第29話 決意と覚悟

 2人がモジュールを手に入った次の日、ジェフェリーとチヅルはイーヴリンの家へ戻り、玄関のベルを鳴らす。するとすぐにせわしない足音が聞こえ、イーヴリンが笑顔で2人を出迎えた。


「おかえり、2人とも!」

「ただいま、イーヴリン。ちゃんと目的の物は取ってきたわ。これで着地の問題はクリアよ」


 チヅルは四角い透明の容器に入ったゲル状のモジュールをイーヴリンに見せる。だがイーヴリンは不思議な顔つきをして首を傾げた。


「なに、これ?」

「着地時の衝撃緩和とブレーキの両方を実現させる事の出来るモジュールよ。私もこんな状態のモジュールは見るの初めてだけど」

「初めて現物を見たけど、HO技師やトリガー技師ってすごいんだね。僕にはどうやって使うかさえ想像が出来ないよ」


 羨望の眼差しがイーヴリンからチヅルに向けられるが、チヅル自身、これをどう扱っていいのか分からないため、罪悪感のような感情が湧いて目を逸らしてしまう。


「……それは後で考えましょう。それよりアルは?」

「リビングにいるよ。さあ、入って。最後の問題について話していたところだったんだ」


 チヅル達は頷き、リビングに入る。そこには、難しい顔をしてテーブル上に広がっている大量の紙を見ているアレックスがいた。こちらに気付くと、紙から目を離してチヅル達に視線を移した。


「帰ったか。どうだった、収穫は?」

「愚問だな。この俺がいて、取ってこれないモジュールなんて無いぜ」

「そうね。今回はジェフが珍しく大活躍だったわ。それでそっちは?」

「エンジンの問題はクリアだ。再設計も終わった。だが……」

「分かってる。あれね」


 チヅルはアレックスが眺めていた紙に目を向ける。そこにはいくつものアイデアが書かれ、その上から横線が引かれている。どれも駄目だったのだろう。

 そこに、キッチンから人数分のカフイを持って、イーヴリンが現れた。


「僕らが考えた案はその紙の通り。でも、どれも実現するとなると難しいんだ」


 そう言いながら、イーヴリンはカフイをテーブルに並べていく。


「そうよね。あの外殻に穴を開けるには相当なエネルギーが必要なはず。でも、そんな威力の武器は作れないし、作ったとしても空船のエンジン推力はもうぎりぎりで載せられない。かと言って、HOじゃそんな威力のある物は作れないし」

「じいさんにも相談してみたが、流石にそんなモジュールは無いって一蹴されたぜ。そりゃそうだよな。そんなもんがあったら、今頃世界は大混乱だ」


 もしそのようなモジュールが存在していたとすれば、間違いなく兵器として利用される。だが、そんな事実は無いし噂さえ誰も聞いた事が無い。

 モジュールは効果の独自性が高いものの、純粋な力はさほど大きくはない。言ってしまえば器用貧乏。瞬発的な火力を求めたければ、既存の兵器を使った方が余程効率が良いのだ。この点が、普通の機械とHOの住み分けになっている。


「いっその事、そのまま突撃しちまうってのはどうだ? 硬化効果のあるモジュールを使えば、大抵の衝撃には耐えられるって聞くぜ?」

「それで、ぶつかった時に中の私達はどうなるの? 確かに空船に衝撃緩衝装置は付けるけど、そんなものじゃとても防ぎきれないわ。さしずめ空船がシェイカーで、私達がカクテルの材料ね。一流バーテンダーも顔負けのシェイクで、あっという間にブラッディマリーが出来上がるわ」

「えぐい言い方するね……」


 イーヴリンが口に手を当てて呻く。中身を想像して、吐き気を催してしまったのだろう。


「いや、それでいこう」

「そうそう……ってはあ!?」


 無理だと言う答えが返ってくると思い、チヅルはさらっと答えたが、それが全く逆だと気付き、裏返った奇妙な声を上げてしまった。さらにチヅルを驚かせたのが、その発言をしたのは、アレックスという事だった。

