第11話 目指せ!エレファントマスター

「ラオスに行くと象使いの免許が取れるらしいぞ」

 

 そんな噂を聞いたのは日本を出発する数日前のことだった。ただ象に乗れるだけではなく、免許が取れる。そもそも象使いの免許ってなんだよ、意味が分からないよと詳しく調べてみると、ルアンパバーン近郊にあるエレファントキャンプという場所に行けばいいらしいことが分かった。そうと分かれば行かない理由はない。さっそく現地のツアー会社を探して象使いの訓練を申し込んだ。

 

 象使いの訓練に向かう朝、「ある程度濡れる可能性があるから着替えを持ってきたほうがいいよ」というツアー会社のアドバイスに従い荷物を用意する。ホテルに来た迎えの車に乗り込み30分ほどすると、メコン川沿いにあるエレファントキャンプに到着した。

 まずは象に慣れるために、背中に椅子を装備した象に乗って軽く散歩に出かける。ベテラン象使いの操る象の背中は激しく揺れるものの快適で、カメラを構えて写真を撮る余裕もある。キャンプに戻ると、いよいよ象使いの講習が始まる。まずは座学として象に指示を出すための掛け声を3分ほど学ぶ。それで座学は終わり。トータル3分。マジかよ。

 カップ麺を待つ時間で済むような座学を終えると、いよいよ象に乗ることになる。さっき覚えたばかりの掛け声で象を座らせると、前足を踏み台にして何も装備していない裸の首にまたがる。思いのほか堅い象の体毛が首を挟んだ足や頭に置いた手に刺さるのだが、なかなか言いうことを聞かない象から落ちないようにするのに一生懸命ででそんなことを気にしている暇はない。象たちはトレーニング中の参加者の指示を聞いたり無視したりしながらジャングルの中をどんどん歩いていく。森を抜けてると目の前に広がるのは茶色く濁ったメコン川。象たちはどんどん川に向かって進んでいく。

 

 「今から川に入って象の体を洗ってもらいます」

 

 なんとなく予想はしていたが、やはりメコン川に突入するらしい。足の先が川に触れると、メコン川の水は思ったよりも冷たい。とはいえ腰まで濡れるくらいだから問題ないだろうと思いながらインストラクターから渡された木のタワシを使って象の頭や耳の裏を洗っていると、いきなり象が鼻先だけを水面に残して一気に水面下までしゃがみこんだ。当然乗っている人間も無事で済むはずもなく、胸元までガッツリとメコン川に浸かることになってしまった。すっかり水面下に潜ってしまった象は、鼻が出ているから呼吸に問題もないのか、なかなか浮かび上がってこない。こうなってしまっててはもう笑うしかない。

 たっぷりメコン川に浸かった後は、気持ちよさそうに浮かび上がってきた象に揺られてキャンプまで戻り、昼食となる。ずぶ濡れのまま食事というのはさすがに嫌だなと思い、あらかじめ用意しておいた予備の服に着替えてカレーっぽい炒め物などを食べる。食事が終わると、午後の訓練が始まった。

 再び裸の象にまたがると、またジャングルの中へと歩いていく。「あれ、このコースは午前中と同じなのでは……?」と思い横を歩いているインストラクターに聞いてみると、「イエス!もう一回メコン川に入れるよ!」と答えてきた。つまりこの着替えた服もずぶ濡れになってしまうわけだなと天を仰ぎながらも、象に揺られて再びメコン川の水に沈められたのだった。

 

 結局、ずぶ濡れの服を着たままツアー会社の車に乗り込み町まで戻り、無事象使いの免許を無事取得……とはいかない。そもそもの話として、象使いの免許などというものはなく、ツアー会社が発行する「象使いの講習を受けた証明書」が発行されるだけなのだ。そりゃ座学3分で免許が取れるわけない。

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