第36話 苦闘

 岩龍が自分の体を大きく振り回す。体は宙に飛んでいたため、アレックスはかわす事が出来ずにまともに食らってしまった。


「ぐ……う!」


 メキメキと肋骨が悲鳴を上げる。接触面から炎が巻き上がるが、岩相手では何の意味も無い。そのまま振り抜かれ、アレックスは地面に叩き落されてしまった。


「か、は!」

「このおおおお!」


 アレックスに気を取られている隙に、ジェフェリーが天井を蹴り、上空から敵に奇襲をかける。自身が車輪のように回転し、遠心力と重力加速を使って刃を叩き込む大円斬だ。威力は横一文字のさらに上をいく。

 敵はすぐ反応し、残り6頭の岩龍を竜巻のように巻き付けて防御の体勢に入った。だが、ジェフェリーは引かない。そのまま刃を振り抜く。

 轟く衝撃音で空気が激しく震える。しかし岩龍は1匹も砕けない。硬さに弾かれ、ジェフェリーは逆に吹き飛ばされてしまった。


「だあ、くそ! こいつでも駄目か!」


 空中で器用に体勢を立て直して着地する。その瞬間、赤い光がジェフェリーに向かって走った。


「うお!」


 間一髪、ジェフェリーは体をよじってかわす。だが避けきれず、微かにジェフェリーの右脇腹にかすって焼いた。光は、岩龍と岩龍の僅かな隙間から放たれていた。


「どうした? 私はまだ一歩も動いていないぞ」


 岩龍がまるで花開くようにほどけていく。中から、顔の半分以上もある深紅の眼球を開いた敵の姿が現れた。

 敵の武器は岩龍だけでは無かった。目から放たれるレーザーは、この部屋の壁さえもやすやすと切り裂く。近距離、中距離の岩龍。遠距離のレーザー。さらに守りは鉄壁と、どこにも隙がない。

 ジェフェリーに敵の注意がいっている間に、アレックスは体を起こして自身の状態を確かめていた。どうやら骨は折れていないようだ。打ち身のダメージは大きいものの、まだ戦える。


(だが……)


 全く勝機が見出せない。いくら火を出しても、あの岩龍相手ではまるで意味を成さない。正直、この装備では最悪の相性といっても良かった。リフレクトブロウさえあればと、今更ながらに悔やまれる。


「衰退したものだ。これが、我らを作り出した奴らの末裔だとはな」

「俺達が……お前達を作り出しただと!」


 突然、衝撃の事実が敵から語られた。突拍子も無い話に、思わずアレックスは鸚鵡おうむ返しに聞き返してしまう。


「そうだ。お前達がロストブックと呼んでいるものは、お前達の祖先が実験場として作り出した世界へ行くために作られたもの。そしてロブグローブは、成果を搾取するために作られたものだ」

「どうしてお前がそんな事を知ってやがる」


 にたりと敵が笑う。


「簡単な事だ。私達は、お前達の先祖に散々弄ばれた記憶を持っている。私達は、私達の世界では死ぬ事が無い。いや、それでは語弊があるか。私達は死ぬと、一度大地に取り込まれて再生されるのだ。以前の記憶も全て残った状態でな。そういう風に私達は貴様等の祖先に作られ、幾度もロブグローブによってモジュールを搾取された。もう、何百年も前の話だ。お前達に伝わっていないという事は、残す間もなく文明が滅びたか。それとも意図して残さなかったのか。まあ、今はどうでもいい事だ」


 さも悲劇のように敵は語るが、その口調はとても淡々としたものだった。感情の一片も感じられない。まるで、どうでもいいかのように。


「なるほど。お前達には復讐という大義名分があるわけだ」


 アレックスの言葉を聞いて、敵がくっと笑いを漏らす。


「復讐? 違うな。私達は純粋に、お前達に戦いを挑みに来たのだ。怨み辛みなどというのは、お前達人間にしかない感情だ。我らが求めるのはただ1つ。未知なる強敵、それだけだ。同情などいらぬ。ただ全力を持って、我らに立ち向かえ!」


 再び岩龍が、アレックス目掛けて突進してくる。距離が取れているこの状態なら、かわす事は容易い。アレックスはスレスレのところでサイドステップして岩龍をかわし、そのまま攻勢に転じた。

 一直線に敵へ向かってひた走る。今度は2匹の岩龍が挟み撃ちを仕掛けてきた。衝突する寸前で、前に大きく飛びこれもかわす。岩龍同士がぶつかり、荒々しい音を立てた。

 だが、アレックスの進撃もここまでだった。正面からすでにもう1匹が迫ってきて、そのままアレックスに向かって頭突きを繰り出す。


「くっ」


 体勢が崩れていたアレックスは避けられないと判断し、両腕で何とかガードしようと試みた。

 だが岩龍の突撃は空を切る。アレックスの体が宙にふわっと浮き、寸でのところでかわしたからだ。見れば、アレックスの体にカークの毛が巻き付いて持ち上げていた。

 完全にかわしたところで、巻き付いていた毛はアレックスの体から離れた。多少高さはあったものの、危なげなくアレックスは着地する。


「カークファングブレイド、疾風突き!」


 いつの間にか、ジェフェリーがアレックスの対角線上に移動し、敵に向かって突きを繰り出していた。

 この位置関係は好機だった。挟み撃ちとなれば、敵の対応にも隙が出来やすいはず。すぐさまアレックスは敵に向かって突進する。


「その程度の奇策で」


 敵に動じた様子はまるでない。極めて冷静に、アレックスとジェフェリーに3匹ずつの岩龍を割り当て、こちらの攻撃を防ごうと対処してくる。


「甘えぜ!」


 ジェフェリーの突きが岩龍の1匹に届くその瞬間、剣が5つに割れた。意思を持つようにそれぞれが岩龍達をかわし、敵に向かって飛んでいく。変幻自在なカークならではの芸当だった。

