冬祭り

青山天音

第1話 誕生日のプレゼントはこの街のしきたりに沿ったもので、もう生まれる前には決まっていた。

「風花ちゃん、お誕生日おめでとう!今年でいくつになったのかな?」


「よんさい!もうおねえさんだよ!」


その日、私は得意になって答えたものだった。


「これがプレゼントなんでしょう?開けてもいい?」


 誕生日のプレゼントはこの街のしきたりに沿ったもので、もう生まれる前には決まっていた。

綺麗にラッピングされた二つの箱に入っていたのは小さな赤い長靴と小さな赤い傘。

私は早速長靴を履き、傘をさして父とともに散歩に出かけた。この街では、子供は4才になってようやく建物の外に出ることができるのだ。歩きながら父は言う。


「傘をしっかり持つんだよ。

この雨は汚いものを洗い落とすための強いお薬だから。

触ると体に良くないんだよ」


でも何も知らない子供だった私は、生まれて初めての何もかもに耐えきれず、衝動的に道路のいたるところにある水溜りに長靴でバシャバシャと踏み入ってはよく叱られたものだった。


あれからもう20年。相変わらず今日の天気も雨。


南の国で起きたひどい化学工場のの影響で、この街には南風に乗って始終『毒』の風が吹き付けてくる。

その影響から逃れるために街全体をドームで覆ったのが、ちょうど私が生まれた年。私はこのいまいましい格子状の天蓋と同い年だ。

 ガラスで覆われた天井に格子に設置された洗浄機から常に『雨』が噴霧されている。

そのため、地面にはいつも虹色の膜が張った水たまりができている。灰色の街並みが虹色の水たまりに写っている様子をみて、幼い私は無邪気にも綺麗だとさえ思ってしまった。


…今思うと本当に忌々しく厄介な記憶…。


 そして、めでたくこの街が背負った深い悲しみを担う一員となった私は、今日も傘をさし、履き古した長靴でもって街をとぼとぼと歩いていた。

向かう先はかかりつけの病院。病院では、いつも長く待たされて、ようやく名前を呼ばれて診察室に入った。


「…原因は、洗浄雨に含まれる環境ホルモンのせいでしょう」


そして、診察室で医者は素っ気なく同じ診断を下す。


「念のため来月また検査をしにきてください。

…なんどもいうようですが、可能性はまだ十分にありますよ」


 またか、と思いつつ、いや、いつものことだと思い直して病院を出る。

そして、お医者の先生の言うその可能性とやらを確実なものにするために街の中心にある広場の教会で敬虔な形に首を傾げてしばし黙祷。


そして、教会を出ると必ずマーケットに立ち寄ることにしている。

次の診察に向けて健康管理に気を使った二人分の食事の材料を買って家に帰るためだ。


食材を物色しながら思う。

虹色の雨が降っている限り、おそらくこのサイクルは永遠に変わらないのだろう・・・。


 でも、今日はちょっと違う。

帰り道の買い物はもうすこし先延ばしにすることにして、私は町の広場にある木の根元でその時を待つことにした。

時計を見ると、もうあと5分で昼の12時。

お腹はぺこぺこ、でも胸は期待に膨らんでいた。とうとう待ちに待った年に一度の「その時」がくるのだから…!


 昨日夕飯どきに食卓にあるラジオから、実に半年ぶりの天気予報が流れたのだ。

「昨日未明から北風が吹き始めました。

気象局の審査の結果、明日正午をもって、季節を「冬」と宣言します。

つきましては天蓋の解放を行います。なお、明日の天気は晴れ、最高気温は3度・・・」


ゴオオン・・・ゴオオン・・・ 


  広場にある教会にある鐘が打ち鳴らす深い音とともに虹色の雨が止んだ。

そしてみるみるうちに空を覆う格子の真ん中に青い亀裂が入リ始めた。

天気予報通りの明るい晴天が現れ出る。

続いて外界からの風が流れ込んできた。

冷たい北風と冬の匂いがさっと街を通り抜ける。


そして、その風の中に冬の到来を告げる贈り物がキラキラと舞い降りてきた。


 遠くの雪雲から風に乗ってきたやってきたそれは、いやらしい虹色の雨などではなく、清らかな雪の結晶・・・風花(かざばな)である。


 そう、私に与えられた名前と同じ。そして今、この街に与えられた希望の象徴でもある空から降り注ぐ小さな贈り物だ。


 それは恒例の「祭り」の始まりの合図でもあった。

窓という窓から人が顔を出し、手を振っている。

風花(かざばな)を取ろうを我先に手を伸ばしているのだ。

玄関先には綺麗に飾られたモミの木がこぞって並べられ、心が浮き立つ音楽とともにイルミネーションがぴかぴかに輝き始めた。


皆こぞって朝から洗濯機を回していたらしく、窓に竿を掲げて、家の中にあるありったけの洗濯物を本物の陽光にかざして干し始める。

まるでちいさな勝利の旗印のように。


 街が空を取り戻し健やかに生き返ってゆくのをのを見届けて、私は傘を閉じ、コートのボタンを外し、風花(かざばな)の舞い散る賑やかな街の一部となって走り出した。

 希望はまだちゃんとある。

この「風花(かざばな)」がその証拠だ!


(了)


©2018年青山天音

この作品はオリジナル作品です。すでにG+にて一般公開したものになります

カクヨムには投稿するにあたり2018年11月25日 に公開を前提として登録作業を行いました



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冬祭り 青山天音 @amane2018

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