第10話 ジェフェリー

「ところで、お前達は何しに来たんだ? ロストブック漁りというわけでも無いだろう?」

「っとそうだった。じいさん、あれ届いたんだって?」

「おお、そうじゃった。ほれ、これじゃろ」


 ロイスはカウンターの引き出しを開けてごそごそと何かを取り出すと、一枚の紙をカウンターに置いた。黄色い上等紙に右下にはブックダイバー協会の赤い印判。アレックスはこの紙に見覚えがある。


「こいつは……ブックダイバー資格試験の通知書か。そうか、いよいよなんだな」


 アレックスは感慨深くそれを語る。通知書にはスーヤ・イサナギ宛となっている。つまりこれは、スーヤがブックダイバー資格試験を受けるという事だった。


「申請から半年だもんね。長かったわあ」


 ブックダイバーは誰もがなれるという訳ではない。不定期に行なわれる試験に合格して、初めてその資格を手に入れる事が出来る。

 何より問題なのは、ブックダイバーの総数に定員があると言う事だ。ダイバー達が使うロブグローブは今の技術で作り出せるものではなく、遺跡や地中からの産出でしか手に入らない。つまり絶対量があるため、それ以上定員を増やす事が出来ない。

 なので、試験申請した後は定員が空くまで待たなくてはならなかった。定員が空く時とは、ダイバーが引退するか、新しくロブグローブが産出された時の2通りある。しかし、ブックダイバー自体の人気の高さもあり、なかなかその空きが回ってこないのだ。

 半年ならまだ早い方で、チヅルは1年と3ヶ月。アレックスは2年も待った。それに比べれば、この半年というのは実に運が良かった。


「チヅ、これでスーヤも一緒にダイブ出来るんだよね?」

「そうよ。でもその前に、ちゃんと試験に受からないとね」

「うん、スーヤ頑張る!」


 両腕でガッツポーズを作り、嬉しさ満点といった感じでスーヤは顔をほころばせた。


「じゃがアレックス、いいのか? パートナーがいなくなっちまうぞい」

「まあ何とかなる。いざとなったらジェフェリーと組むさ」


 ダイブには定員があり、ブックを開いた時のページにロブグローブで触れないと、ダイブする事は出来ない。つまり、最大定員は2人と言う事になる。チヅルがスーヤと潜るのなら、もうアレックスはお払い箱という事になってしまう。


「おお、そうじゃ。今な、丁度……」


 ロイスが何か言いかけたところで、カウンターに置いてあったブックが紫紺に輝き始めた。


「おっと、噂をすればじゃな」

「じいさん、もしかして今潜ってたのは……」


 光はさらに輝きを増し、その中から1人の人影が姿を現し始めた。ゆっくりと紫紺の光が弱くなっていき、徐々にその姿が明らかとなっていく。


「いよう! 久しぶりだな、お二人さん。それに愛しのスーヤ!」


 その人物はブランドの長髪を肩に流し、緩いパーマがかかっている。顔は切れ長の目とすっと通った鼻が印象的で、街を歩けば声をかけられる事も少なく無いだろう。ブラックの薄手なロングコートと、それに合わせたパンツを着込み、首からは銀のネックレスが光っている。ネックレスのヘッドには、1枚の羽を模したものが付けられていた。

 男の足元には、かなり大型の犬がぴったりと寄り添っていた。毛色はかなり珍しいパープルで、見る角度によってその色合いを変えた。


「ジェフェリー。どうじゃった、成果の程は?」

「当然上々! 見て見るかい?」


 そう言うとジェフェリーは、担いでいた袋の中身をカウンターの上へぶちまける。袋の中から、色とりどりのモジュールが次から次へと出てきた。


「お見事! A3だというのに、よく1人でここまで取ってこれるもんじゃ。後はいつもの通りでいいな?」

「ああ、全部市場へ流してくれ。今スカンピンでさ、結構ピンチなのよ」

「なんじゃ、またか。こんなに稼いどるのに、一体どうやったら消えるんじゃ」

「まあ、そこは大人の事情って事で、ヨ・ロ・シ・ク」


 ジェフェリーはおどけて、ウインクしながら指先を左右に振る。

 ジェフェリー・キッドマンは、数多いるブックダイバーの中でもトップクラスの実力を誇っている。誰ともパートナーを組まず、たった1人で潜る事を信条としながらも、最高でグレードS5のロストブックから生還した事さえある。その事実を踏まえれば、現状最強のダイバーと言っても過言ではない。


