第13話 冤罪

「ジェフェリー、お前は一体何をやらかしたんだ?」


 チヅルが出て行ってから約1時間後。チヅル、スーヤ、ジェフェリーはまた陰日向へと戻ってきた。

 チヅルとスーヤは特に変わり無い。だが、ジェフェリーだけは変わり果てた姿に変貌していた。その顔はボコボコにされており、アレックスの記憶に残っている原型からは限りなく遠い形をしている。


「いや、俺は絶対に何もしてなくてさ。武器を出された時は、マジで頭を潰されるかと……」


 めそめそと、顔を床に突っ伏してジェフェリーが泣き始める。よほど恐ろしい目にあったのだろう。


「そうだよ、チヅ! ジェフはただスーヤの相談に乗ってくれてただけなんだから。ほら、ちゃんと謝って!」

「あー……ジェフェリー? えっと、ね、ごめんなさい。私の早とちりだったみたいで。でもちゃんと言ってくれれば……」


 スーヤに窘められ、チヅルは言葉を濁しながら、ジェフェリーに謝罪の言葉を投げかける。ただその表情は仕方なくといった感じで、少々嫌々にも見える。素直に謝ろうとしても、高いプライドが邪魔するのだろう。


「説明しようにも、聞く耳持たず襲われたんだけど。後少しでもスーヤが止めに入ってくれるのが遅れてたら、マジでどうなってたか……」

「だから! 本当にごめんって謝ってるでしょ!」


 3人の会話から察するに、ジェフェリーとスーヤが何かしていたところをチヅルが目撃し、それをチヅルがいかがわしい事と勘違いして、ジェフェリーを肉塊にしようとした間際にスーヤが止めに入ったというところだろう。


「ジェフェリー、お前まさかスーをおそ……」

「馬鹿野郎! そんな事、相手のOKも出ずにやるわけ無いだろ! それが出来ればもっと堂々と……!」


 拳を握り締めて力説するジェフェリーの襟をチヅルが掴み、力ずくでかがませた。そしてその肩に腕を回し、ジェフェリーの肩に自分の顔を並べる。


「出来れば……何?」

「へ? あははー。いやあの、もっと親しくなれるかなあって……」

「そう。今回の事は私に非があったみたいだから、今の言葉は聞き流してあげる。でもね」


 チヅルの右手が、がしっとジェフェリーの頭を掴み、無理やりチヅルの方へと顔を向けさせる。


「ちょっと前にも言ったけど、手を出してスーを泣かせてみなさい。私が考え得る全ての苦痛と屈辱を味あわせて、この世に生まれてきた事を後悔させてあげるから」

「えっと……それは具体的にどういった内容を?」

「聞きたい?」

「いえ、やっぱいいっす……」


 ジェフェリーの顔が恐怖で引き攣り、細かく震えている。それでも笑顔を崩さないあたりは流石と言ったところか。

 それを見てよしとしたのか、チヅルはジェフェリーを離して立ち上がる。ジェフェリーは緊張の糸が切れてしまったようで、その場に座り込んでしまった。そんな彼を心配したのか、カークが尻尾を垂れ下げてジェフェリーの元へ歩み寄る。


「はは、情けねえ……」

「気にするな。相手が悪すぎる」


 アレックスはジェフェリーの肩に手を置き慰めるが、まるで意味が無い。むしろ、慰められた事で余計に傷を広げてしまったらしく、ジェフェリーは顔を俯けてさらに落ち込んでしまった。


「おかしいよな。俺、何にも悪い事なんてしてないんだぜ? 冤罪を被って長々と牢屋に入れられた奴の心境って、こんな感じなんだろうな……」

「ああもう! いつまでも、うじうじしてんじゃないわよ!」

「いや、元はと言えば、お前が9割9分悪いんだろう」

「だからそれはさっき認めて謝ったじゃない。……ねえ、お詫びと言っては軽すぎるかもしれないけど、今夜家で夕食をご馳走するわ。なんとかそれで手を打って貰えないかしら?」

「……スーヤの手料理なら」

「何よ! 私の料理が嫌だっての?」

「スーヤ作るよ! ジェフのために何でも作っちゃうんだから!」


 この一言で、ジェフェリーの目に力が戻った。さっきまでの陰鬱さはどこへ行ったのか、爛々と目を輝かせてスーヤの手を握る。


「よっしゃ! それで全部水に流すぜ。さあ行こう、今行こう!」

「馬鹿、まだ早いわよ。それより昼食に行かせてよ。あんた達はもう食べちゃったみたいだけど、私とアレックスはまだ何にも食べてないのよ?」


 思い出したように、スーヤとジェフェリーの腹の虫が泣き出した。


「なに? あんた達、まだ食べてなかったの?」

「えへへ、実はそうなの」

「何食おうか迷ってたら、すっかり時間が過ぎちまっててさ」

「優柔不断な男は嫌われるわよ? まあいいわ。私のいきつけの店で良ければ一緒に食べましょう。絶品のマスクートを出すところがあるのよ」


 マスクートとは、スフィと呼ばれる球体の形をした生き物の中に、様々な食材を詰めて蒸し焼きにしたものだ。蒸す事でスフィは2倍以上の大きさに膨れ上がり、それを針で突き刺して破裂させるのがこの料理の醍醐味である。手軽に家庭でも作れるとあって、マスクートはこの国の代表的な料理の一つとされている。


「マスクートか。そういや久しく食ってないっけ。アレックス、お前ももちろん行くよな」

「まあ、他に行く予定もないしな。だが夕食は食わん」

「なに? まさかそんなにまずいとか……」


 ジェフェリーがチヅルをいぶかしむ。その視線にむかっときたのか、チヅルが全力でそれを否定する。


「まずくないわよ! これでもちょっとは自信があるんだから」

「確かに味はいいんだがな。食った後にとんでもなく胸焼けがするんだ。1週間は覚悟しとけ。あれを食って何とも無いのは、こいつら2人ぐらいしかいない」

「そんなもの! 俺のスーヤへの愛さえあれば、胸焼けの1つや2つ!」

「はあ。もういいわ。それよりさっさと行くわよ。早くしないと売り切れちゃう」

「うん。いこいこ!」


 そうがやがやと騒ぎながら、アレックス達は店の外へ出て行く。そして、ここに取り残された者が1人。


「あいつら、途中からわしの存在を無視しおって……。せめて一言ぐらい、行くかどうか声をかけてくれてもいいじゃろうに……」


 そう寂しそうにロイスは1人いじける。だが結局、誰1人としてロイスの事を思い出す事はなかった。

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