 チヅルはアレックスにずかずかと近付くと、両手でアレックスの胸元を掴む。


「あんた、こんな時に冗談で言ってるなら怒るわよ。分かってるでしょ、そんな事は不可能な事ぐらい!」

「直接空船が衝突したならな。だが、これを使えばどうだ?」


 そう言って、アレックスは右手をチヅルに見せる。その手には、リフレクトブロウが着けられていた。すぐにチヅルはアレックスが言わんとしている事を理解する。


「ば、馬鹿! 何考えてるのよ! まさか自分は空船の外にいて、当たる瞬間にあれを殴るとでも言うつもり!?」

「空船の前面装甲を切り離す仕組みを作り、俺だけがその中に入ればいい。後は接触する直前に切り離して、リフレクトブロウを外郭に接触させればそれで済む話だ」

「なあ、アルのリフレクトブロウに使われてるモジュールを、別の物に作り変えちまうってのは駄目なのか?」


 ジェフェリーの至極当然な疑問に、チヅルは首を横に振って否定した。


「無理よ。HOは他者に悪用されないよう、使用者を限定する事が義務付けられてるの。例えばカークは、使用者であるあんたと、製作者である私達しか機能を使う事が出来ない。あと、あんたが死ぬと全機能を停止するように作ってあるわ」

「つまり、アレックスのそれにもそう言った仕組みが組み込まれていると?」


 アレックスはジェフェリーの答えに頷いて肯定する。


「そうだ。こいつは俺の生体情報をキーに起動する。この生体認証プログラムの一部分は、モジュールに直接刻み込んであるんだ。それを少しでも崩したら最後、二度とモジュールは使えなくなる」


 アレックスは、ジェフェリーにリフレクトブロウのモジュールを見せる。表面は滑らかで傷一つ無い。だがモジュールの裏側には、注意しなければ分からないほどの細かい模様がびっしりと刻まれていた。

 すると、それまで黙っていたイーヴリンがアレックスの案を否定した。


「でも、やっぱり無茶だよ! いくら一瞬だって言っても数十、ううん、数百メルセルクの風圧で拳は前に出せないし、立つ事さえままならない。それに、もし成功した場合でも、粉砕された瓦礫が当たって死んでしまうかも……」

「風圧に関しては問題ない。対策は考えてある。瓦礫は……それぐらいのリスクは仕方ないだろう。100%うまくいく方法なんて有り得ないんだ。もちろん、もっと良い方法を思い付ければ、途中でそっちに移行する。さてイーヴリン、これで君が提示した2つの条件はクリアした。空船を飛ばす事を許可して貰えるな?」

「……分かった」


 アレックスに迫られ、イーヴリンはゆっくりと、辛そうに頷いた。それを確認したアレックスは、玄関へと歩を進める。


「さあ、作業に入ろう。俺とイーヴリンは引き続き空船の設計と開発を。チヅルはモジュールの分析、トリガーの作成。ジェフは資材と技術の調達だ」

「ちょ、ちょっとアル!」


 勝手に切り上げようとするアレックスをチヅルは止めようとするが、それに振り返る事無くアレックスは出て行ってしまった。

 残された3人はその場に留まっていたが、最初にジェフェリーが動いた。


「とりあえず、何が欲しいか分からないと動きようが無いな。イーヴリン、必要な物をリストアップしてもらえるか?」

「う、うん。でもそれはアレックスとも相談して決めないと。一旦全員で倉庫に行こうか。ね、チヅル?」

「え、ええ。そうね」


 イーヴリンに同意を求められ、戸惑いながら返事を返した。


 この時、チヅルの心の中では激しい葛藤が渦巻いていた。なぜ自分はもっと強く止めなかったのかと。アレックスが、いや、誰かが犠牲になり得る案なんて止めるべきだった。間違いなく、チヅルの本心はそう囁いている。

 だがその一方で、肯定する自分もいる。スーヤを救う手立てはもうこれしかない。ただでさえ時間が無いのに、これ以上悩んでいたら間に合わなくなってしまう。

 二律背反に迷いながらも、チヅルは進む事を選ぶ。もしかしたら、もっと良い案が生まれるかもしれない。その微かな希望を秘めて。

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