第11話 密談
スーヤとジェフェリーが出ていったのを見届けると、ロイスは店の入り口へ出て閉店の札をかけ、カウンターへ戻ってきた。
「さて、これであの時の事情を知る3人だけじゃ。情報交換といこうか」
ロイスがスーヤとジェフェリーを追い出したのは、今からほぼ1年前に起きた、あの出来事について語るためだった。
「まずはチヅル、お前から話してもらおうか。ここ最近のスーヤの様子はどうじゃ?」
「特に大きな変化は無いわ。やっぱり成長はもう私達と同じになったみたい。体の成長の割に、精神年齢の成熟が遅いのが気にかかるけど。それでも吸収力は大したものよ。もう言葉も普通に話せるし、一般常識もほとんど問題無いところまできてるわ」
スーヤはあの時、ロストブックから連れて来てしまったロストブックの住民だった。
爆発的な成長はたった1ヶ月で成人近くにまで達し、知性も言葉を理解し話せるまでになったのだ。スーヤという名は、その時自らが話した名前である。
言葉が話せるようになった後、問い詰めない程度に話を聞いてみたが、自分が何者かさえ分かっていないようだった。ようやく話が聞けると喜んだが、これでは意味が無い。また1つ、スーヤの出生や目的を知る道が消えてしまった。
だが、もう外に出せると判断した3人は、スーヤがチヅルの遠い親戚であるとしてスーヤをチヅルの養子として登録した。チヅルはこの国の国民では無い。だから辻褄を合わせる事は容易だった。
少々特殊な髪色や瞳の色からいぶかしむ者もいたようだが、適当にはぐらかす事で、今ではすっかり街の人間はスーヤを受け入れている。
「身体能力の方もばれていないな?」
「アレックスと私が作ったHOのおかげって事で、ちゃんと誤魔化せてるみたい。私の見た感じでは、疑ってる人はもう誰もいないわ」
スーヤは、その身体能力が常人とは桁外れに優れていた。軽くジャンプするだけで、大人4人分の高さ程度は余裕で飛べてしまう。
もちろん、このままではすぐにスーヤが人で無い事はすぐにばれる。そこで、スーヤの身体能力はHOによる強化によるものだという事にしたのだ。
「さて、それじゃ次はわしといくか。協会の方にそれとなく探りを入れてみたが、特に気付いておる様子は無かった。あっちもマークはされておらんようじゃな」
「良かった。これで一安心ね……あ」
「どうした?」
チヅルが小さく声を上げ、少し視線を下に向けた。どうやら少し心配事があるようだった。
「うん、大した事じゃないと思うんだけど。どうもあの子、夢遊病の気があるみたいなの」
「夢遊病?」
「そう。この前、夜遅くスーの部屋に行ってみたら、ベッドから上半身を起こしてじっと窓の外を見てたの。声をかけても反応が無くて、ちょっと揺すったらすぐに正気を取り戻したわ。でも、その事を全く覚えてないみたいで」
「そうか。それは少し気になるな」
アレックスが口元に手を当てて考え込む。
普通の子供だったらほとんど問題は無いが、スーヤの場合は特別だ。今は何も起こっていないが、何らかのきっかけでとんでもない事が起きてしまう事だって考えられる。少しの変化でも気にかけておくべきだ。
「チヅル、今は別々に寝ているのか?」
「え、ええ。もうそろそろ、自立心も養わないといけないと思うし」
「だが、その夢遊病は少し気にかかる。それが収まるまで一緒に寝てやってはどうだ? スーもその方が喜ぶと思うが」
「……うん、そうね。今夜からそうする事にするわ」
チヅルは軽く頷いて、アレックスの案に肯定する。アレックスもそれに頷き返した。
「次は俺だが……すまない。特に報告するような情報が無いんだ」
「そう。まあ仕方ないわよ。あと知りたいのはこの国、ジークス自体がスーの事を疑って無いかだけど、アレックスにそんなコネは無いでしょうし」
「少し癪に障る言い方だが、その通りだ……」
不服そうに、アレックスがふいっと顔を逸らせて口を尖らせる。普段のアレックスなら、こんな子供っぽいしぐさはしない。2人が成果を話す中で自分には何もなかったのがそれだけ悔しかったのだろう。
「まあ、これで情報交換は終わりとしようじゃないか。後はここでゆっくりと、ジェフェリーとスーヤが戻っておればいい」
「あ!」
突然チヅルが素っ頓狂な声を上げたので、2人は驚いてチヅルの顔を見た。
「どうしたいきなり?」
「いつまでに帰って来いって言うの忘れちゃった……」
「そうか。ジェフェリーとスーヤの遊び人コンビだ。いつになったら帰ってくるか、分かったものじゃないな」
「私、探してくる!」
チヅルは弾かれたように駆け出し、店の入り口から飛び出していった。
「全く慌しいのう」
ロイスは1つ溜息をつく。
「それだけスーが心配なんだろう。正直不安だったが、良い親代わりをやっている」
「もうすっかり親の顔じゃよ。あの子はチヅルに良い影響を与えてくれた」
「そうだな。陰に沈む事も無くなったし、毎日が楽しそうだ。いつもカリカリしていた以前とは比べ物にならない」
コト、という音が鳴り、カウンターへカフイが置かれる。話の最中にロイスが淹れていたものだ。アレックスはそれに軽く口をつける。
「お。チヅルの奴、ブックダイバー試験の通知書を置き忘れていったな。どれ」
アレックスはもう一度通知書を読み直す。通知書には試験の日程と担当官の名前が載っていた。その担当官の名前を見た瞬間、カフイを飲んでいた手がぴたっと止まる。
「ジョイス……バイミラーだと!」
「ほ! 懐かしいのう。お前が試験を受けた時の試験官じゃったか。散々いじられて、最後は涙目になっとたな」
「なってないし止めてくれ。あの時の事は思い出したくも無い」
そう言いながら、カップのカフイをすする。それはこのカフイのように、アレックスにとってとても苦い思い出だったのだ。
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