」


「んっ、まぁな。一度見た妖怪大全に載っていたのを思い出したんだ。」


それを聞いた僧正坊は「ほぅ。」と、感嘆の声を漏らした。


「一度見ただけで覚えられるとは、流石は晴明が予言した子供達だな。」


「安倍晴明を知ってるんですか?それに、予言した子供達って。」


「知っているもなにも、私と紅蓮は晴明と付き合いが長くてね。それと、予言した子供達と言うのは、晴明の持つ予言の水晶に、勇猛果敢に鬼どもに立ち向かう君達の姿が映っていたからだ。」


巡は鬼と言う単語を聞いて、あの写真の事を思い出した。どうやらそれは、回りのみんなも一緒だったらしい。


「予言の水晶に何故、私達が鬼と闘っている姿が映って居るんですか?」


明観が最もな疑問を投げ掛けた。


「それに関してどう説明したら良いか分からんが、今の平安の空の雲行きを見ただろう。」


「はい、見ました。」


「何か可笑しなところはなかったか?」


「あれは異常だ。何なんだ?あの気持ち悪い大量の邪気は。そのせいで、見えないし感じない奴にも影響が出るほどの瘴気が発生してるぞ。」


志岐が強めの口調で僧正坊を問いただした。


「それについては、晴明の屋敷に向かいながら説明しよう。表に牛車を待たせてある。」


牛車に乗って数十分、今この平安京で何が起こっているのか僧正坊が詳しく話してくれた。


その話は、安倍晴明が産まれる以前の時に遡る。


ある時、源頼光が帝から「ちまたを騒がせている鬼を退治せよ。」と命を受け、鬼退治に向かった。

深手はおったものの、なんとか鬼を退治することができた。


しかし、退治されたと思われていた鬼達は鬼門の内側である禍界で着々と傷を癒し、復讐の機会を伺っていた。


いざ決行という時に現れたのが、まだ幼かった安倍晴明だった。晴明は瞬時に鬼達を鬼門の中へと押し戻し、鬼門事態を封印した。その封印をより強固なものとするために、金閣寺、銀閣寺、松尾大社、上賀茂神社、八坂神社を建て、封印の柱としたのだそうだ。


「封印をしたとはいえ、その当時の晴明の年齢は十二歳。まだ完全ではなかった晴明の力では、封印を完璧に保つには限界があった。」


「もって十八年。」だと僧正坊は告げた。


「だが本来の予定より、一年早く封印が解けてしまったには原因がある。鬼門が開きかけた隙間から鬼達は邪気を流し込み、瘴気を大量に発生させることによって、封印の解ける時期を早くした。」


「なるほど、では今の空がどんより曇っていて異常に邪気が多く、瘴気が発生しているのはそのせいですのね。」


「その通りだ。」


今まで動いていた牛車が止まり、下がっていた御簾みす下簾したすだれが上がって僧正坊の従者が顔を覗かせた。


「僧正坊様、晴明様の邸宅にご到着致しました。」


「そうか、わかった。では客人方を降ろして差し上げろ。」

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