第28話 誇りと挟持
「終わったか。……ああ、しんどかった!」
ジェフェリーは緊張の糸が切れ、その場にへたり込む。と同時に、カークが元の姿へと戻り、ジェフェリーの傍らに座った。ジェフェリーは優しく微笑んで、その頭を優しく撫でる。
普段苦戦する事がほとんどないジェフェリーにとって、ここまで疲弊するのは異例中の異例だったのだ。本当ならもう少しスマートに事を運ぶ事が出来たはずだったのだが、どうにもトラブルが多すぎた。その9割方はチヅルが原因なのだが、情報を隠しすぎた自身にも非はあるので、とりあえず何も言うまいとジェフェリーは心に決める。
「お疲れ様。でもちょっとだらしないわよ。ほら、しっかり立ちなさい」
チヅルはジェフェリーに近付き、手を差し伸べる。だが、ジェフェリーは首を振って拒否した。
「ちょっとは休ませてくれよ。ほとんど俺1人でこいつを倒したんだぜ?」
「……うん、そうよね。まだちょっとだけ時間もあるし、少し休みましょうか」
そう言って、チヅルはジェフェリーの側に膝を抱え込む形で腰を降ろす。
ジェフェリーは思わずチヅルの顔をいぶかしむように見つめてしまった。断った事に対して何かぐちぐちと言われると覚悟していたからだ。
「……何よ?」
「いや、えらく素直だなあ、と」
「だって全部私のせいじゃない。戦いに集中出来なかったり、かと思ったら1人で突っ走ったり。全く、自分が情けなくなるわ……」
深々と大きく溜息をつき、チヅルは顔を伏せてしまう。
ジェフェリーにはチヅルを慰めるような言葉が出てこなかった。だが代わりにもう一度、地平線を見つめながら、あの問いを投げかける。
「なあ。スーヤはお前に、一体なんて言ったんだ?」
チヅルは答えない。顔を隠すように下を向いたまま、微動だにしなかった。ジェフェリーは小さく息をつくと、意味も無くそのまま遥か地平の先を見続ける。
そのまま制限時間まで続くと思われた矢先、ぽつりとチヅルの声が聞こえた。
「ねえ。あんたは何でロストブックに潜るの?」
「金のためだ。今はそれ以外に理由は無い」
迷う事無く、即答でジェフェリーは答える。
自分がブックダイバーになった事で、1人の人生を決めてしまった。だからジェフェリーには、それを叶えさせる義務がある。どんな事をしてでも。それなのに、
「……フ、どうしたの?」
チヅルの声で我に返る。気が付けば、自分の前髪を掴み、引き千切らんばかりに力を込めていた。慌てて手を離すと、何事も無かったようにへらっとした軽い笑いを作った。
「悪い。ちょっと疲れが出ちまってたみたいだ。で、何で俺にそんな事を聞くんだ?」
「スーはね、もうロストブックには潜りたくないんだって言ったの。他の世界へ勝手に入り込んで、暴れて、傷つけて。まるで押し入り強盗みたいだって。私、何も言えなかった。スーの言ってる事は正しい。私達が生活や技術発展のためだと正当化していようと、根本にあるそれはどうやったって否定できないもの。今回もその事がずっと頭から離れなくて。本当に、ごめんなさい」
「……なるほどな」
チヅルの告白を聞いて、ようやくジェフェリーは納得できた。
自分が誇りを持ってやってきた仕事を子に否定された。そのショックは相当なものだったろう。しかも、すぐにスーヤは浮遊岩へ消えてしまった。これでは寝込むなと言う方が無理だ。むしろ、たった3日間でよく立ち直れたものだと感心するべきだろう。
「ジェフ。私ね、スーを取り戻したら、ブックダイバーを辞めるわ。ううん、それだけじゃない。トリガー技師も引退する」
「な、本気か!?」
「ええ。だってスーに胸を張れる仕事がしたいもの。そうね、イーヴリンと一緒に空の向こうを目指してみようかしら。今回の件であの娘には本当に迷惑をかけたし。ジェフ、あんたはどうするの? このままダイバーを続けていたら、スーに嫌われちゃうかもよ?」
少しおどけた口調で、チヅルが話を振ってきた。スーヤがブックダイバーを嫌っているなら、ジェフェリーも辞めて別の道を探すのも悪くは無いかもしれない。
しかし、
「駄目だ。俺にはどうしても金がいる。こんな仕事じゃないと、とても補いきれないんだ」
「スーに嫌われても?」
「嫌われてもだ」
頑として意思は曲げない。誰が何と言おうと、何と思われようと。これだけはやり遂げなければならないから。
「分かっちゃいたけど、あんたも相当頑固ね」
「頑固結構。男は強い意志を秘めてこそ、良い男になるんだぜ?」
「バーカ。あんたみたいな軽い男、全然良い男じゃないわよ……っと、そろそろ時間かな」
チヅルがロブグローブを覗く。ジェフェリーも確認してみると、もう残り時間は5分を切っていた。
「だな。それはそうとチヅル、お前のハンマーは探さなくていいのか?」
「あ! 忘れてた!」
チヅルは慌てて立ち上がると、トリピングの周囲を血眼で探し出した。そしてしばらくすると、黒焦げになったハンマーを引き摺って、ジェフェリーの所に戻ってきた。
「あはははは! これはまた良い色に焼けたもんだ」
「……いいわよ。戻って直せば元通りになるんだから」
そう言いながらも、チヅルは深く深く溜息をつく。大分ショックだったのだろう。
「まあ見つかってなによりだ。チヅル、そいつからモジュールを取り出してくれ」
「え、何で私が?」
「ほとんど何も出来なかったチヅルに、最後に花を持たせてやるって言ってんのさ」
「ぶん殴りたくなるほど嫌みったらしく言うわね。……分かったわよ」
チヅルは諦めて、ロブグローブをはめた右手を、音も立てずにトリピングの中へと入れる。微妙な表情でしばらく中をまさぐっていたが、ぴくっと眉が動き、腕を中から抜き出した。
その掌が握っていたものは、ゲル状の深緑をした物質だった。
「げ、何よこれ!」
チヅルは思わずそれを遠くへと放り投げてしまう。だがそれが地に着くよりも早く、カークがそれを空中で咥えて、またこちらへ持ってきた。
「おいおい、あんまり粗末に扱うなよ。それが、トリピングを覆っていたあの粘液を作り出すモジュールさ」
「どうやってこんなもん使うのよ。固形ですら無いじゃない……」
「そんなの俺が知るかよ。そこはチヅルのアイデア次第だろ? さて、目的の物も手に入れた事だし帰ろうぜ」
「明日からの事を思うと頭が痛いわ……」
げんなりとしているチヅルを見て楽しそうに笑い、ジェフェリーは立ち上がる。
「ジェフ」
「ん?」
「ありがとう」
「……本当にらしくねえよ。今日のお前」
2人はロブグローブのコンソールを操作した。すぐに青い光は現れ2人を包み込む。数瞬後、2人は元の世界へと帰っていった。
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