第10話 夜明け前のパレード
バンビエンの次に向かったのは、多くの寺院が存在し、仏教都市として世界遺産に登録されているルアンパバーン。この街で行われる早朝の托鉢は、寺院が多いこともあって大勢の僧侶たちが途切れることのない長い列を作ることで有名だ。夜明け前の暗闇の中で、オレンジ色の衣をまとった僧侶たちの列が作り出す光景は幻想的で必見だ、などとガイドブックには紹介されている。托鉢の風景はビエンチャンで既に見ているのだが、そこまで有名だというのならば一応見ておこうと思い、夜が明ける前にホテルを出て托鉢が行われるという街のメイン通りに向かった。しかし、そこで目にしたのは私が思い描く托鉢とは少し違った光景だった。
まず最初に出会った違和感は、僧侶たちに渡すための食べ物やお菓子を売る商売人の多さだった。ビエンチャンでは出会うことがなかった人たちだ。彼らが対象にしているのは、信仰や日常生活の一環として托鉢に参加する地元の人間ではなく、ツアーのイベントとして托鉢に参加しようという観光客だ。そして、大通りの歩道に目を向けると、プラスチック製の小さな椅子がずらりと並べられている。これらも当然ながら観光客向けのものだ。観光客たちは僧侶たちがやってくる15分くらい前になるとガイドに連れられて集まってくる。そして路上で売られているもち米などを買って椅子に座ると、スマートフォンを片手にせっせと自撮りに励む。
しばらくして僧侶たちがやってくると、椅子に座った観光客たちは僧侶たちが首から下げているジャーのようなものにもち米などを入れていくのだが、今度はその様子を間近から撮影する観光客たちが集まってくる。僧侶1に対して観光客3、いやもっと多かったかもしれないくらいの比率だ。その光景はまるでテーマパークで行われるパレードのようだ。
もう一つ違和感を覚えた、というか驚いたことは、僧侶たちが托鉢で得た食べ物を街角に置かれた籠に捨てていたことだ。おそらく観光客の増加で托鉢で得られる食べ物が多くなりすぎて器に入りきらなくなることが原因なのだとは思うが、それでも僧侶が食べ物を無造作に捨てているという光景のインパクトは大きい。
この捨てられた食べ物がどうなるのか気になって、托鉢が終わった後もしばらく様子を見ていたのだが、どうやら地元住人たちが籠ごと回収しているようだった。その後、食べられそうな部分はうまく再利用するためだろうか、カゴの中身を選別し、一部を持ち帰っていた。自分たちで売ったものをうまく回収しているとも言えるこの循環は、ある意味では僧侶から地元住民へのプレゼントなのかもしれない。また、僧侶たちは自分の持つ器に入りきらなくなった食べ物を路上の籠に捨てるだけではなく、観光客が多い通りから少し離れたところに座っている子供達に分け与えたりもしていた。与えられる僧侶と与える僧侶が共存する、なんとも皮肉で不思議なものだ。
世界遺産に登録されて観光客が増えてくると、従来から行われてきた風習が損なわれてしまうのはルアンパバーンに限った話ではないだろう。自分の行動を振り返ってみても、観光客として信仰とは全く関係のない宗教施設などを見て回ることも多い。また、こういった問題は観光という分野に限った話ではなく、たとえば趣味の分野でも、自分がメインターゲットとされていないジャンルのイベントに参加することもあり、状況としては似たものを感じる。どんな場所で、どんな風に振る舞えばよいのか。なかなか難しい課題だ。
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