第34話 宿敵との対峙

「ねえ、なんか妙じゃない?」

「……だよな。どうしちまったんだ、この中は」


 3人が走り出して早30分。未だに敵と接触はしていなかった。イーヴリンの話では、まるで黒雲のように敵が溢れ、ガスタブルに向かって降り注いだ。まさか全勢力をガスタブルへ送り込んだのだろうか。

 さらに不可解なのは、通路がいつまでも一本道な事だ。ここまで分かれ道が無いのは、何か作為的なものを感じる。

 その時、チヅルが急に声を上げて、アレックス達を制した。


「ちょっと待って!」

「どうした?」

「見て。この壁、何か不自然じゃない?」


 チヅルが右の壁を指差す。そこは、一見普通の壁にしか見えないが、ほんの少しだけ奥の方へ窪んでいた。


「ただの壁にしか見えねえけど」

「いや、ちょっと待て」


 注意深く見てみると、微かに細い線が見えた気がした。アレックスは壁に近付き、線を人差し指で撫でると、指先にはうっすらと細い跡が残った。そこには、目を凝らさなければ分からないほどの細い溝が掘られていたのだ。それは地面から天井へ2本伸びていた。


「良く気付いたな」

「あんまり不自然だったからね、必死に目を凝らして何か無いか探していたの」

「通路か何かを塞いだように見えるが」

「多分ね。私達、誘い込まれてるわ」


 つまり、3人が通ってきた通路は、元々1本道ではなかったのだ。どういうつもりかは分からないが、敵は通路を塞ぎ、3人をどこかへ引き入れようとしている。


「どうする? 壊してこっちへ進んでみるか?」


 アレックスの問いにチヅルは少しだけ考えるが、すぐに首を振った。


「止めときましょう。こっちが合ってるなんて保証は無いし、ここも外殻と同じ素材のはず。私達ではきっと壊す事は出来ないわ。それに、同じ所をぐるぐると走り回されてるわけでもないみたいだし」


 確かに、道は時々左右へ蛇行するものの、戻るほど曲がりくねってはいなかった。おそらくだが、ちゃんと3人は先へ進んでいるはずだった。


「あえて敵の誘いに乗るってか? ま、小賢しく考えるよりは俺好みだけどな」

「ごめんなさい、引き止めてしまって。無駄な時間を使っちゃったわね」


 悄然しょうぜんと2人に頭を下げるチヅルを、アレックスが制した。


「いや、これで俺達の存在が敵に知られている確証が得られた。それに罠に嵌まるにしても、心構えが出来ているのと出来ていないのでは大きく違う」

「ああ、その通りだ。気付いてくれてありがとよ、チヅル」


 ジェフェリーがチヅルに礼を述べると、チヅルの顔がさくらんぼのように、ぱっと上気した。


「べ、別にあんた達に感謝されたかった訳じゃ無かったんだから、お礼なんて言う必要ないわよ!」

「うはははは! 感謝なんてされなれてないもんだから、顔が真っ赤になってやがる! こいつは珍しいもんが見れたぜ!」

「こ、の! それ以上言うと殴るわよ!」


 ジェフェリーにおちょくられたチヅルが、いつものように拳を振り上げてジェフェリーを追いかけるが、当の本人はアレックスを盾にして器用に逃げ回る。


(全く、この2人は……)


 いつもながらの光景だが、まさかこんなところで始まるとは思わなかった。アレックスは心底あきれ返ると、右手でジェフェリーを、左手でチヅルの首根っこを掴んで動きを封じた。


「2人ともいい加減にしろ」

「ちょっと、離しなさいよ!」

「くっくくく……」


 怒りの収まらないチヅルと、謝る気配の無いジェフェリーを両手に持ち、どうやって事態を収拾したものかとアレックスが思案していると、3人の誰でもない声が通路に響き渡る。


『彼の言う通りだ。早くこちらへ辿り着いてはくれないか。もう後少しなのだから』


「だ、誰!?」


 3人は声の主を探すが、周りには誰もいない。しかし、アレックスは声に聞き覚えがあった。


「貴様、あの時宣戦布告した奴か」

『覚えていてくれたか。待ちかねたぞ、お前達を。さあ早く来るがいい。私はすぐ近くにいる』


 アレックスは2人を離し、互いに目配せしあう。チヅル達は頷くと、示し合わせたように3人は走り出した。走り出してすぐ、通路の先が開けている事に気付く。あそこにきっと、声の主がいるのだ。