「ジェフェリー、カークの調子はどうだ?」

「もう絶好調! まさに向かう所敵無しってな。本当にアレックスとチヅルには感謝してるぜ」


 アレックスと会話しながら、ジェフェリーは足元の犬の首を掻いてやる。犬は気持ち良さそうに目を細め、尻尾をぱたぱたと振った。

 カークは犬のように見えるが、その実はアレックスとチヅルの合作である自我を持ったHO疑似生命体だ。複数のモジュールを組み合わせ、戦闘、援護を高度にこなせる2人の最高傑作だった。


「さて、スーヤ。そろそろ良い返事を聞かせてもらえないかな?」

「やー! ジェフの事は嫌いじゃないけど、スーヤはチヅとアルがいいの!」

「むう、なんてこった。やはりスーヤを手に入れるには、まずこの2人を攻略しなきゃならんのか……。という訳でお義父さん、お義母さん。娘さんを俺に下さい!」

「私をお義母さんと呼ぶな、この軟派野郎が!」

「あ、顔だけは止めて! この類稀なる端整な顔が失われてしまったら、一体世界にとってどれだけの損失だと……」

「そんな価値無いわよ!」


 ジェフェリーは一目見た時からスーヤに惚れてしまったらしい。顔さえ見れば、あの手この手とアプローチを変えて、スーヤにアタックするのだ。そんな光景も、もはや恒例行事となってしまった。

 今もチヅルに胸倉を掴まれて宙吊りに持ち上げられて殴られそうになっている。チヅルに1発でも本気で殴られれば全治2週間は軽いのだが、それでもおどけていられるのは大したものだ。

 とはいえ、このままでは本当に殴ってしまいかねない。スーヤに知り合いが血に塗れるのはあまり見せたくないため、アレックスは助け舟を出す事にした。


「チヅル、そのくらいにしておけ。ジェフェリーも悪意があってやっている訳じゃないんだ」

「お義父さん、助けて下さい!」

「……前言撤回だ。さっさと殴って黙らせろ」

「あ、ごめん! ごめんって! もうふざけないから、そろそろ下ろしてもらえると嬉しいかなあ、なんて」

「……ふん」


 チヅルがぱっと手を離し、ジェフェリーは無様に尻餅をつく。だがジェフェリーに悪びれた様子は無く、笑みを浮かべながら床に手をついて立ち上がった。


「いちち……。さあ、スーヤ。早速行こうか」

「行くってどこに行くの?」

「もちろん! 2人だけのデートに!」

「だから! 認めないって言ってんでしょうが!」


 颯爽とスーヤの手を取り、店から出て行こうというジェフェリーを、チヅルが首根っこをむんずと掴んで引き戻す。

 その時、ロイスがチヅルに声をかけた。


「丁度良い。チヅル、ジェフェリーにスーヤの面倒を見てもらえ。お前とアレックスに少し話があるでな」

「話なんて後で……!」

「大事な話じゃ」


 チヅルはロイスの意図に気付いたのか、掴んでいた手を離す。急に枷が外れたジェフェリーは、思わず前へつんのめってしまった。


「っとと。なんだい、俺とスーヤだけ除け者ってか。面白くないねぇ」

「ジェフェリー、スーの事お願い。でもね……」


 チヅルがジェフェリーの肩に手を置き、下から目線を突き上げる。


「スーに何かしたら、生きたまま骨まで砕いてミンチにしてあげるから、肝に銘じておきなさいよ。さあ! 行きなさい!」

「は、はいぃ!」

「あー! チヅ! アル!」


 チヅルの視線から、何か恐ろしいものを感じ取ったのだろう。ジェフェリーは先ほどのようにおどけもせず、スーヤの手を引いてカークを残してあっという間に出て行ってしまった。

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