 アレックスに割り当てられていた岩龍達の動きが僅かに鈍った。おそらく、敵の動揺が伝わったのだろう。チャンスは今しかない。岩龍達の脇をすり抜け、アレックスも攻撃の射程内に飛び込んだ。


『これでどうだ!』


 2人の声がリンクする。前方からはアレックスの燃え盛る鉄拳が、後方からはジェフェリーの鋭い5本の剣が迫る。

 どちらかを防がれても、もう片方は必ず届く。確信を持って、アレックスは渾身の右ストレートを敵の顔面に向けて放った。


「それでは届かぬ!」


 攻撃が届く刹那、岩龍達が一斉に鎌首をもたげた。そして先程ジェフェリーの大円斬を防いだ時のように岩龍達は螺旋を描き、岩のつぼみとなって鉄壁の防御体勢に入ってしまう。


「く!」


 アレックスは叩き付ける寸前で拳を止めた。今ここに打ち込めば、アレックスの拳は間違い無く砕ける。打つべき時は、まだここではない。

 一方、ジェフェリーはそのまま刃を蕾に付きたてる。だが、守りは一部の隙も無い。刃は入り込む事が出来ず、ぴたりと刃先を止めてしまった。間髪入れず岩の蕾が花開く。勢い良く蕾は弾け、アレックスとジェフェリーは岩龍の攻撃をまともに受けてしまった。


「くう!」


 即座に腕を盾にするが、圧倒的な質量の前にはまるで意味が無い。軽々とアレックスの体は壁へと薙ぎ払われてしまった。地面を二転三転と転がり、まともな受身も取れないまま、アレックスは壁に激突してしまう。


「が、は……!」


 全身がばらばらになったかのような激痛が襲う。さらに視界が金から青へ、そして赤へと変色する。だがアレックスはそれでも顔を上げて前を向いた。必ずこの後に追撃が来る。この状態でもう一度直撃を食らえば間違いなく即死だ。何が何でも避けなくてはならない。


 赤く染まる視界の中、敵がこちらを向いているのが辛うじて見えた。おそらく、敵は目からレーザーを放つ気だ。しかし、それが分かっていても体が言う事を聞かない。立ち上がろうと力を入れるが、全身から抜けていってしまう。


(動け! 動け! 動け!)


 それでもアレックスは諦めない。必死に体に命令し、少しでもその場から離れようと努力する。それに呼応したか、僅かに足が体を支えて立ち上がりかけた。しかし、ダメージに耐え切れず膝を折ってしまう。

 徐々に色が戻っていく視界の中、敵が自分に向けてレーザーを発射するのをアレックスは目撃した。


(くそ……)


 自らの死を覚悟したその時、アレックスの首元がぐいっと引っ張られた。間一髪、レーザーはアレックスのすぐ脇を通り過ぎ、背後の壁を切り裂いた。

 そのままアレックスは、引き摺られる形で離れた場所に放り出された。すぐそばには、ボロボロになったジェフェリーがこっちを見つめている。だが、ジェフェリーはカークを身に付けていなかった。


「そうか」


 すぐにアレックスは悟った。カークが自分を咥えて助けてくれたのだと。

 カークがアレックスの目の前に現れ、心配そうな表情でこちらを見つめてくる。アレックスは頭に手を伸ばし、優しく撫でてやった。


「今ので終わったと思ったが、存外にしぶといな」


 敵の乾いた拍手の音が部屋に響く。それを聞いてか、ジェフェリーの舌打ちが鳴った。


「完全に馬鹿にしてやがる。アル、大丈夫か?」


 アレックスは自分の状態を確かめる。そこで初めて左腕に激しい痛みを感じた。


「大丈夫、と言いたいところだが、状態はかなりひどい。攻撃をガードした時に、左腕にヒビが入ったようだ。全身は強い打撲が……ん?」


 自分の腹部を触った時、何か硬質のものが右手に触った。軽く力を入れると、それはあっさりと取れた。


「なんだそりゃ?」

「これは……いや、まさか」


 アレックスの脳裏に走る一筋の閃き。これが思った通りのものだとしたら、あの矛盾を打ち破る鍵となる。


(だが、出来るのか?)


 アレックスは自分の右手を見る。全力で打てるのは1発が限度。読みを間違えていれば、もう勝機は無い。


「ほう、どうやら向こうはもう片が付きそうだ」

「なに!」


 敵の言葉で、思考の渦から一瞬にして現実に引き戻される。向こうと言えば、十中八九チヅルの事のはずだ。


「私はこの岩の中で起きた事が全て分かる。善戦はしたようだが、奴には敵わなかったようだ。残念だったな」

「ざけんな! あのチヅルが負けるわけ無えだろうが!」


 ジェフェリーが怒号を浴びせるが、敵はまるで意に介さない。


「信じなければ結構。だが、いつまでそうしているつもりだ? 早く私を倒さねば、手遅れになってしまうぞ?」

「……言われるまでもない」


 アレックスは敵の言葉を欠片も信じなかった。絶対にチヅルが負けるわけが無いのだ。スーヤが待っているのだから。

 チヅルは向こうで必死に戦っている。だが自分達の体たらくはなんだ? 後で追いつくと言っておきながら、まるで手も足も出せずにいる。


(全く、不甲斐無い)


 アレックスは決心した。自分の策を信じ、あいつを殴り倒す。右手など知った事か。壊れたらその時だ。


「ジェフ、話がある」


 アレックスは小声で、しかし決然とした意思を感じさせる声色で、ジェフェリーに話しかけた。

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