 3人はようやく長い通路を抜け、開けた部屋の中に飛び込んだ。そこは空船が飛び込んだ部屋と同じぐらいに広い。その真ん中に、何者かが腕を組んで仁王立ちしていた。

 形状は四肢と頭があり、非常に人に近い。だが、全身は光沢のある黒い塗料を厚く塗り固めたような表面をしており、顔には口だけしかない。


「ようこそ。あの突入方法は乱暴だが見事だった。敬意を表そう」

「あんたが……親玉ね」


 チヅルがむき出しの敵意で相手に噛み付く。これまで煮え湯を飲まされ続けてきた相手が、ようやく目の前に現れたのだ。アレックスでさえ、興奮と憤怒が入り混じった感情が、自分の中に沸きあがってくるのを感じた。


「親玉。ふむ、少々語弊はあるが、まあそんな感じだ。首謀者という意味では、全くその通りなのだからな」

「んな事はどうだっていいのよ! 返しなさいよ! あの子を、スーを!」

「落ち着け!」


 白衣からハンマーを取り出し相手に猛進しようとするチヅルを、アレックスが後ろから羽交い絞めにして制した。


「あんた、なんで止めるのよ!」


 チヅルが殺意に満ちた目でアレックスを睨みつける。だがアレックスは怯まず、敵に不自然に見えないよう、抵抗するチヅルに引っ張られるように見える形で、耳元に顔を近付けた。


「そのまま暴れ続けろ。向こうの出口が見えるな。隙を見て、ジェフと一緒に駆け抜けろ。こいつの相手は俺1人でやる」

「な、馬鹿! 何言ってるのよ!」

「一刻も早く、スーの下へ行ってやれ。俺は心配いらん。必ずこいつを倒して、後から追いつく」


 チヅルが暴れる真似をやめ、力なく両手を落とした。今の会話は、インカムを通してジェフェリーにも聞こえているだろう。後は、2人がタイミングを見て行ってくれればいい。

 アレックスはチヅルの拘束を解くと、すっと敵を見据える。アレックスとて、相手を見縊みくびっているわけではない。見た目は大きいわけでもなく、何か武器を持っているようにも見えない。だが、相手は間違い無く頭が切れる。そんな奴が何の策も無く、のこのこと自分達の前に現れるはずは無い。


(それに……)


 アレックスは自分の右手に一瞬だけ視線を移した。実は、外壁を貫いてから激痛が走り続けていた。どうやら拳にひびが入ったらしい。平静を保って2人に気付かれないようにしているが、手に力があまり入らない。全力で利き手が使えるのは2、3度程度だろう。この状態で2人を先に行かせるのは、アレックス自身も無謀だと分かっている。それでも、今1人でいるスーヤのところへ、チヅルを行かせてやりたかった。


「何をこそこそと話していた。まあ、予想はつくのだがな。私の隙をつき、奥へ進もうというのだろう?」


 敵の言葉に表面では反応しなかったものの、アレックスは心の中で舌打ちした。こちらの考えを読まれている以上、相手は何が何でも先へは通そうとしないだろう。

 しかし、敵が発した次の言葉にアレックスは耳を疑った。


「いいだろう。1人だけ通してやる。誰が行くか、相談するといい」

「……何を企んでいる?」


 アレックスの問いに、敵は少しだけ笑ったように口を歪めた。


「正直に言ってやろう。この奥にもう1人、貴様等の敵がいる。そいつと約束をしていてな、1番強い奴だけをよこせと。勘違いしてもらっては困るが、お前達は全員で戦っても、私に勝つ事は出来ない。約束を守るのは、奴がここに残るという貧乏くじを引いた、せめてもの罪滅ぼしだ」

「へ、舐められてやがるな、ちくしょう。チヅル、行け! 行ってさっさと次の奴を倒して、スーヤの所に行ってこい!」

「ジェフ……」

「ジェフの言う通りだ。ここは任せろ。俺達もすぐに追い着く」

「……分かった。頼んだわよ、あんた達!」


 チズルはほんの少しだけ考える素振りを見せたが、すぐに出口へ向かって走り出した。

 チヅルがこの部屋を出るまでの間、アレックスは何が起きてもいいように身構えていた。この提案が罠である可能性は非常に高い。もし何か相手に妙な動きがあれば、すぐにアレックスは飛び出すつもりでいた。それはジェフェリーも同じだったようだ。カークを途中までつけて、チヅルを護衛させていた。

 だが、結局杞憂に終わった。敵は少しも動く気配は無く、チヅルは無事この部屋を出て行った。護衛を終えたカークが、走ってこちらへ向かってくる。


「ジェフ、お前も機会があったらチヅを追いかけろ。ここは俺1人で……」

「バーカ。まともに手が動かねえのに、なに言ってやがる」


 心底呆れた表情で、ジェフェリーがアレックスの右手が壊れかけている事を指摘する。気付かれていないと思っていたアレックスは、一瞬だけ目を見張った。


「気付いていたのか」

「さっき、俺の首根っこを掴んだだろうが。全然力が入ってなかったんだよ。ったく、意地張りやがって。そんな状態でよく俺達に先へ行けなんて言えたもんだ」

「あ、ああ。すまない……」


 まさかジェフェリーに説教されるとは思っていなかったため、つい素直に謝ってしまった。正しいのは間違い無く向こうなのだが、なぜだかジェフェリーだと腑に落ちない。


「さあ、そろそろ始めようか。私も早くお前達を倒し、下界に降りたいのでね」

「は! 武器1つ持ってねえお前に、俺達が負けるわけが無いだろうが! こっちこそさっさとお前を倒して、チヅルに追いついてみせるぜ!」

「なるほど、随分侮られているようだ。ならばお見せしよう」


 言い終わると同時に、部屋全体が大きく振動を始めた。アレックスとジェフェリーはバランスを崩して床に膝をついてしまう。


「おいおい、すげえな……」

「なるほど。これは強敵だ」


 よろけながら2人が見たもの。それは敵を囲むように地面から伸びる、岩で出来た7頭の龍だった。天井まで伸びるかといったとこでようやく成長を止め、細長い体をくねらせて14の目がこちらを睨みつけている。


「これが私の矛であり盾だ。いかなる攻撃も通さず、重厚なる一撃で全てを砕く。この矛盾、お前達には砕けぬ!」


 岩龍が次々に猛り狂い、咆哮を上げる。鼓膜が破れんばかりの轟音がアレックス達を襲うが、2人は怯んだりなどしなかった。


「言われるまでもねえや」


 ジェフェリーがゆっくりと立ち上がると、カークが飛び付いて鎧に変形した。


「一度言った事は曲げん。必ずお前を打ち倒す!」


 同じく、アレックスが立ち上がり、敵に向かって拳を突き出すと、固く握り締めた。拳からは炎が勢い良く立ち昇る。


「これを目の前にしても戦意を失わぬ、その意気や良し。さあ、存分に楽しもう。互いの命を削り取る、最高の殺し合いを!」


 戦いの火蓋が切って落とされた。敵が腕を一振りすると、一頭の岩龍が地面からさらに体を伸ばしてアレックス達に迫る。


「漢はいつだって正面突破! いくぜえぇぇ!」


 ジェフェリーが地面を一蹴りして俊敏に加速し、敵に向かって一直線に走る。そして速度を殺さぬよう滑空するようにジャンプすると、カークを巨大な太刀に変形させる。


「喰らえ! カークファングブレイド、横一文字!」


 太刀の峰から覗く3門の噴射口から凄まじい炎が噴き出す。さらに加速したジェフェリーは、太刀を岩龍に向かって薙いだ。岩龍は太刀を咥えて受け止め、両者の力は激しく拮抗する。


「うおおおおおぉぉ!」


 ジェフェリーの気合と共に、噴射口の炎がさらに勢いを増す。だが岩龍は押されない。がっちりと咥えたまま、豪快に首を振り、ジェフェリーを壁へ投げ飛ばした。


「ジェフ!」


 ジェフェリーが投げ飛ばされる瞬間、アレックスはもう動き出していた。岩龍の首の振り方から、ジェフェリーが投げ飛ばされるであろう方角に先回りし、ジェフェリーを待ち構える。

 多少の誤差はあったものの、予想通りの位置にジェフェリーが投げ飛ばされてきた。アレックスは足を大きく開き、ジェフェリーの体をしっかりと受け止める。

 しかし、


「うわっちぃ! あち、あち!」


 ジェフェリーを受け止めた衝撃で、スーツから炎が噴き出したのだ。カークが鎧に変形していたため、大きな火傷をする事はしなかったようだが、ジェフェリーが大仰に地面を転げまわった。


「……すまん。咄嗟の事で、倍力機構のみに切り替えるのを失念していた」

「脱ぎ捨てちまえ、そんな役立たず!」


 ようやく鎮火したジェフェリーが、アレックスを怒鳴りつけた。咄嗟の事とはいえ、まるで本末転倒な行動を取ってしまった事に、アレックスは消沈してしまう。


「はははははは! 味方同士で潰しあっていれば世話は無いな」


 敵の高笑いに、ジェフェリーが食ってかかる。


「るっせえ! 今にその首かっ切ってやるから覚悟しておけ!」


 自分の全力が簡単に防がれた事が相当悔しかったようだ。敵を指差して、怒りで肩をわなわなと震わせている。

 アレックスが小声でジェフェリーに話しかける。


「やはり相当硬いようだな」

「ああ。ヒビ1つ入りゃしねえ。くそ」

「なら手は1つしかない。攻撃をかいくぐり、直接本体を叩く」

「……気は乗らないが仕方ねえか。気を引き付けてのかく乱頼むぜ?」

「それはお互い様だ。お前の引き立て役になるつもりはないからな。奴は俺が殴る」

「はは! 違いねえ。けど、あいつを最初に殴るのは俺だ!」


 2人は拳を軽く小突き合わせ、それぞれ左右に散開した。

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